1.第二の生誕祭
静かで優しい風を感じる中、私は目を開けた。
眠っていたのか休んでいたのか、気付くと私は、見慣れない教会で倒れていたらしい。
それにしても見事な教会だな・・。
色鮮やかなステンドグラスからは朝日が差していて、ここはどこの国だ、と思いたくなる天使の彫刻もある。
それに、何といっても目を惹くのが、正面の絵画だ。
花々が巻き付けられたドレスのようなものを着た、この世には存在しないであろう美女。
それはもう、人間の語彙では説明できないくらいの。
「ていうか・・」
帰ろう。
こんなところ、私みたいな穢れた奴が来るとこじゃない・・。
美しい装飾が施された扉に手を触れると、目の前に、何やら地図らしきものが現れた。
「・・・・は?」
ゲームでよく見る、Xボタンを押したら出てくるマップみたいな。
それに触ろうとしても空を掻くだけで、目の前に地図だけが浮いているような状態だ。
「どういうこと・・?しかも何これ、」
地図の上のほうには『たいりょく』や『もちもの』といった欄もあって、どうやら、どれを見たいか念じることで見られるようだ。
試しに『たいりょく』を開いてみると、別の画面に切り替わった。
**たいりょく**
【めがみ/Lv.99999】
【HP:10000/10000】 【MP:10000/10000】
***********
「え・・めがみ?・・・っていうかLvヤバいじゃない・・!」
・・ん?
『めがみ』ってアレ?『女神』?
これが私の体力とかレベルを表しているとすると、もしかして私は・・!
「ようやく目が覚めたんだね、女神様っ」
「ずいぶん待ったよ・・僕たちだって暇じゃないんだから」
「・・な、」
何この展開。
あれ?これって夢?
いや、でもさっき目覚めたし・・。
とりあえず目の前にいるのは、見間違えようもない“天使”だった。
しかも、普通に私を見て『女神様』と言ったし、そろそろ頭が沸騰しそうだ。
「・・ねぇ、聞いてるのー?」
「久しいお目覚めが悪かったのかな、女神様」
“大丈夫?”と、片方の天使が平坦な声で問いかけてくる。
「ちょっと、あの・・・これって、」
「ん、どうしたの~?」
「どう・・いう、ことなの?ここはどこ?あなたたち、それに私は・・人間?」
「?・・僕たちが何回も言ってるのに、今更どうしたの女神様・・あなたは、」
“紛うことなき、女神様だよ”と。
「あっちに大鏡があるから、確認してきたらどうかな」
「ふふっ、自分のことを忘れちゃうなんて、可愛いところもあるんだね~」
「・・・!」
本当にわけがわからない。
女神?天使?
もう私は人間ではないというのか?
「こんなこと・・っ、て」
決心して、鏡を見ると。
「・・嘘、でしょ・・・・」
腰につくほど長い、光り輝く黒髪。
飲み干そうとも枯れない、海のような蒼の瞳。
人間とはほど遠い、真珠のような白すぎる肌。
花々や蔦の巻き付いた、純白のドレス。
どれも、見覚えがある。
後ろを向くと見える、慈愛に溢れた微笑みを溢す“女神”。
まるでそれは、私が絵画から出てきたような。
「こ、れは・・・・」
悲劇か喜劇かなんて、これはもう、一択しかない。
「これは、本当に・・、」
これはまさしく。
「最ッッッ高の喜劇・・!!」
人間世界を抜け、時空だって人種だって越えた―――――――――“喜劇”。
「どーぉ、わかってもらえた~?」
「・・もちろん」
ここまで来れば、いっそ清々しい。
夢なら覚めるな、といった気分だ。
「私こそが、女神なのですから」
今日こそが、私の本当の生誕祭だ。
「よかった、それでこそ僕らの女神様だね」
「さぁ、そうと決まればもう一度、あの場所へ向かわないとねっ♪」
人間、動物、天使さえも崇める私の存在こそが。
この世界に必要不可欠なのだ。
「・・そういえば、あなたたちの名前を教えてもらえませんか」
「女神様ってば、本当に?長年眠っていたからこうなるのも予想していたけれど・・」
「しょうがないよ~、こればっかりは・・・うんっ、紹介するねー♪」
ちょっと待って。
何かかっこよくキメた割に、“実はボケ始めてるんじゃね?”とか思われてない?
私のキャラ大丈夫?
「私は女神様の第一補佐、ハニエラでっ」
肩くらいのふわふわした金髪に、深い草原のような緑の瞳の少女と。
「僕が女神様の第二補佐、シニエラだよ」
短めのストレートな銀髪に、光の透けた青空のような、薄い蒼の瞳の少女。
話によれば、二人とも“同じ窒”から生まれた双子だそうだ。
双子とはいっても、二人と同年代の天使も、全てそこで生まれるらしいので、性格には何人と双子なのか分からないらしい。
もちろん家族関係もなしなので(あっても長年生きていると忘れるそうだ)、少し寂しいとは思ってしまったが。
まあ、今は私も人間ではない。
「申し訳ありませんが、もう一つ。ハニエラ・・の言っていた、“あの場所”とは?」
「あぁ、そうそう!まずはマップを開いてから説明するよっ」
言われた通り、さっきのマップ画面に戻してみる。
「これをもーっと北上して~・・ここ、『魔王城』に行くのっ♪」
「魔王城・・・」
聞くからにして、ラスボスだということは分かった。
・・だが、現在地からすると、本当に遠い。
合間にある『双子たちの古城』だとか『呪術師の樹海』だとかを越えても、何100km・・いや、何1000kmはあるかもしれない。
恐らく、並み大抵のレベルでは辿り着けないだろう。
「まぁこんな場所、5000年前の女神様でも太刀打ちできなかったし・・今回は、もっといろんな種族の仲間を入れたらいいと思うんだけれど」
「そうだね~、職業も考えたほうがいいと思うし・・」
5000年前の女神、か。
少なくともそれは“私”ではなく、私が教会で倒れていた前の“女神”だろうが。
「・・・いいでしょう、ひとまず出発です」
ともかく、ここを出れば、何か分かることもあるはずだ。
「そうだねっ、まずは街に行って、薬とかも調達しないとだしっ」
「二度目の旅だね、女神様」
「・・ええ」
生まれ変わった“今の女神”である私に、もう敵などいない。
「ハニエラ、シニエラ・・命を捧げる覚悟は、できていますね」
「もちろん・・・もう何億年と前からずっとね♪」
「僕らがいるんだから、女神様はきっと大丈夫だよ」
“たとえ僕らの命が消えようと”と、少女は言う。
「旅の始まりです、天使たち」
そして同じく、私の勝ちゲー人生も――――――――始まったらしい。