1話
1話
皆が皆満身創痍で無事な仲間は誰も居ない
更には怪我を回復するためのMP、アイテムすら
もうストックは無い。
そんな中辛うじて立っているのは俺と、
剣豪のリュウしかいない。
対峙している異形の魔王も
憤怒の表情と負のオーラを放ってはいるが、
身体中の傷からおびただしい量の紫色な体液を撒き散らし、見るからに満身創痍だ。
しかし何かを仕掛けようと様子を伺っている様だ。
俺も気を抜くとそのまま意識を持っていかれそうな状況だ。
後ろを一瞬確認すると、
錬金術師と僧侶がMPの枯渇で倒れている。
ここまで全員生きているのは間違いなく2人のお陰だ。
リュウと視線が交錯するが、あいつも気合いで持っている状況と確認出来た。
つまり、俺達は絶体絶命って事だ。
その時、リュウが何かを仕掛けるアイサインを俺に送ると、魔王へ突撃した。
俺もリュウの後へ続き、リュウの少し後方を走る。
『粉塵破砕剣!!』
リュウの愛刀、五月雨丸が粉々に砕け散り、
辺りをギジ的な霧が覆い、
飛び散った刀の破片が魔王に刺さり視界を遮る。
「・・・っ!!」
俺はその隙を逃すことなく追撃する。
リュウの肩を踏み台にしてからの大ジャンプし最上段切り!
「うおぉおおおお!」
俺は今込められる渾身の力を込めて魔王を叩き切った。
ここに来るまで数多の敵を屠ってきたが、
それに通じる確実な手応えを感じた。
「・・・ぐぉぉぉぉぉお!!このままでは終わらんぞ…!」
異形の魔王は最後の傷跡から光の粒子が広がり、
魔王を呑み込む様に完全に消滅していった・・・・・・
「やった・・・!やっと倒したぞ!!」
ガタッ!
辺りを静寂が支配する。
俺は思わず立ち上がり、ガッツポーズまでしている。
「何を”やっと倒した”のかね?七菱君」
部長に睨まれ、背中に嫌な汗が伝う。
そう、ここは会社の会議室で
”最高に暇な”会議中である。
どうやら完全に寝落ちしてしまった様だ。
「ナンデモアリマセン・・・」
囁くように呟くと大人しく席に着いた。
何事も無かった様に会議は進んで行く。
配られていた資料をまるで重大な懸念事項があるかのごとく、睨み付けるように眺め始めひたすら眠気と戦った。
くっそーよりによって何であんな夢を見たんだ!!
確かに昔俺は異世界の女神さんとやらに異世界へ召喚された。
そして、仲間と共に旅をし、魔王を倒し、
念願叶い元の世界へ帰る事が出来た。
それも、もう10年前になる。
当時25歳で召還されて、
2年で魔王を倒し、27歳で奇跡の生還!!
そんな俺ももう35・・・
今年からアラフォーのお友達だ。
こっちへ帰ってきたばかりの時は大変だったな。
なにせ住所不定無職自称七菱 拓也だったわけだ。
当然契約してた家は家賃滞納で引き払われ、職場も当然クビになってるわ、当たり前だが無一文。
実家に戻るしか無かった訳だが、
当然のように仏壇に俺の遺影があったのは何とも言えない気持ちになったもんだ。
そんな俺をよそに両親のパニック具合は凄かった。
警察やら役所やら病院やらひたすら引きずり回された。
どこから嗅ぎつけたのか、
週刊誌の記者やテレビ局の取材オファーが凄かった。
謝礼金目的で報酬が高い所で何回か取材を受け、
小遣い稼ぎをしてやった。
以前の俺の自堕落的に日々を過ごしていた様を
25年間見てきた両親は、積極的に行動しどんな人にも物怖じしない様を目の当たりにし驚愕していた。
そんな俺の変わりようを見て、
実家では腫れ物を扱うかの様な
対応をされ続けた。
当然あっちの事を話したって誰も信じちゃくれないだろうし、
下手に言ってヤバい病院にぶち込まれたく無かったので、一貫して何も覚えて無いってことで貫き通した。
それでも最後までオカルト系の雑誌記者からは
執念深く連絡がきていた。
流石にもうこないが。
しかし、世を騒がせても結局
Fラン大学出身の元フリーター身の程をわきまえている。
職歴は何にも無しで、アラサー。
何とか就職出来た所はそれなりの商社。
自分が時の人であるうちに知名度を存分に
活用してやった。
正社員で潜り込めれば後はどうにでもなる。
だが正直、社会人経験の重ねていけばいくほど、
あっちの世界に留まって居た方が良かったのでは?
という後悔が沸き上がる。
今更どうこう出来る問題でも無いし、
あっちへ戻れたら戻れたで色々ある。
それでもなぁ・・・
あー!
こんな時はさっさと帰ろう!
定時で帰れるのもこの会社の良いところだ。
繁忙期はそうもいかないが・・・。
築58年木造2LDK月3万円のオンボロ住宅へ帰り、
冷蔵庫に入っているビールを
チビチビ飲み、タバコをふかしながら今日の出来事をボンヤリ思い出す。
今日はなんであんな懐かしい夢をあんな最悪なタイミングで見たんだろうなー
そう言えば、引き出しの中にあの時貰った
不思議な魔石付きのブレスレットがあったな。
久し振りに引っ張り出すと
まじまじ眺めながら当時を思い出した。
日本へ帰ってくる時に、
日本へ帰る為の必須アイテムと言われ
装備していた物だ。
あの時は俺も切羽詰まっていたから、
このブレスレットの細かい情報は分からない。
身に付けているアイテムが持ってこれるのなら、
もっとあっちの希少物でも持ってくればよかったな。
莫大な賞金と希少な武具、道すがら手に入れた様々なアイテムなどは、
全部あっちの世界の空間魔法『ストレージ』に格納してある。
今思えば、
なんでこっちに帰ってきたかったんだろうな?
もう一度あっちへ行ってもいいのかもしれない。
何の気なしにブレスレットを装備してみた。
が、当然何も起こらない。
あっちで使えていた魔法が使える事もない。
今まで散々試してみたことである。
分かりきっていた事ではあるが、
なんとも煮え切らない気持ちを振り切るために思いっきり寝ることにした。
次の瞬間
突然狂喜に満ちた声と共に俺の部屋に魔法陣が展開し、次の瞬間閃光が広がった。
「み つ け た」
ロングで薄いブルーの髪をなびかせ、
いかにも魔法使いの格好をした、
こっちではお目にかかれない位美しい女性が現れた。
「ああ・・・私の愛しの勇者さま・・・」
瞳を潤ませ頬を赤くし、拓也に抱き付く。
「お、お前まさか時空を超えてやってきたのか!?」
あまりに突然過ぎる展開に頭が追い付かない。
何故コイツが現れた!?
「このにおい、この感触、このマナ、間違いなく私の勇者さま・・・でも人間は何故すぐ老化してしまうから?クンカクンカ・・・これはこれでアリかも・・・全く困ったものね~いっそのこと・・・ゴニョゴニョでも副作用がブツブツ・・・」
などと訳の分からない事をつぶやきながら俺に抱き付いている。
邪悪な二つの大きな柔らかいものが俺の理性をガリガリ削っていく・・・!
「人 の 話 を 聞 け!!」
全力でデコピンをかましてやった。
「~~ったー!」
「ちょっとは落ち着いたか?ヴァイオレット?」
コイツはこっちへ俺を送り返してくれた自称大賢者のヴァイオレットだ。
一応エルフの様で耳が尖っている。
最も今は少しシュンとなっているいうだが。
「…はい。でも私嬉しかったんですよ?
”私が”勇者さまへプレゼントしたブレスレットして、
”私の”いる世界にもう一度きたいと、
強く・・・念じてくれた事がっ・・・!」
感極まったヴァイオレットの目からポロポロと涙が零れ落ちる。
俺はすかさず涙を拭いてあげながら、
頭を撫でてやる。
相変わらずびっくりするぐらいサラサラで
いつまでも撫でていたくなる手触りだ。
「それで、なんでお前がこっちに来ているんだ?」
ヴァイオレットが落ち着いたのを見計らって
なるべく優しい声で話し掛けてやる。
「だから言ってるじゃないですか!
勇者さまが”私の”いる世界へもう一度来たいと
”強く”念じてくれたからですよぅ!
愛は世界を越えるんですよ?」
キラキラした目で俺を見つめてくる。
「あ、ああ・・・」
久し振り過ぎて、
こいつの扱い方をスッカリ忘れていた。
「なあ、何でこっちに来れたんだ?」
「それはですね、ずばり勇者さまのブレスレットに秘密があるのです。
私が何百通りもの追跡魔法を入念に隠蔽しながら織り込み、勇者さまが私のいる世界へ帰りたいなーと思った瞬間私に伝わる様にしてあったんですよ!えっへん!!」
なるほど、俺が何となく取っておいた、
このブレスレットはとんでもないマジックアイテムだったって訳だ。
しかもこいつの策略通り、ギリギリのどさくさに紛れて渡すとは流石自称賢者ずる賢い。
このなんともやりきれない気持ちをヴァイオレットのホッペタをつねる事で解消した。
「いふぁいでふよゆうしゃしゃま~」
こいつは何故うっとりとした表情をしているんだろうか。
こんな性格だったっけかなぁ…?
しかし何だか焦げ臭い。
ふと後ろを振り返ってたら、
ヴァイオレットが来るまで吸っていたタバコが
抱きつかれた瞬間に吹き飛び、適当に積み上げていた雑誌が燃えて化学繊維製の安っいカーテンが燃えている。
うーわーこうやって火事になるんだな・・・って
そんな事を思っている暇はない!
「ヤバイ!!ヴァイオレット!水魔法使えるか!?
あの火を消してくれ!」
「ふふん!私を誰だと思っているんですか大賢者のヴァイオレットですよ?」
ドヤ顔をしたヴァイオレットは自信満々に魔法を発動した。
『ハイパーメガウォーター☆』
ああ、そうだったまた一つ重要な事を忘れていた。
だがそう思い出した時には既に全てが手遅れだった。