挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
アートゥラの魔人 -黒き傭兵の軌跡- 作者:夏春みどり

第四章 嘆きの水

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

59/61

第三話 頼みごと

 女二人の言い争いは、時間にすれば十分にも満たず。
 短いと言える時間であったが、仲裁に入ったナツキの顔には疲れが滲んでいた。

 彼は椅子に腰掛け、テーブルの反対側のミルドレッドと会話していた。その声は、ソフィアが相手の時よりも五割増しの軽さと弾み。

 病的なまでに白い顔の彼女であったが、それは元々だ。
 今は怒りなど微塵も感じさせない笑顔である。

 対象的に眉をつり上げているのは、怒り心頭に発したソフィア。少女は二人から離れたところの席、強制的にアラベラの隣に座らせられていた。
 ナツキは離れから飛んでくる視線を無視しながら、声を掛けた。

「それで、何が欲しいんだ?」

 今回呼び出されたのは、ミルドレッドの意向というのは既に聞いていた青年。ということは、いつも通り物品や素材の入手。
 ミルドレッドは袖口のフリルを弄びながら、詰まることなく答えた。

「"嘆きの水"。聞いたことはあるかい?」

「いや、ないな。隠し言葉か?」

 彼の予想通り、物品の入手であった。
 しかし、聞いたことのない代物。
 隠語の類かと問うたが、彼女は首を横に振っている。

「正式名称さ。王国の禁制品に定められている物だ。ま、調達も取引も禁止されているけど、どこで採れるのかは政府も把握出来ていない」

「自然物か。禁制の理由は?」

「効果の全容がわからないから。けれど、確かな治癒効果も存在している水だ。解明できていないそんな物を、個人で所有させるわけにはいかないだろう」

 スラスラと述べる彼女の言葉を、ナツキは脳内で反復させながら取り込んでいく。癒やしの効能を秘めている、自然界に存在する水。
 けれども、まだまだ情報不足だった。

「不確定な効果と、所在地を把握していないってのは?」

「流通量がごく僅かで、サンプルが足りないのが妥当な線かな。で、ここ十年は売買もされていないから入手不可なんだ。というのも調達人が一人しかいなくて、そいつが口を割らずに死んだからだ」

 なるほど、とナツキは頷く。
 しかし彼の心中では、新たな疑問が湧き上がる。

 調達人が一人という有り得ないまでに少なく、且つ死亡したという情報の出処。それを見透かしたのか、彼が問う前にミルドレッドが答えた。

「ボクの父親だったのさ。生前は無口な野郎で、何も教えずにくたばりやがった」

「ああ、前にも言ってたな。両親が秘匿主義で、遺された書物を解読するのが面倒だって」

 青年の言葉に、彼女はコクコクと頷いていた。
 以前から、ミルドレッドの長話に付き合っていたナツキ。
 その中に、身の上話もあったのだ。

 彼女の両親も真っ当な人間ではなかったらしく、度々違法な物品や薬を生成し、売り払うことで生計を立てていたようだ。
 レシピや素材の入手法などは自分たちだけがわかる暗号で纏め、子育ては無関心を極めた放任主義。

 ある時、危険度の高い魔獣の毒液を採取してくると出ていって、それっきり。彼女が調べたところ、とある禁止区域の山中で男女の変死体があったとか。

 山深く潜り込み、採取に失敗。
 逆に毒を浴びせられ、何とか逃げ切ったが途中で力尽きた、というのが娘であるミルドレッドの見解であった。

「用心棒も連れずに、魔獣の住処なんかに行くアホどもだ。誰からも同情されない死に方さ」

 家族の死を語る口調でも言葉でもなく、顔は悲しさの欠片もない無表情である。嫌悪、というよりも無関心だろう、とナツキは察していた。

 長らく放ったらかしだったから好き嫌いが生まれることすらなかった、と。 彼も理解していて掘り返すほど、無粋な人間ではなかった。

「嘆きの水、だったか。それを頼むということは、場所はわかったのか?」

「ん、道順の暗号を解析したら、こういう経路になると思う」

 彼女は言いながら、スカートのポケットから紙と小瓶を取り出した。小瓶は掌に収まるほどで、これに入れてこいという意味合い。

 ナツキは手渡された瓶を懐にしまい、折り畳まれていた紙を広げる。 記されていたのは箇条書きの道順や目印と、大雑把な地図。

 滞在に適している街は、ダスティルからさほど離れていない場所。
 地図の方は情報が少ないというか、はっきりと言えば雑なもの。

「これ、地図の意味あるのかよ」

「ボクだって現地は知らないんだ、仕方ないだろう。それと実物だけど、外見は紛うことなきただの水らしい」

「本物かどうか確かめる手段はない、とかはやめてくれよ」

「そのメモにも書いてあるけど、変わった台座があるから平気だよ。あとは、実際に使ってみればいい」

 使う。つまり、自分の体で試せということ。
 実際に売買されていたのだから、効果はあるのだろう。

 それでも、怪しい代物。
 出来れば控えたい、それがナツキの本心であった。
 青年の顔に表れていた不安を、ミルドレッドは穏やかに笑って払拭した。

「安心していいよ。悪化した、という事例がないから買い手はいたんだ。ただ、効き目が薄い、というのはあったみたいだ」

「曖昧でよくわからないな。何か条件があるってことか」

「それを調べたくてね、解明できれば転用も出来る。前に王国図書館でコピーした、嘆きの水の伝承録を持ってる。おとぎ話の類だから放置してたけど、そっちも解読してみるよ」

 翻訳された写本はなかったと、ミルドレッドは面倒そうに項垂れている。簡単に古代文字を解読すると言ってのけることに、彼女の優秀さが垣間見えていた。

 ナツキはメモを眺めながら、言葉を続けていく。

「他には? 辺りには、中身が空っぽの甲冑が跋扈ばっこしてるとか」

「何だそれは。魔獣はいるかもしれないけど、それぐらい……ああ、そうだ」

 今思い出したかのような、そんな表情である。
 ミルドレッドは指を二本立てて、言葉を紡ぐ。

「嘆きの水を使うときは、相手が必要らしい。水を施す人間と、貰う人間だ」

「おい、かなり重要なことだろ。それは確定情報なのか?」

「纏めにご丁寧に太字で書いてあったからね、間違いない。儀礼的な意味を兼ねていて、効果の条件に加担してるのかもしれない」

 それなら効果の振れ幅に納得がいく、と彼女はドヤ顔で呟いていた。そして今度こそ、情報は出し切ったようであった。

 察したナツキがメモを丁寧に折り畳んでしまっていると、対面の女性が立ち上がる。

 直後に彼が感じたのは、さっぱりとした香り。
 次は、太腿の上に掛かる圧迫感。
 眼前に広がるのは、可憐な顔立ちであった。

「おい、ミルドレッド」

 ナツキは真っ直ぐと、間近の瞳を見つめながら口にした。
 青年の太腿に跨った彼女は、口端を上げて微笑む。

「重いかい?」

「逆だ、軽すぎてびっくりだよ。飯はちゃんと食べた方が良い」

「ボクは何かに夢中になると、食事や睡眠をそっちのけで没頭してしまってね」

 互いの吐息が感じられる距離であったが、どちらも冷静な物腰である。

 驚愕していたのは、離れた席の少女だけ。
 ソフィアの大口開けての間抜け面に、彼女は小馬鹿にした笑みを漏らしていた。

「ふふ、依頼のお礼をやろう。君のためにと、ここ最近は体を傷付けていない。慣れない香水まで使ったんだぞ」

「ん、良い匂いだ。濃くなくて落ち着くな」

 ナツキは引き離すこともなく、そのままの体制で感想を述べた。
 香水と言っていたが、石鹸のような清潔感の漂う香り。

 ミルドレッドはニヤニヤ笑いながら、彼の肩から胸に指を這わせていた。

「君の好みは知っていたんだ。ボクの家は中央区ここだし、そっちに――」

「は、離れろッ!! 発情女!!」

 甲高い声で叫んだのは、意識を取り戻したソフィア。
 若干口調の崩れていた少女は立ち上がると、絡み合った二人へと駆け出そうと。
 が、難なくアラベラに捕まっていた。

「ソフィア、落ち着きなって」

「アラベラさん、離してください! ナツキも、そんなヤツ引き剥がしてくださいよ!!」

「さっき、あの小娘に言われたことに傷付いてしまったんだ。ナツキはお前なんか相手にしない、と。ボクだって一人の女性なのに、ひどいとは思わないかい?」

「嘘つき! 鏡を見やがれってんですよ!!」

 ソフィアの言葉に、ナツキも少女から目の前の女性へと視線を変える。

 そこには依然として微笑んでいるミルドレッド。
 傷付いているようには見えないな、と青年も首肯する。

 ナツキとしては、是非ともミルドレッドの家にお邪魔したかった。他の連中の評判がどうあれ、彼女は魅力的な女性というのが彼の本心。

 けれども、獣にも似た唸り声が届いてくる。
 彼はチラリと相方の方を確認すると、赤い瞳がやたら怖く見えた。意味は、行ったら殺す、と青年には解釈できた。

 場面は修羅場であったが、ナツキの思考は冷静であった。
 今日は無理だな、と最もな結論を出した彼は片腕を動かした。

 ソフィアからは見えない位置で触れたのは、ミルドレッドの細足。
 小さく反応を示した彼女に、今度は強い視線を送る。長い付き合いで意図を察した彼女が、頬が触れる距離まで顔を近付けた。

 一層と大きくなる少女の唸り声を無視したナツキは、小声で耳打ちした。

「帰ってきてからの楽しみにしてもいいか?」

「……むぅ。必ずだぞ」

「ああ。なるべく早めに戻ってくるよ、ミリー」

 愛称で呼びながら、ナツキは白い首筋へと唇を触れさせた。
 彼女はビクリと体を震わせ、更に体を密着させていく。

 体が熱を帯びてきたと、ナツキが意識したのも束の間、大きな足音が響く。

「いい加減、離れてくださいッ!!」

 拘束から逃れたソフィアが息を荒げながら、接近していた。言葉と同時に、ぐいっと両者の間に手が差し込まれる。
 ミルドレッドはわざとらしい舌打ちとともに、ナツキの膝上から下りる。

 ソフィアはというと、即座に青年の腕を掴み、強く引っ張っていた。

「ナツキ! 話が済んだなら早く帰りましょう!」

「わかったから急かすなって」

 これ以上話すことがないのは事実。
 適当に雑談を交えることも出来たが、アラベラは無駄に疲れたといった面持ちだった。
 申し訳なさから、彼は自然と口を開いていた。

「アラベラ、悪かったな。ミルドレッドも、またな」

「アラベラさん、お騒がせしてすみませんでした。あと、さようならです!」

「おい、ボクに挨拶はないのか」

「ありません!!」

 大声で言い切ると、少女はナツキを引きずるように歩き出した。
 後方から飛んでくる別れの挨拶を聞きながら、二人は外へと。

 空気が一転、小さな冷たさと開放感。
 外に出てから、売人について問うことを思い出した青年。

 けれども、この状況で引き返そうとは微塵も思えなかった。
 ナツキは、一旦置いておくことに決めた。
 そして腕を掴んでいる少女へと、冷静な口調で声を掛けていた。

「色々言いたいこともあるだろうが、今日は帰るか。家まで送ってやるから」

 そうして、ナツキは彼女の自宅の方向へ踏み出そうとしたのだが、動く気配はなかった。俯いてる彼女へと、彼は怪訝な顔ばせで名を呼んだ。

「ソフィア?」

「……今日も、ナツキの家に泊まっていきます。……駄目ですか?」

 少女は言いながら、身長差の激しい青年を見上げた。
 先程までは怒りに燃えていた赤い瞳であったが、今はすっかり鎮火していた。それどころか、不安の色が見て取れるほどの弱々しさ。

 彼は考える時間もなく、口を開いていた。

「構わないが、大家さんにはちゃんと連絡を入れとけよ」

「はい。ありがとうございます」

 小さく笑った少女は、今度こそ足を動かした。
 方向は、二輪を預けている倉庫の場所。
 腕は、掴んだまま。
 ナツキは並んで歩きながら、迷っていた言葉を出していた。

「随分と怒っていたが、そんなにミルドレッドが嫌いか?」

「……嫌いですけど、大嫌いではないです。同じ組織に属してる仲間ですから」

 曖昧さの滲む返答だったが、顔色に怒りや嫌気は見られない。
 それでも、疑問は解消されなかった。

 あそこまで強く怒り、強引に引き離した理由。
 それを深く聞こうとするより前に、ポツリと呟かれた。

「…………ナツキは、私のパートナーです」

 今にも消え去ってしまいそうな、虚ろ気な声。
 この場が静かで、二人だけだから聞き取れた、小さなもの。

 同時に、少女の手が更にぎゅっと握り込まれた。
 ナツキは掴まれた腕から僅かな痛みを感じたが、何も言わなかった。

 彼の中で、疑問は解けていた。
 今回の怒りの根っこは嫉妬だったのか、と。
 ナツキの女性関係なら、リアやシルヴィアともある。
 けれども、先程のように激しく怒鳴り散らしたことはなかった。

 何故ミルドレッドだけなのかは、明白な事柄があった。
 それは、彼女が同じ組織内の人間ということ。

(俺を取られると思ったのか。ミルドレッドとの関係が深くなれば、自分は切り捨てられるかもしれないと)

 理解した途端、少女の幼さを再認識するナツキ。
 子供らしい発想に、彼は顔には出さずに内心で笑みを溢す。

 指摘して茶化そうとも思った青年であったが、言ったのは素直な言葉であった。

「ああ。俺のパートナーはソフィアだけだ」

 強くも優しい声色に、少女は一層と顔を伏せてしまった。
 ナツキからは、帽子で見ることの出来ない面持ち。

 けれど、何となく表情は予想は出来るものだと、彼はぼんやりと黙考する。

 二人は言葉を交わすことなく、歩く。
 離れた年齢のせいか、恋人同士には見えない男女が夜の街へと溶け込んでいく。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ