第11話 魔王さまの日本訪問その5(異世界首脳会談)
「ワンゲル陛下、お車の用意ができております」
「うむ、わかった」
日本側のスタッフに促され、ワンゲルは宿泊しているホテルから迎えのリムジンへ乗車した。今日は首相
官邸にて日本国首相、相葉との初の首脳会談が行われる予定だ。護衛の白バイやパトカーに前後を
固められながら、魔界一行は官邸に到着した。周囲はこの歴史的瞬間を取材するマスコミで一杯だ。
「ワンゲル陛下、ようこそ日本へ、私が日本国首相の相葉です。魔界の方々をお招きでき、光栄のいたり
です」
「アイバ首相殿、我々もニホンと友誼を結べたこと、うれしく思うぞ」
カメラのシャッター音が響き渡る中、ワンゲルと相葉はお互い笑みを浮かべながら握手を交わした。そして
並べられたソファーに腰を降ろす。どちらが上座でも下座でもない、日本政府の言う対等な関係は本当
だったなとワンゲルは思った。ひとしきり雑談を交わした後マスコミ陣は引き上げた。ここからが首脳会談
の本番である。一見人の良さそうな中年男性な風貌の相葉だが、仮にも一国のトップである。ワンゲルは
油断して足元をすくわれないよう、改めて気を引き締めるのであった。
「さて、我が魔界とニホンは国交を樹立した訳だが、そなたらは何を魔界に望むのだ」
「ええ、率直に申し上げて我々は食料、そして文明を維持するための資源を欲しています。もちろん、
適正な価格にて購入いたしますよ」
「ふむ、、、、だが我らにはその”適正な価格”という基準もわからぬし、なにしろどんな資源が必要なのかも
不明だ。まずはお互いのすり合わせが必要だな」
「ええ、そのあたりは実務者レベルの協議ですり合わせをいたしましょう」
ワンゲルもそう簡単に相葉の要求に首を縦に振ることはできない。まずは貿易について協議を行うという
ことで合意をしたのである。
「日本は貴国に対し、港湾整備や鉄道、空港建設などインフラ整備の協力を実施することも検討しております」
「ほう、ずいぶんと魔界に対し大盤振る舞いをするものだな。しかし、タダより高いものはないというぞ」
「ははは、前の世界でも我が国はODAと言いまして、同様の援助を行っていましたからな。これもその
一環ですよ」
そして相葉はすでにトルード暫定自治領でもインフラ整備や衛生環境の改善、農地改良による収穫量の
アップなど成果を出していることを説明した。
「もちろん、貴国のニーズを伺った上での技術協力になりますので、貴国の課題解決にもお役に立てる
と思いますよ」
そうニコニコと話す相葉を見てワンゲルは内心、”人を堕落に誘う悪魔のようだ”と感じたのであった。
「まあ、確かに魔界の港にはニホンの船は入れぬからな。まずはこのあたりから協議に入るのはどうか」
「ええ、我々もかまいませんよ」
2時間に渡る会談の結果、日本と魔界との間に以下の項目について合意がなされた。
1.日本と魔界はお互い対等な関係での交流を行うこと
2.日本と魔界はお互いの立場を尊重し、問題が発生した場合は話し合いによる解決を行うこと
3.日本は魔界に対し、インフラ整備などの協力を行うこと
4.日本は3の協力に際し事業を独占せず、魔界の人材をその運営に関わらせること
5.民間レベルでの相互理解を深めるため、日本と魔界はお互いの観光客を受け入れること
「魔王さま、まずは一段落といったところですな」
「ああ、だが油断すればあっという間に魔界は日本に飲み込まれるぞ。トルード王国はニホンも友好国
として時期を見て独立させる予定だったそうだが、結局ニホンの自治体、都道府県と言ったか、そういう
ことに納まったようだ」
トルードは王国時代に比べ、格段の収入アップや税の引き下げ、衛生環境の改善などで遥かに住みやすく
なっている。現地住民からも”このまま日本の統治下にいる方がいい”との声が大きくなり、半年後には
日本国トルード県として再出発することになったそうだ。
「その代り、ハーネス聖神教の権威は地に落ちたようだがな」
「ほほほ、彼奴らの歯ぎしりする顔が目に浮かぶようですぞ」
日本の占領後、調査により聖神教関係者による不正蓄財や未成年者への性的虐待などが明るみになり、
旧王国民の聖神教に対する信頼は一気に失われた。とはいっても精神的な拠りどころをなくすのはまずい
と日本政府も判断し、穏健的な聖職者を代表に立てて、”ハーネス聖神教改革派”を擁立させている。
さて、昼食後は皇居に移動し、天皇陛下との会談に臨むこととなった。ワンゲル達も事前に天皇制の説明
は受け、政治的権力は有していないことを理解している。
「権力を持たぬ王か、お飾りみたいなものだな」
「なぜニホンが天皇を残しているのか、いささか理解に苦しむところでありますな」
しかしそんな彼らの考えは、実際に天皇陛下と会った瞬間に吹き飛んでしまった。確かに権力はない、
だがその権威にはいささかの揺らぎもないのだと・・・・
”これが、二千年近く連綿と続いてきた、王の威厳というものか・・・・”
すでに天皇家から政治権力が失われて千年近い月日が流れている。それでもなお、日本の歴史の節目
節目で天皇が与えた影響は大きなものだ。そしてワンゲルは、マスコミが退出し非公開となった後の会談
で、衝撃を受けることになる。
「我が国と国交を結ぶ決断をして頂き、日本国民を代表してお礼を申し上げます」
ワンゲルにすっと頭を下げる天皇陛下、その姿には先ほどの相葉のように含むところは全くない。真摯に
民のことを想うその姿勢に、すっかりワンゲルも尊敬の念を抱いてしまった。
「頭をお上げください陛下、ニホンとの国交は我が魔界の民にも益あること、お互い末永く交流を深めて
参りましょうぞ」
天皇陛下、それは魔王すらも取り込んでしまう、日本最強の人たらしでもあった・・・・
「ほうほう、ピコリーナさんは魔導技術の責任者を勤めておられると、それはすごいですね」
「えへへ、ありがとうございますなのですぅ」
続いて魔界の主要メンバーも参加しての歓談で、天皇陛下はピコリーナのことをまるで実の孫のように
慈しみにあふれた目で見つめている。彼女の方もおじいちゃんに褒められたかのように嬉しげだ。
”ピコリーナお前、天皇陛下より年上だろうがあぁぁぁぁっ! なんで実の孫みたいに甘えてんだよっ!”
ワンゲルはキリキリと胃痛に襲われるも、皇室の方々の手前ただひたすらに耐えるのであった・・・・
「これはワンゲル陛下、このような場でお目にかかれるとは、昨年までは思いもよりませんでしたぞ」
「そなたはリグレット辺境伯ではないか。今は確か・・・・」
「はい、トルード暫定自治領の執政官を任ぜられております」
宮中での晩さん会、ここでワンゲルはトマス・リグレットより声をかけられた。以前は戦場で何度か剣を
交わした間柄だ。
「まさか、敬虔なハーネス聖神教の信徒だった貴公が、ニホンに協力するとは夢にも思わなかったぞ」
「ははは、この目でニホンを見たら、これまでの自分がいかに狭い視野に囚われていたのかと、恥ずかし
ながらこの年になって実感してしまいましてな」
「ふーむ、、、、ところで、この場には他にもガイアードルの人族が招かれているようだが、トルードの者か」
ワンゲルは、他の招待客と談笑している白人の男性を見つけ、トマスに尋ねる。
「いえ、彼はニホンの転移に巻き込まれたアメリカという国の大使ですよ。何でも、元の世界ではニホンと
同盟を結んでいたそうで」
「そうなのか」
そしてワンゲルはトマスの紹介により、アメリカ大使ともあいさつを交わした。
「我が合衆国がこの世界でも建国したあかつきには、ぜひ国交を樹立したいものですな」
「うむ、我らも貴国を友誼を結ぶこと、楽しみにしておるぞ。しかしながらそなたの容姿はガイアードルの
人族と同じだな。ハーネス聖神教との国々とも付き合えるのではないかな」
やや意地の悪いワンゲルの言葉に、大使はとんでもない、といった表情で答えた。
「いやあ、、、、あんな狂信的な国々とはとても相容れることはできませんよ。苦労するのが目に見えて
おりますからなあ」
宗教がらみではアメリカも散々痛い目にあっている。大使の言葉は本音であった。
「やれやれ、晩さん会も無事終わったな・・・・」
深夜の首相官邸、相葉は執務室で年代物のブランデーを口にしながら、ほっとしたように呟く。
「ええ、魔界が国交を結んでくれたのは幸いでした。これで国の維持にもメドがつきましたよ」
対面に座る官房長官がそう答える。実際、トルード王国領土が傘下に入ったとはいえ、国を維持するのは
もう限界であったのだ。輸出で稼いでいた企業は軒並み赤字になり大量の雇い止めが発生、経済は破綻
する一歩手前という状況だった。
「魔界という新たな取引先ができた。インフラ関連の企業は息を吹き返しそうだな、、、我々にとって魔界は
フロンティアだ」
「はい、これでこの計画も実施しないで済みますね」
官房長官はそう言って、手書きのレジュメを手にかざす。そこにはあるタイトルが付いていた。
”ガイアードル初期化プロジェクト”
それは恐るべき内容だった。文字通りガイアードルを”初期化”してしまうというもの。まずは転移に巻き
こまれた米海軍のオハイオ級戦略原潜により、魔界を含む各国の主要都市を攻撃、更にガイアードルの
医学レベルでは対処できない病原菌をばらまきこの世界の人間を一気に殲滅、その後全てを日本の
領土に組み入れる、というものであった。
「ははは、我々は寸でのところでスターリンやヒトラー以上の虐殺者にならないで済んだ訳だ。魔王さまに
は感謝するしかないな」
「本当に、良かったですよ・・・・」
もしこの計画を実行した場合、相葉や官房長官は自らの命を絶つ覚悟だった。このレジュメの存在は2人
しか知らない。官房長官は不要になったそれをシュレッダーにかけるのであった・・・・
次回は、ハーネス聖神教の国々にも動きがあります。




