桃から生まれたのは
昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。おじいさんとおばあさんの家は村の外れにありました。小さな家で、ずっと二人きりで暮らしてきたのでした。
ある日のことです。二人はいつものように、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に出かけました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れて来ました。おばあさんは、おじいさんと食べようとその大きな桃を家へと持ち帰りました。
「おじいさんや、今日は川でこんなに大きな桃を拾いましたよ」
「おお、それは良い。さっそくむいて食べよう」
おじいさんが大きな桃に包丁を入れようとすると、桃は勝手に割れ、中には猫の赤ちゃんが一匹、スヤスヤと眠っておりました。
「なんとまあ、かわいらしいこと」
「これは、男の子だね」
「そうですね」
おばあさんはそっと猫の赤ちゃんを腕に抱き取りました。猫の赤ちゃんの毛は、桃の果肉のような真っ白い毛並みに、桃色のしま模様が入っておりました。
「おとなしいですね。おじいさん、私たちには子がおりません。この猫の子を私たちの子の代わりに二人で育てませんか」
おじいさんは優しい顔で、寝ている猫の赤ちゃんの小さい頭をそっとなでてみました。なんとも甘くて良い匂いがします。幸せな匂いです。おばあさんと二人きり、満足して暮らして来ましたが、こうやって子供を間にして三人家族というのも良い気がします。
「そうだね。名前はどうしよう」
「桃太郎はどうでしょう」
「桃から生まれた桃太郎かい」
「ええ」
こうして、桃から生まれた桃色のしま模様の赤ちゃん猫は、おじいさんとおばあさんの家の子になりました。
それからしばらくして、桃太郎は少し大きくなりました。もう赤ちゃんではありません。子供の猫に成長したのです。おじいさんとおばあさんの家の近くだけで遊んでいるのにはあきてしまいました。
「おじいさん、おばあさん、ぼく、村へ行ってみてもいいかしら」
「ううむ。大きくなったがまだ子猫。初めての所に一匹だけで行くのは心配だ」
「でしたら、おじいさんがいっしょに行ってあげて下さいな。ちょうど、村で買って来てほしいものがあります」
「よし。そうしよう」
桃太郎はおじいさんといっしょに村に行くことになりました。
「おじいさん、おじいさん、村って遠いの」
桃太郎はおじいさんの足に鼻やほっぺたをすりつけてみたり、ちょっとはなれてしっぽをぴんと立ててみたりと、ごきげんです。
「すぐそこだよ」
「なら、ぼく一人で大丈夫だよ」
「そうだね。道を覚えたら一人で行ってもかまわんよ。ただし、村にだけだからね、山や他の場所にはまだ一人で行ってはいかんよ」
「はぁい」
村にはおじいさんとおばあさんのと同じ大きさの家や、それよりも大きい家などがいくつもありました。おじいさんは、その中で一番大きな家まで桃太郎をつれて行きました。
「村長さん、おるかね」
中から立派なひげを生やした村長さんが出て来ました。
「やあ、久しぶりだな」
「こんにちは。今日はうちの桃太郎をつれてきました」
桃太郎はひょこっとおじいさんの後ろから顔を出すと、ぺこりと頭を下げて村長さんにあいさつしました。
「はじめまして。桃太郎です」
「やあ、これはかわいい猫だね。女の子かな」
「男の子ですよ」「ぼく男の子だよ」
おじいさんはにこにこしながら、桃太郎はちょっと気を悪くしながら村長さんにこたえました。
「へえ。そうかい。でも、桃色なんて女の子みたいな色だな」
「桃から生まれたからですよ」
おじいさんが村長さんに桃太郎のしま模様について教えています。その時、桃太郎は村長さんの後ろから、小さな男の子と女の子がこちらを見ているのに気がつきました。
「こんにちは」
桃太郎は二人の子供にあいさつしました。村長さんは二人の子供に桃太郎と遊んでおいでと言ってくれました。桃太郎はいいのかとおじいさんを見上げます。
「かまわんよ。わしはおばあさんに頼まれた用があるから」
「おう、それが終わったらうちで将棋を指すぞ」
村長さんがおじいさんを誘います。
「じゃったら、遊びに飽いたらここへ戻っておいで。いっしょに家に帰ろう」
「うん」
桃太郎と子供たちは元気にかけて行きました。
男の子と女の子は、桃太郎を村の子供たちが集まる場所へと連れて行きました。
「遊びましょ」
「やあ、村長さんとこの子らじゃないか。その猫はどこの子だい」
村の子達が桃太郎を見て寄って来ます。
「村の外れのおじいさんとこの桃太郎だよ」
「変なの。女の子なのに桃太郎って男の子の名前だなんて」
「違うよ、ぼく男の子だよ」
「うそだぁ。桃色なんて、女の子の色じゃないか」
「でも男の子だもん」
桃太郎は怒って言い返しました。
「桃色は女の子の色よ」
村の女の子達が言います。
「そうだぞ。男の子は桃色なんて身につけないんだぞ」
村の男の子達も言います。
「でもでも、これがぼくの毛の色だもん。生まれた時からこの色だもん」
桃太郎はがんばって言い返しました。自分以外の子供たち全員に毛の色が良くないって言われてしまい、泣きそうです。おばあさんがいつも自分の毛並みを「かわいい」って言ってくれるのを思い出すと、なんだかおばあさんのことも悪く言われたみたいな気がします。
「だったら、違う色にすれば良いのよ」
「そうだな。上から別の色をぬってやろう」
女の子が言い出すと、男の子がうつわに土を入れ水をまぜてときはじめました。
「それ、どうするの」
別の女の子がききます。男の子がこたえます。
「よくいる猫は茶色だろう。だからこのどろをぬってやるのさ」
桃太郎はしっぽを足の間にはさんでうずくまりました。子供たちは桃太郎の周りを囲みます。
「やだ、やだーい。そんなのぬらないでよ」
また別の女の子がえらそうに桃太郎をさとします。男の子も同意します。
「あら、あなたのためにしてるのよ」
「そうだぞ。普通の猫とおんなじになれるんだぞ。感謝しろよ」
もう、桃太郎が何を言っても聞き分けてもらえそうにありません。桃太郎は逃げることに決めました。ぱっと立ち上がったのですが、子供たちの方が数が多いので、すぐに捕まってしまいました。
「やだ、やだーい。やめてよう」
おじいさんが、村長さんの家の縁側で、村長さんと将棋をさしていると、桃太郎が一匹でとぼとぼと歩いて来ました。別れた時にはきれいだった毛皮がどろまみれです。
「やあ、どうしたんだい。どこでそんなに暴れて来たんだい」
日ごろやんちゃな桃太郎のこと、おじいさんは、さぞ村の子供たちと楽しんだに違いないと、おどけてたずねました。でも桃太郎は下を向いたままです。
「どうしたい」
これは様子がおかしいと、おじいさんが縁側からおりて桃太郎に近づいて行くと、桃太郎は耳をふせてうなだれ、しっぽを小さくぴくぴく動かしながら、やっと聞こえるような小さな声でこたえました。
「もう帰りたい」
それきり、何を聞いてもこたえません。おじいさんはこれはどうしたことかと不思議に思いましたが、村長さんにいとまをつげて帰ることにしました。
村へ来た時とはうってかわり、桃太郎がしょんぼりしてうずくまっているので、おじいさんは桃太郎をうでに抱いて帰りました。
よごれて背中を丸めている桃太郎を見て、おばあさんは目を丸くしましたが、何も言わずにおじいさんからその小さなからだを受け取ると、風呂に入れて優しく洗ってあげました。
夜、桃太郎がすっかり寝入った後、いろりばたで、おじいさんがおばあさんにたずねました。
「おばあさんや、桃太郎はどうしたのかね」
おばあさんはふうと小さくため息をはいてからこたえました。
「村で、毛の色がおかしいと子供らに言われたそうです。なんでも、桃色は女の子の色だと」
「なんと」
「それで、男の子の色にしてやると土をぬられたみたいです」
「それはひどいことを」
「明日村長に話してくる」
「ええ。桃太郎はもう村へは行きたくないと申しております」
「かわいそうに。あんなにきれいな毛並みなのに」
「ほんに。かわいいですのにねえ」
次の日、おじいさんは村長さんに昨日桃太郎が子供らにされたことを話しに行きました。村長さんは子供たちを呼んで、話を聞きました。
「すまなかった。だが、子供たちには悪気はなかったんだ」
「じゃが、桃太郎は傷つきましたぞい」
「悪かった。もう、せんと言っておるから許してやってくれ」
「桃太郎にあやまってもらえますか」
「わしがおじいさんにあやまったからそれでいいだろう。おじいさんから桃太郎に伝えておくれ」
「それじゃいかん。ちゃんとやった当人が桃太郎にあやまってくれんと」
「じゃがのう、子供らも悪気があってしたことじゃなし。わしがあんたにこうして頭を下げるから、これでおさめてくれ」
「だめじゃ。子供らをうちにつれて行く」
すると村長さんが怒り出しました。
「なんて聞き分けのないじいさんだ。この村の村長であるわしがあやまったんだから、それでしまいにするのが道理だろう。村で一番偉い人間が頭を下げたんだぞ」
「それじゃ、桃太郎の傷はいえんし、やった子供らも反省はせん。当人どうしでやり取りせんと意味はない」
それを聞いた村長さんは、もう顔を真っ赤にして、頭のてっぺんから湯気を立て、どなりちらしました。
「うるさーい。村長のわしがいいと言ったからいいんだ。村長の言うことを聞けい」
「村長だって、間違っとるもんは間違っとる」
「なんじゃと、わしはちゃんとした村長だぞ。だいたい、桃の節句は女の子のもんだ。だから桃色も女の子の色だ。それをそうだと言って何が悪いんだ。本当のことじゃないか。それに、桃太郎はおばあさんが腹を痛めて産んだわけでもなし、実の子じゃない。拾った子だろう。そんな子と、村の子、どちらが正しいか。村長のわしから見たら考えるまでもない」
「何を言う。桃太郎は大事なうちの子じゃい」
「だが村の子じゃねえ。拾いっ子だ」
「なんじゃと」
「そっちこそ、なんだ」
とうとう、おじいさんも頭から湯気を出すほど怒り出し、二人はすっかり頭にきて、互いにそっぽを向いてしまいました。そして、もう二度と村へは来るな、こっちこそ来るもんかとけんか別れしてしまったのでした。




