第18話 講和成る
「首相、本日種子島宇宙センターより打ち上げた衛星ですが、無事軌道に乗ったとの報告が入りました」
「そうですか、これでいよいよこの世界の概要が明らかになりますね」
すでに各種観測データから、ガイアードルが地球とほぼ同じ大きさの球体であることはわかっている。
いよいよ魔界やハーネス聖神教圏以外の探査を、本格的に始めたのだ。
「ワンゲル陛下にそれとなく聞いたところ、他にも大陸はあるらしいのですが何分この世界の船では大洋
を渡れず、伝承レベルの存在となっているそうです」
「この世界はまだ、地球でいう大航海時代は来ていないのでしょう。今回は我が日本がガイアードルの
開拓者となるわけですね」
もし友好的な文明があれば、魔界同様国交を結ぶ予定である。
「まあ、まずはハーネス聖神教圏との講和が先ですよ。準備はどうですか」
「はい、現地での段取りはすでに決定しています。後は、彼らが素直に応じてくれるかどうかですね」
「ふふふ、素直に応じてもらうように交渉しますよ」
相葉は1週間後に控えた講和交渉に向けて、その準備を怠りなく進めていた。なお、交渉はトルード県の
県都キレットで行われる。黒目黒髪、魔界、聖神教が勢揃いするのはガイアードルの歴史上初めてのことだ。
「リグレット殿、何だか顔色が悪くないか・・・・」
「ワンゲル陛下、これはみっともない所をお見せしてしまいましたな。明日の会議のことを考えると胃痛が
しましてな・・・・」
日本側から講和会議の進行役を仰せつかったトマス県知事、彼はそのプレッシャーからキリキリ痛む
胃痛に表情を歪めていた。
「この胃薬は良く効くぞ」
「ありがとうございます・・・・」
同じ苦労人同士、ワンゲルとトマスの間には連帯意識が生まれつつあった。そしてついに会議が始まる。
日本側は首相の相葉や外務大臣、それに武藤などがオブザーバーで出席している。魔界側はワンゲル、
や宰相ガレアス、そして聖神教側は教皇マデラに主要5か国の王や王太子などだ。しかし、聖神教側は
開始前から元気がない。前日に自衛隊の演習を見せつけられ、折れた心にトドメが刺されたのだ。
「さて、我々日本としてはまずそちらに、次の要求をいたします」
会議はまず相葉が口火を切った。最初に今回の聖戦や捕虜の対応にかかった費用の全額補てん要求。
マデラ達はすぐ了承した。それは勝者の権利として当然だからだ。
「それから、黒目黒髪の者や魔族の方々を敵視する教義を、改めていただきたい。これは今回の講和で
我が国が絶対に譲れぬ一線です」
「もし、それを拒んだらニホンはどうなさるおつもりなのですか」
「我々にも身を守る権利はあります。また攻め込まれてはかないませんからね。今度は全力で対応する
覚悟ですよ」
「わかりました。教皇マデラの名の元に、教義を改めること布告いたしましょう」
最も難航するかと思われた項目だが、マデラはあっさりと了承し、各国代表も追認した。よほど薬が効き
過ぎたようだ。その後も会議は続き、対等な関係で交易を行うことなどが取り決められた。その中には、
聖神教総本山に保管されている古文書の調査も含まれている。どうしてそんな教義になってしまったのか、
その原因を追究するためだ。
「ところで、捕虜の返還なんですが、ちょっと困ったことになっております」
「武藤君、何があったのですか」
「はい、かなりの数の捕虜が、”国に帰りたくない”と駄々をこねておりまして、、、、何でも、”国でまたあの
マズイ飯はもう嫌だ”と・・・・」
武藤の言葉に出席者全員お口あんぐりの状態だ。どうやら、彼らは完全に日本に胃袋を掴まれてしまった
らしい。
「武藤君、そんなに捕虜に御馳走を出していたのですか」
「いえ、日本の定食屋レベルの食事なんですが、どうも普段の彼らはそれより遥かにまずい食事をとって
いるみたいで・・・・」
武藤の言葉にマデラ達聖神教側の面々は俯いてしまう。こんなことでも自分たちと日本との差を実感して
しまったからだ。
「はあ、そうですか、、、、武藤君、捕虜に一番人気のメニューはなんですか」
「カレーはほぼ全員に好評ですが」
「仕方ありません。捕虜にレトルトカレーを何食か持たせて上げてください。この費用は日本が持ちましょう」
余計な出費であるが、相葉は日本製品のいい宣伝費用だと考えることにした。もちろん聖神教側に恩を売る
目論みもある。こうして、三食昼寝付きに加えお土産までついて、異例の高待遇で連合軍の捕虜たちは帰路
についたのである。
「ところで、ソニアも解放していただけますね」
「いや、それがソニアさんは・・・・」
「え、ソニアは解放されないのですか、どうして!」
初めて声を荒げるマデラに、相葉は困ったような表情で答える。
「何でも、歌手活動が忙しいので当分日本にいると、本人からマデラさんに伝言がありまして・・・・」
「ええっ、そんなバカな!」
「来週から全国ツァーが始まるそうなので、それが終わってからそちらに帰るとか・・・・」
「彼女のチケット、発売と同時に売り切れたらしいですよ」
「CMにも引っ張りだこで、もう人気者ですな」
予想の斜め上をいく答えに、マデラの目から光が失われていった。
「こんなCMに出演されていますね」
武藤がタブレットを操作して、ソニア出演のCMを検索する。画面には着物姿のソニアが、
”♪風邪に負けるな早めのパ・〇・ロ・ン♪”
と、風邪薬を持って笑顔で歌っている姿が映し出されていた。
「ソニア、一体何やってんですかあっ、あのスカポンタンがあぁぁぁぁぁぁっ!」
「教皇猊下、落ち着いてください! ヴィット卿も元気そうで良かったじゃないですか」
取り乱して叫び声を上げるマデラを、周囲はまあまあとなだめている。ワンゲルは内心、
”胃痛仲間が増えたな、、、、マデラにも胃薬分けてやるか”
と呟くのであった・・・・
今年最後の更新になります。
来年もよろしくお願いいたします。




