2話
2話
今俺は繁華街へ向かう道を足早に歩いている。
まだ早い時間で本当に良かった。
自称大賢者(笑)がタバコの火を消すのに、
激流で区画ごと水没させやがった。
勿論俺のベストプレイスも激流で綺麗に流され、
あっという間に更地になってしまった。
やはり築58年木造住宅では耐えきれなかった。
しかし、何故ヴァイオレットはこの世界で魔法を使う事が出来るんだろうか?
俺だってあっちではある程度の魔法も使えていたし、
ステータスだって決して低くは無かった。
後で聞いてみないとな。
とりあえず財布とスマホ(耐水仕様)しかない。
当面の寝床を確保しないとまずい。
この年で流石にネカフェ難民は辛すぎる。
この出費は辛すぎる・・・。
あーー!管理会社にもなんて説明すりゃいいんだ。
突然異世界から来た魔法使いが間違って魔法をぶっ放しちゃったので家が流されちゃいました!
なんて本気で言ったら、
間違いなく人生終了だ。
もう俺も被害者ですって体にして、
適当にバックレよう。
うん、これがいい。
これで行こう。
後は今回の件で死人がでて居ない事を祈ろう。
「勇者さま~待ってくださいよ~
本当にお怪我は大丈夫ですか~?」
俺よりだいぶ身長が低いし、手にはゴツい杖にぶかぶかの帽子を被っていれば尚更だ。
ヴァイオレットは小走りで俺の後をついてきてはいるが、完全に無視してドンドン進む。
ずぶ濡れになった俺の服を一瞬で乾かしてくれたのは不本意だが、非常にありがたい。
さっきの出来事で分かると思うが、
自称大賢者様は俺以外の人や出来事がどうなろうと、ほとんど気にしない。
だが、こいつは全力で俺の願いや希望も叶えてくれる。
例え数多の死人が出ようが、天変地異が起ころうが、
世界中の均衡が狂ってしまおうとも…。
俺なんかの一体どこがいいのだろか?
「なんで、こんなに道が細くて入り組んでるんですか、この国は!私が勇者さまの為に真っ直ぐな道を造った方が効率的なのに。」
ガン無視しててもこんな事をしでかそうとする。
その為、あっちではほぼずっと行動を共にし、適当に構ってやっていた。
当然、あっちでは公認のカップルとまで言われていたが、
当時俺としては便利なわんこ程度にしか思って居なかった。
だからこいつには全く手は出していない。
魔法的な事では散々利用してしまった罪悪感があるが、正直、俺みたいないつ居なくなるか分からない様な輩よりも、もっとしっかりした奴と一緒になった方がこいつの為になる、そう思ったからだ。
「おーけーおーけー俺が悪かった。一緒に行くぞ」
「はい!」
さっきまではしょぼくれて、不安そうな顔をしていが、満面の笑みで答えてくれる。
8年ぶりだと破壊力が凄い。
免疫が無いとイチコロだろう。
だが、問題はこの後だ。
こいつを野にはなって爆睡してしまえば、
どうなるか想像したくない。
だからと言って、
こいつと同じ部屋で一夜を共にするのはハードルが高すぎる。
下手すると、俺が襲われる。
あっちに居たときは、リュウがいたから
野郎は野郎でってごまかしも出来たが・・・
こっちではそうもいかない。
だからと言って、
こっちで全世界から指名手配されるテロリストの
親玉にはなりたくはない。
俺は腹をくくると、ビジネスホテルへと向かった。
とりあえず一悶着あったが、
空きがあった部屋を1週間キープした。
今後の出費を考えると、頭が痛い。
貯蓄は間違いなく足りない。
この歳でサラ金デビューか・・・
そんな暗澹たる気持ちでホテルの部屋へ向かった。
さっさと部屋に入って寛いでいたが、
ヴァイオレットはいつまでも部屋の入口でモジモジして入って来ない。
「どうしたんだ?」
「男の人と二人っきりの部屋に泊まったことが無いのです。やっぱり先ずは湯浴みですか…?」
身体の動きが非常にぎこちない。
ガチガチにして緊張しているようだ。
「そーいうのじゃないっての!
・・・とりあえずこっち来い!」
逆にそこまで緊張すると俺の方が緊張するっての!
コレは別室の方が良かったか?
この様子なら俺が襲われる懸念は無さそうだな。
この部屋はベッドが2つあるし、
俺が間違いを起こさなければおそらく問題ないだろう。
「で、ヴァイオレットは何しにこっちへ来たんだ?」
ある意味で安堵しながら、
なるべく優しく聞いてみる。
「寂しがっている勇者さまに会いに来たに決まってるじゃないですかっ!」
自信満々と言った様子で言い切った。
「俺が、寂しがる・・・?」
そう、なんだろうか?
確かに仕事なんて幾らやりがいを持ってやっていたって、
数年で本質は同じ事の繰り返しだと気付く。
完璧に遂行したとしても、上司から少し誉められて
終わりだ。
あっちでは困っている人々を救う度に
村、国を挙げて感謝された。
勿論今やっている仕事と比べちゃいけないし、
スケールも違い過ぎる事は重々承知している。
だが、味わった達成感はこっちに戻って来てからは、一度も味わった事など無い。
「・・・勇者さま?」
すっかり考え込んでしまった俺をのぞき込む様に
俺の様子を伺っている、だいぶ顔が近い。
どれ位近いかというと、
ヴァイオレットのパッチリ二重で長い睫毛までよく分かる位置だ。
「あぁ、なんでもない」
「そう、ですか?」
「所で、ヴァイオレットはなんでこっちでも魔法が使えるんだ?」
「・・・???勇者さまは何で使えないんですか?」
人差し指を唇をに添えて首を傾げる。
本当にこいつは仕草一つ一つがあざといと分かっていても可愛い。
「ああ、こっちに来てから全く使えなくなってしまてっな・・・お陰でチョット不便だけど、それなりに楽しく暮らしているさ」
「そうなんですね、分かりました・・・
私チョット用事を思いだしちゃったので先に寝て居てくださいね」
そう言うと、何かを決意した表情でヴァイオレットは魔法陣を展開し、何処かへ転移していった。
「おいおい、一体どこに行ったんだよ・・・」
止めなきゃヤバイ事は重々承知してはいるが、
今の俺にとれる手段は全く無い。
取りあえず、今の俺はただのモブと言い聞かせ、
明日明後日は取り合えず風邪って事で休む事にしようと心に決め、意識を手放した。