第22話 好事魔多しその2
「え、ええと、、、マデラさん、今何とおっしゃいましたか」
「はい、私はアイバ様をお慕いしております」
吹き出しそうになったのをかろうしてこらえた相葉、何かの間違いだと自分に言い聞かせ、マデラに再度
確認をとったのだが、彼女の返答は変わらなかった。ちなみにソニアとルーデルは”よく言った”とばかしに
実にいい笑顔であった。
「あ、あのーまさか、本気でおっしゃっていますか・・・・」
「はい、アイバ様が妻帯者ならこの気持ちは秘めたまま、一生修道院で過ごそうかと思いましたが、失礼
ながらまだ独身であるとお聞きして、いてもたってもいられず・・・・」
そうのたまって”きゃっ”と真っ赤な顔になるマデラ。その姿に教皇の面影はない。ただの年頃の娘その
ものである。
「ど、どうして私なんですか。もう51歳のオジサンですよ」
政治家としては若手の部類に入る相葉だが、世間的にはもう立派なオッサンだ。その疑問に対してマデラ
は答える。
「はい、最初はその優れた手腕に為政者として尊敬の念を抱いておりました・・・・」
そして何回か顔を合わせる内に、尊敬の念が段々愛情に変化していったのだという。相葉の巧妙な手練
手管が効果を発揮しすぎたようだ。更に、マデラが幼い頃に父親を亡くし、いわばファザコン気味だった
こともそれに拍車をかけた。
「しかし、マデラさんと私とでは、約30歳の差がありますし・・・・」
「あら、すでにニホンの民は魔族の方々とも結婚されているではありませんか。種族の差が問題なければ
年の差など些細なことですわ」
先日には君島とライドル、武藤とマリサが目出度く結婚式を挙げている。他にもちらほらと日本と魔族の
カップルが誕生しているようだ。ちなみに、君島の両親にあいさつに行ったライドルは、魔族の自分を
認めてくれるかどうか不安であったのだが、
「こんな、もふり好きのアラサーをもらってくれてありがとうございます」
と涙ながらに感謝されたという。実に微笑ましいエピソードだ。
「え、ええとですね・・・・」
「すみません、突然こんなぶしつけなことを言ってしまいまして、アイバ様もこんな女はお嫌ですよね」
「い、いえ、そういう訳では・・・・」
あざとく悲しげに目を伏せるマデラに動揺する相葉、普段とは完全に立場が逆転していた。彼は同席して
いる閣僚たちに助けを求める視線を送るのだが、
「ははは、首相も隅に置けませんな」
「男の独り身は生活が荒れるそうですから、首相もここで身を固めたらいかがですか」
などと、完全に他人事であった。
”あなたたち、次の閣僚人事で全員更迭しますからね!”
相葉は内心、ギリギリと歯噛みするしかできなかった。
「いや、やはりマデラさんとは親子ほどの差がありますし・・・・」
相葉がそう言った瞬間、マデラの目から涙が滲み顔を俯けてしまう。
「そうですよね。突然こんな事を申してすみません。私はアイバ様への想いを胸に、辺境の修道院でただ
ひたすらに祈りを捧げる生涯を送ります」
「ぐぅっ・・・・」
マデラの重い一言に、さすがの相葉も言葉が出ない。
「ああ、おいたわしやマデラ様、長い人生を辺境で過ごすことになろうとは!」
「ハーネス神さま、これまで貴方様に尽くしてきた女性のささやかな願い、聞き入れてはくださらないの
でしょうか」
”こ、こいつら・・・・”
大仰に嘆き悲しむソニアとルーデルに、相葉も顔を引きつらせた。更に閣僚たちからは、
「そんな、若い身空で辺境で一生を過ごすなんて・・・・」
「仮にも一国の首相なら、1人の女性を幸せにできないなんて有り得ませんぞ」
と、非難がましい視線を向けられる。正に四面楚歌の状態になってしまった。
「ええっと、マデラさん、こういうことは今突然言われても即答できかねる訳でして、もう少しお互いのことを
理解してから結論を出すということで・・・・」
「はい、わかりました」
相葉は、とりあえず問題を先送りする日本人の特性を発揮し、この場を切り抜けようとした。そして、彼は
後にこの時きっぱり断らなかったことを深く後悔することになる。その後のマデラの猛アタックに加え、この
事をどこからか聞きつけた天皇陛下からも、
「もしこの縁談がまとまれば、日本とハーネス聖神教圏の国々との結びつきはより強固なものになりますね。
もちろん、相葉首相のお気持ち次第ですが」
と有無を言わさぬ笑顔で言われてしまい、進退窮まった相葉はとうとうマデラの求婚を受け入れることに
なってしまった。結婚式当日、幸せオーラ全開のマデラの横に立つ相葉は、
”どうしてこうなった・・・・”
と、うつろな目で自問自答していたそうな。もちろん、年下で美人の嫁さんをもらった相葉に対して、日本は
もとよりガイアードル中の非リア充から、
”爆発しろっ!”
と怨嗟の声が上がったのは、言うまでもないことである。
めでたしめでたし、どんとはれ。
「ぶわっはっはっは、あの結婚式、アイバ首相の表情は傑作だったな」
「ほほほ、まだ困惑しているようなお顔でしたな」
相葉とマデラの結婚式は政治的思惑も相まって、各国の要人も集まる盛大なものであった。魔王城に
帰還したワンゲルは、いつもすかした表情の相葉が呆然としている様を見て、溜飲を下げていたのだ。
「いやー、久々に愉快な時を過ごさせてもらったわ。アイバ首相には魔界特製の精力剤でも贈ってやるか」
そう笑うワンゲルは知らない。日本には、”人を呪わば穴二つ”ということわざがあることを・・・・
”NO”と言えない日本人です(ただし、食べ物関連を除く)




