第1話 やってきた”伝説の種族”
「何ぃっ! 人族の使節だと、そんなもん追い返してしまえ!」
「きっと、何か企んでいるのではないですか」
報せを受けた会議の参加者から怒号が飛び交った。しかしそも無理もないことだ。これまでさんざん人族
から友好を持ちかけられ、裏切られた歴史があるのだから。
「さすがに、そいつらを魔都に入れるわけにはいかぬな。追い返すようアイゼンの守備隊に連絡せよ」
ワンゲルもムっとした顔で伝令に伝える。だが、伝令は焦った顔でまだ報告していないことを話した。
「い、いえ、、、実は報告には続きがありまして、その人族は”黒目黒髪”だそうです」
「「「「「「はあぁぁぁぁっ!」」」」」」
この言葉に、ワンゲル始め重臣たちは驚きと呆れが混じった声を上げた。この世界ガイアードルには現在、
黒目黒髪の人族は存在しない。かつては存在していたのだが、ハーネス聖神教が台頭するにつれ彼らは
”穢れた闇の種族”として迫害を受け、千年ほど前に滅ぼされてしまったのだ。
「おい、それは本当か、貴様、ウソの報告をしているのではあるまいな」
「とんでもございません! この報告書をご覧ください。アイゼンの執政官殿の魔力印も押印されております」
確かに報告書には守備隊司令官に加え、執政官の魔力印も押されている。報告書が本物であることを
確認した重臣たちからどよめきが起きた。
「陛下、いかがなさいますか」
「・・・・わかった、まずは会うだけ会ってみよう。後の対応は彼らを見て判断するぞ」
そしてワンゲルは、アイゼンの執行官宛てに人族の使節を魔都に送るよう返信した。
「ところで、彼らの国名は何というのだ」
「はい、”ニホン”と名乗っていたそうです」
「聞いたことのない国だな・・・・」
とりあえず彼は、疑問点は使節に直接問いただすことに決めた。港町アイゼンから魔王城のある魔都までは
400kmほど離れている。ニホンの使節は魔導竜車に乗せられて3日後に到着した。
「ワンゲル陛下、ニホンの使節団が到着いたしました。現在謁見の間に待たせております」
「わかった。ところで彼らは本当に黒目黒髪なのか」
「はい、それに信じれらないことなのですが、、、、彼らからはマナが感じられませんでした」
「えっ!」
迎えにきたメイドの言葉に、ワンゲルは絶句した。魔族、人族はもちろんガイアードルの動植物は全て、
マナを内包している。そんな非常識なことが、と一瞬思ったワンゲルだが、長年献身的に仕えてくれた
メイドが、彼にでたらめを言うはずもない。
「そうか、、、ううっ、なんか急に胃が、すまぬがいつもの胃薬はあるか」
「はい陛下、こちらに」
厄介ごとの予感に胃痛が再発したワンゲルは、愛用の胃薬を飲んで謁見の間へと向かった・・・・
”ふむ、、、確かに黒目黒髪だ。しかもマナは全く感じられんな”
玉座に腰掛けたワンゲルはニホンと称する使節団の面々を一瞥する。確かに間違いなく黒目黒髪だ。
魔法などで偽装している気配も全くない。彼らは全部で15人ほどで女性も4人混じっている。全員奇妙な
服装をしているが、生地なども上質なもののようだ。そして、女性も男性と同じような服装であることに、
彼はいささか衝撃を受けた。女性が男装することなぞ、いくつかの例外を除けば有り得ないのだ。
「ニホンの使者よ、遠路はるばるご苦労であった。余がこの魔界の王、ワンゲル14世である」
「お招きいただきありがとうございます陛下、私はこの使節団の団長を務めております武藤昇です。武藤
が姓で名が昇です」
「・・・・ほう姓持ちとは、そなたは貴族なのか」
「いえ、我々の国では全国民が姓を持っております。そもそも我が国では身分制度はございません」
謁見の間にいた重臣たちからはどよめきが聞こえる。身分制度がない人族の国なぞガイアードルには
存在していないのだ。ワンゲルはそろそろ本題を切り出すことに決めた。
「ところで、ニホンなどという国の名は、寡聞にして聞いたことがないのだが、一体、そなたらは何者なのか」
「陛下が疑問に思われるのも当然のことでしょう。これから私がご説明することは荒唐無稽かと思われる
かもしれませんが、どうかお聞き願えますでしょうか」
武藤の願いにワンゲルはうなづくことで答えた。そして、武藤の説明はワンゲルたちの想像の斜め上を
ぶっ飛んでいるものだったのである。
「我々日本は元々この世界とは異なる、地球と呼ばれる世界にありました。それがなぜか半年前に、未だ
原因は不明ですが国土ごとこのガイアードルに飛ばされてしまったのです」
「「「「「「はあぁぁぁぁっ!」」」」」」
ワンゲル達は思わず変な声を上げてしまった。
「陛下、この者は何という大ぼらを・・・・」
「宰相よかまわぬ、武藤とやら、話を続けよ」
ワンゲルは再度武藤に話をするよう促した。
「はい、諸外国との全ての連絡が途絶えてしまい、近辺を捜索したところこれまで交流していた国が存在
していないことが判明、別の世界に転移したととの結論に達したのです」
それからしばらくは困難な日々が続いていたらしい。資源については近くの無人島などから採掘できたの
だが、単独でできることなどたかが知れている。本土から500kmほど離れたこの魔界もある大陸に、国家
が存在していることを知った日本は国交を結ぼうと、一番近くのトルード王国に使節を派遣したのだが・・・・
「全く話も聞いてもらえず、”この穢れた種族めが!”と、使節団全員斬首されまして・・・・」
「・・・・まあ、そうなるだろうな」
トルード王国は最もハーネス聖神教の影響が強い国だ。何度も剣を交えたワンゲルは、彼らの排他性を
一番よく知っている。と、その時、話を聞いていた使節団の女性が突然涙ぐみ始めた。
「う、ううっ・・・・」
「君島君、しっかりしたまえ。辛いのはわかるが今は仕事中だぞ」
「む、その娘はどうかしたのか」
「はい、斬首された使節団の中に、彼女の兄もおりまして・・・・」
「そうか・・・・」
君島という女性は泣きやまず、落ち着くまで別室で待機することとなった。凶報を受けた日本国内が蜂の
巣をつついたような騒ぎになっている中、無謀な行為に乗り出す者たちが存在した。”平和の船”と名乗る
団体である。彼らは政府の言うことも聞かず”人間、話せばわかります”と船を仕立てて無理やり王国に
向けて出港してしまった。
「その1か月後、まるで幽霊船のようになった船が発見されました。生き残っていたのは1人で、後は老若
男女問わず残酷な方法で殺害されていました」
「・・・・まあ、そうなるだろうな」
1人が生かされたのは、トルード王国から日本へのメッセージを送るためだったそうだ。それは、
”穢れた種族どもを、この世から根絶やしにしてやる”
偵察からも王国各地の港に、合計400隻ほどの軍船が集結しているのが確認できた。ここに至って及び腰
だった日本政府も、怒れる国民世論に後押しされる形でトルード王国との開戦を決意したのだった。