第9話 魔王さまの日本訪問その3(初めての日本の朝編)
翌朝、ホテルの朝食会場ではワンゲル一行がスケジュールの説明を受けていた。
「では、朝食後に新潟駅に向かい、新幹線に乗車いたします」
「わかった、出発は2時間後だな」
そして目の前に運ばれてきた朝食、これは魔界側たっての希望で和食にしたのだが・・・・
「この黒いのは、紙か・・・・」
「これ、豆が腐っているようなのですぅ・・・・」
「ほ、ほほほ、、、、このガラリア、生の卵なぞ生まれて初めてですぞ」
などと、実にテンプレな反応をかましてくれたのであった。
「お口に合わないようでしたなら、洋食に変更もできますが」
「いや、ニホンの伝統的な食事を希望したのは我らの方だ。皆の者、心して食するのだぞ」
こうして、恐る恐る和朝食を食べ始めた一行、思い切って口にしてみると、見かけほど味は悪くない。
特に地元村上の塩引き鮭や魚沼コシヒカリは絶品だ。
「えっ! ヒトミ、納豆に生卵混ぜるのか・・・・」
「そうよ、これ意外と合うのようね~」
思わずライドルも引いてしまったが、君島が美味しそうに食べるのを見て彼も真似をすることにした。
しかし、口の中に入れるのを躊躇してしまう。
「どうしたのライドル、やっぱり納豆は苦手なのかしら・・・・」
「は、ははは、何を言うかヒトミ、この魔将軍と呼ばれた我に、恐れるものなぞないぞ。お、見かけとは
違ってなかなかイケる味ではないか」
そう強がってこの奇怪な食物を口にするライドル、言葉とは裏腹にすでに涙目だ。
「あやつ、、、、無理しやがって」
「これに生卵って、、、、まるで伝説の悪魔の錬金術なのですぅ」
しかし、ライドルの受難はこれで終わらなかった。彼は更なる試練を君島に課せられてしまうのだ。
「ねえライドル、これも一緒に混ぜるとおいしいのよ」
「ヒ、ヒトミ、、、、これは一体なんだ。野菜にスライムでもあえておるのか・・・・」
君島の差し出したものは、オクラの入った小鉢だった。こうして、ネバネバ地獄に陥ったライドルに、魔界
の一行はそっと涙をぬぐうのであった。
「それでは、30分後に迎えの車が参りますので、それまでロビーでお待ちください」
「ああ、わかった」
朝食後、ワンゲル達はホテルのロビーでコーヒーや紅茶を楽しみながらくつろいでいた。ワンゲルの視線
は、ロビーにある大きな液晶テレビに向けられている。今は日本各地のニュースを放映していた。
『次に函館からのニュースです。本日の早朝大きなイカが水揚げされ、話題になっています』
「んっ・・・・?」
画面に映し出されたのは、全長20mほどとやや小ぶりながら、海の魔物と恐れられるクラーケンだった。
「あら、これはずいぶん大きなイカですねえ」
「ダイオウイカかな。この世界にもいるんだなあ」
「いや、あれクラーケンだから・・・・」
ワンゲルの呟きは、日本側には届かなかった。
『現地にはリポーターの松下かえでさんが取材しております。松下さん、大きいイカですねえ』
『はい、今回このイカを水揚げした、イカ釣り漁師の佐藤さんにお話しを伺いま~す』
「軍隊じゃなくて漁師に捕まったのかよ、クラーケン!」
ワンゲルは思わずテレビ画面に突っ込みを入れた。ガイアードルでは軍隊でないと対処できない、という
のが常識なのだ。
『いやあずいぶん抵抗されたんだげど、オレの船も最近大馬力のエンジンに換装したばかりだから、港まで
無理やり引っ張ってきたよ、わはははは』
「わははじゃねえよっ! あれ仕留めるのに軍船5隻は必要なんだよ。何で漁師が捕まえられるんだよ!」
「ははは、まあ函館はイカ漁が盛んですからなあ」
「ところであのイカ、味の方はどうなんでしょうか。ダイオウイカはまずいそうですし・・・・」
更に突っ込みを入れるワンゲルに、日本側はのほほんとした対応だ。そして、更にワンゲルを驚愕させる
出来事がテレビ画面で展開していった・・・・
『ところでこのイカなんですが、函館名物のイカそうめんにしてみました。調理は朝市で食堂を営んでいる
丸見さんで~す』
「あれ、食べるのか・・・・」
ワンゲルはもはや呆然と画面を見ているだけだった。
『身も透き通っていますね、、、、うわっ! 甘~いですよ。これは』
『松下さん、そんなに美味しいですか。これまで大きいイカというのは不味いと言われていましたが』
『いえいえ、こんな美味しいイカ生まれて初めてですよ。他の料理も紹介しますね』
そうしてリポーターは、焼きイカやイカフライ、ゲソ焼きなどの料理をそれはそれは美味しそうに平らげて
いく。それを見ている魔界ご一行は、お口あんぐりな状態だ。
「あれだけ大きなイカが獲れるのなら、イカについては心配しなくても良いようですなあ」
「いや、あれイカじゃなくてクラーケンだから、魔物だから・・・・」
ワンゲルの呟きは、日本側の誰にも通じることはなかった・・・・
『続いての話題です。マグロで有名な青森県の大間町で、10mの巨大マグロが水揚げされました』
「もうええわっ!」
ガイアードルで恐れられる海の魔物も、日本人からしたらただの大きいイカ、マグロの扱いだ。ワンゲル
の胃は朝からキリキリと痛むのであった・・・・
ちなみにその後函館では山形県の巨大芋煮にヒントを得て、有名駅弁業者協力のもと、
”ギネスにチャレンジ、世界最大のいかめし祭り”
なるイベントを開催するのだが、これはまた、別の話である。
「なあムトウ殿、”ギネス”というのは何なんだ」
「ギネスブックと言いまして、何でも世界一を集めたイギリスの本ですよ」
「イギリスって、、、、ガイアードルにはない国だろ」
「はあ、、、まあ世界一と言えばギネスですからな」
「そうか・・・・」
ワンゲルは、考えることを放棄した・・・・
富山では、ダイオウイカをスルメに加工した水産業者があったそうで(実話)
欧米人から恐れられるクラーケンも、日本人から見ればただのでかいイカ(タコ)で
あります。




