ぼくのせいかしら
桃太郎が、その桃色と白の毛並みを村でいじめられた日から、おじいさんとおばあさんは村へ行くのを止めました。幸い、二人には畑も田んぼもありましたし、おじいさんは時々山で鳥やけものを採って来ましたし、桃太郎はおばあさんが川に洗濯に行くのについて行って魚を捕まえたりもしましたので、食べ物に困ることはありませんでした。
そうやって二人と一匹で仲良く暮らしておりましたが、桃太郎には悩みがありました。
「ぼくのせいで、おじいさんとおばあさんは村へ行かなくなったけど。それって本当に良いことなのかな」
今日も桃太郎は村の方角を向いてしょんぼりとつぶやきました。
おばあさんにいつもかわいいとほめてもらっている自慢の毛並み。おじいさんも桃色と白の塩梅がとてもきれいだとたくさんなでてくれるのに。村の子供たちには変だと言われた。男の子の色じゃないと。でも僕は自分の色が大好き。おじいさんとおばあさんも大好きだと言ってくれる。村長さんにもおかしいと言われた。だからおじいさんは村長さんと喧嘩して、「もう村へは行かない」と決めたんだ。
ぼくのせいかしら。
桃太郎はおじいさんと村へ出かけた日のことを思い出します。おじいさんは楽しそうでした。村長さんの家で、村長さんと将棋を指したり。おばあさんがおじいさんに村で買い物を頼んでいたっけ。「村へなんか行かなくても大丈夫」って二人とも言うけれど、本当でしょうか。桃太郎のためにがまんさせていないでしょうか。
「ぼくが変だから、二人に迷惑をかけてるんじゃないかしら」
それに、他にも気になることがあります。
おじいさんもおばあさんも今は元気です。病気一つしたことがありません。でもこの先もずっとそうでしょうか。いつか二人が病気になったとき、お医者さんにみてもらう必要があります。でもお医者さんは村に住んでいます。
「やっぱり、村に行けないと困るよね」
どうにかしないと、と桃太郎は小さい頭で考えました。こっそり様子を見に行ってみようかしら。だってあれからずいぶん日にちも経ちました。桃太郎の身体も少し大きくなりました。もしかしたら、もうみんな桃太郎の毛の色を変だって言わないかもしれません。
「ちょっと行ってみよう」
桃太郎はおじいさんとおばあさんに内緒で、村へ向かいます。一度きりだけでしたが、一本道だったので迷うことはありません。あの時より身体も少し大きくなったので、すぐに村に着きました。
でも村人に会うのは怖いです。また何か言われたらどうしようと、桃太郎は影から様子をうかがいました。
子供たちは集まり仲良く遊んでいます。楽しそうです。桃太郎が見ていることなんて気がつきもしません。
「鬼さんこちら、手のなる方へ」
「うふふ」
「違うよう。あっちへ行ってよう」
目隠し鬼をしているようです。いいな、ぼくも仲間に入りたいなぁと桃太郎の尻尾がぴくぴく動きます。心の中で「ぼくも」と桃太郎は子供たちと遊ぶ自分を思い描きました。そこへ、大人が大声を上げながら走って来ました。
「こら、止めんか」
村長さんです。
「山一つ向こうの村に鬼が来た話をしてやったろう。鬼を呼んじゃいかん」
「でも、目隠し鬼の鬼だよ」
「こらっ」
言い返した子は、ごつんと村長さんのげんこをくらいました。
「家で親にも聞いたろう。大人の言うとおりにせい」
「ごめんなさい」
「わかったならいい。他の遊びをするんだな」
「うん。かけっこしよう」
子供たちはみんな、元気な声をあげながら走って行きました。いいなあと桃太郎が見送っていると、大人の女の人たちがやって来ました。
「ねえねえ、村長さん」
「おう。みんなお揃いで」
「聞いたわよ。鬼の話」
「ああ、何にもしねえで去って行ったらしいがなあ。用心に越したことはねえ」
「そうだよう、何もしなくてもねえ。鬼なんてねえ」
「そうよねえ。怖い怖い。誰か退治してくれないかしら」
「とんでもねえことだ。そんなことできる奴がいたら、村の英雄だで」
鬼。初めて聞きました。見たことないけど何だかすごく怖そうです。もうずっと村に来ていなかったので、そんなの桃太郎は知りませんでした。おじいさんとおばあさんも知らないはずです。早く帰って教えてあげよう。桃太郎はさっときびすをかえすと、来た道を戻りました。
「おじいさん、おばあさん、大変。大変なの」
桃太郎は息せきって家に帰ると、村で聞いた話を二人に伝えました。
「ほう。鬼か」
おじいさんは桃太郎の話を聞くとあごに手を当てて考え込みました。
「おばあさん、鬼ってどんなふうなの。怖いものなの」
桃太郎がふるえているのを見て、おばあさんは優しく笑いかけながら、そっと桃太郎を抱き抱えました。
「そうねえ。ずっと昔にはたいそう悪さをしたそうだけど、最近は話を聞かなくなったわねえ」
「大きいの」
「大きくて、角が生えてて、女の人をさらったり、食べ物を取って行ってしまうそうですよ」
「どうしよう。おばあさんもさらわれてしまうよ」
「まあ、桃ちゃん。わたしは大丈夫ですよ。もう年寄りですから」
「でもね、女の人だよ。ぼく、おばあさんを守るよ」
「ふふふ。ありがとう」
おばあさんは桃太郎の小さい頭をいい子いい子となでさすります。おじいさんもそれをにこにこしながら見ていましたが、ふと怖い顔になって桃太郎に言いました。
「ところで、桃太郎。その鬼の話はどこで聞いて来たんじゃ。まさかわたしたちに何も言わずに村へ遊びに行ったんじゃないだろうねえ。出かけるときは、どこに行くのか言ってからという約束だったはずじゃが」
「うう。おじいさん、ごめんなさい。ぼ、ぼく」
桃太郎が素直に謝ったので、おじいさんは許してくれました。
さて、桃太郎には思いついたことがありました。
「ねえ、おじいさん。もしも、もしもだよ、ぼくが鬼を退治したら、村の人たち喜んでくれるかしら。そしてぼくのこと、すごいって見直してくれるかしら。もうぼくの毛の色を変だって言わないかしら」
それでおじいさんも、おばあさんもまた村へ行けるのかしら。桃太郎は期待して、目をきらきらさせながらおじいさんにたずねました。
「そりゃあ、それができたらすごいことじゃが。桃太郎や、そんなことせんでええ。今のままの桃太郎がわしらは好きじゃし、鬼も必ず来るわけでもなし」
「そうですよ。桃ちゃんは今のまんまでかわいいのです。なんも気にすることはないのですよ」
「でもぼく、おじいさんとおばあさんに嫌な思いさせたくないの」
「まあ」
おばあさんは、桃太郎の言葉を聞いて、涙ぐんでしまいました。
おじいさんも何も言えず、ただ桃太郎の小さな頭にしわだらけの手をそっとのせたのでした。




