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アートゥラの魔人 -黒き傭兵の軌跡- 作者:夏春みどり

第一章 紅剣の騎士

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プロローグ

 深夜。多くの生物が眠りに就く時間帯。
 多種多様な人種が住まうこの街では、そこそこの気配が蔓延っていた。

 活動する人がいなければ、音も光も必然と少なくなる。
 通りには街灯が転々と並んではいるが、その設置数には光石を狙った盗難の影響が強く出ていた。今では防御系の魔術が施された物ばかりが、大通りを淡く照らしている。

 月光の入りにくい路地裏にでも入れば、大抵が数メートル先も見えないほどの黒に塗りつぶされている。

 そこは普通の人生から外れた者たちにとっては、何かと利便性のあるエリア。
 この街に住まう一般人となれば、誰もが避けて通る場所。

 その闇の中に溶け込んでいるのは、一人の男。
 乱雑に廃棄された木箱に座り、瞳を閉じて、何をするでもなくじっとしている。

 彼の耳に入ってくる音は、不快なノイズばかり。
 喧嘩でもしているのだろう怒声や、苦しげな女の嬌声だ。

 それらを右から左へと聞き流していると、微かな爆発音を捉える。
 感覚を研ぎ澄ましていなければ分からないほど、小さな音。
 現に、異変に気付かない愚人たちの声が止むことはない。

 僅かな時間を置いてから、男はくたびれた上着のポケットの中に手を突っ込む。取り出されたのは黄色の魔石が一つ埋め込まれただけの、最低限の機能しか付いていない通信機。

 その魔石がタイミングよく微弱な振動を発し、男の手に伝わる。
 彼は慣れた手つきで端末脇のスイッチを入れると、雑音混じりに掠れた男性の声が届く。

『ヤツはスラム街に入り込んだ。十分後には第二予定地のゴミ溜め所に追い込む。しくじるんじゃねぇぞ――ナツキ』

「ああ」

 ナツキと呼ばれた男は、圧を掛けるような言葉にも動じず。
 彼は落ち着いた声色で応答し、相手の反応を待つことなくスイッチを切り、ポケットへと戻す。

 そうしてようやく、閉じられていた瞼が上がる。

 闇を射抜くかのような鋭いそれは、鮮明で儚げな雰囲気を纏いつつ、有無を言わせぬ力を併せ持っている紫眼(しがん)であった。



 街の南西地区はスラム街と称されていた。
 他地区よりも心なしか空気が汚く感じられ、道端にはゴミが目立つ地域。

 端には商店用テントが畳まれた大通りを、黒マスクを着用した男が駆けていく。
 平面に均されていない粗末な造りの石畳に気を張りながら、足を止めることなく後ろを振り返る。

 目視できたのは二人、付かず離れずの距離で男を追駆している。
 どこかに追い込もうとしていることに、彼は感づいてはいた。
 だが、振り切れずに逃げ回っているのが現状でもある。

 数回、そこいらの路地に入り込んで撒こうとしたが、すべて失敗。
 要所に小規模の爆破魔術が仕掛けられていたり、追っ手を引き離してもどこからか別の人間が現れ、追尾してくるのだ。

 おそらく《千里眼せんりがん》の魔術で自分を監視しているのだろうと、黒マスクの男は睨む。

 懸賞金目当ての傭兵、国に仕える魔道士、果ては称号持ちの騎士。
 今までも、男を捕まえようと多様な人間たちが向かってきた。
 それらから軽々と逃げ越したり、または直接相手して死体に変えたのが彼だった。

 男は愉快な思い出を振り返り、マスクの下で口端を釣り上げる。

 返り血が鬱陶しくて、極力戦闘を避けて活動していた盗賊。
 彼の脳裏に浮かぶのは、再び自分の力を誇示する良い機会だという、血塗れの選択肢。

 敵の所属は不明だが、多数の人員や魔道士を投入してくるということはそれなりの規模だと推測する。

(そいつを全部ぶっ壊し、頭でも腕でも広場に放り投げときゃあ、脅しとしては十分か)

 男の濁った目が殺意を灯す。
 口元は歪めたまま、敵の誘導したい道を察知し、自ら進んで行く。



 そうして男が辿り着いたのは、廃材所であった。
 街の周囲をぐるりと囲む外壁と隣接している、静穏な広場。

 奥側では山となっているゴミが、大量に積まれている。
 しかし、土地自体が有り余っているので平坦な地面が広がっていた。

 盗賊は周囲を警戒しながらも進み、罠がないことを確認する。
 それ自体は、男も予想していたことなのだが、

(……人の気配がしない、だと)

 《強化きょうか》で聴力を上げつつ、魔力感知の術式を張るも、何の反応も示さない。

 《隠密》で身を隠していたとしても、生半可な魔術では自分の感知からは逃れられないという自負があった。

 高精度な《隠密》を行使できる者がいるのかと、推論する。
 しかしそれならば、追いかけっこなどせず、最初に自分の首を刎ねていれば解決ということで棄却する。

 種々の可能性を探している男の頭の中に、足音が届く。
 強化の魔術によって、聴力の上がった耳が捉えたもの。
 足音は乱れることなく、一定の感覚でこの場所へと近づいてきている。

 このタイミングで来るということは、敵人で間違いないだろう。
 疑問なのは、足音が一人分だけということ。

 単に一人で討ち取ったという実績が欲しいだけの馬鹿か、それとも相当な腕の立つ人間を用意したか。

 後者の可能性を考慮する男の中に、恐怖はなかった。
 自らの能力を過信してはいないが、強大なのは事実だからである。

 証拠に、数多の名有りの武人を葬り去ってきており、敵もそれをわかっている筈だ。
 男は油断を捨てて気を張り、来るであろう方向へと体を向ける。

 路地裏は月明かりが差し込まず、黒一色の空間。
 その奥から、気配が迫ってくる。
 靴音を隠しもせず響かせながら、移動している。

 相手の詳細が不明なため、盗賊はいつも通りに頭のなかで複数のパターンを組み上げておく。臨機応変の立ち回りを確立しておけば、勝率は格段に上がることを数え切れぬ実践で学んでいた。

 男は意識を研ぎすませながら、戦闘準備を整える。

「誰だか知らねェけどよ、テメェには脅しの材料になってもらうぜェ」

 姿の見えぬ"材料"に声を飛ばしながら、男は構える。
 言葉は返って来ず。
 だが、代わりとばかりに闇の中からゆっくりと姿が現れる。

 月が微かな光源として機能し、敵の体貌が晒される。
 黒マスクの男は瞬きせず、目を見張っていた。

 全体的に、黒いシルエットであった。
 わかることは平均よりもぐっと高い背丈で、暗めの色の服を着込んでいること。
 目に見える得物や鎧もなく、革手袋を嵌めているだけの無手。

 頭髪は、闇と同化しているような漆黒。

 そして、紫色の瞳。
 他が地味な印象のせいか、その鮮麗な双眸に自然と意識が持って行かれる。

 男は構えたまま、体の筋肉が強張るのを感じていた。
 眼前の敵の特徴が、嫌な分類に属している情報に着々と当て嵌まっていく。
 背中に汗が浮かび、殺すための戦略が縮こまり、逃げの選択が生まれていた。

 無意識に足が一歩、後ろへと引き下がる。

 それが合図となり、影が迫った。
 時間は僅か、一瞬で両者の距離が肉薄する。

 数々の貴族や保管所から財宝を奪い、手練を撃退してきた盗賊。
 彼の視界に映るのは、月明かりに照らされて妖しく光る紫瞳。

 静寂の夜空に、轟音が響く。
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