我が儘と笑顔と…
ちょっとばかり説明的な話が多いです。
すみません。
「待ってたぞ」
「…結構いるわね」
集まった人数を見ると、12~13人いた。
「従業員だけじゃなく、他店の奴も集めておいたんだ」
「へー…気が利くわね」
「俺の店以外に調味料を売っているのは3店舗ある。そこの店主たちだ」
「おいおい。ジバットさんよ。俺たちは暇じゃねぇんだ。こんな嬢ちゃんの持ってきたもんなんて…悪いが、この話無かったことにしてくれ」
「お、おい…」
「良いんじゃない。聞く耳を持たない人に聞かせる話はないわ」
人を外見で判断するようじゃあ、商人としては3流…。
細身の商人はアタシの言葉を聞き、その場を去っていった。
「悪いけど、自己紹介してもらえるかしら?」
あえてこちらからは名乗らず、相手の名を聞く。
失礼な態度であることは重々承知しているが、ここは試させてもらうことにした。
「雑貨屋のルギィと言う者だ。旨い話だと聞いてきた」
ルギィは小太りの青年。太っちょと言うよりも恰幅の良い『力士』の様な貫禄が見受けられた。
「ハン商店の店主をしているアーバンだ。クラン大陸では一応名が通っている。今回はかなりの良い話だと聞いている。よろしく頼む」
体中傷だらけの中年の男性がニッカと笑う。
まさに『戦う商人』と言った感じだ。
「ジバットの妻のシャリーです。よろしくお願いしますね」
「娘のアイシャです。5才です」
「こっちから従業員のエド、クエン、ハリス、ナーバ、オリバー、カルデラ、デリオット、ノイエだ」
ジバットの家族は屈託のない笑顔を向けてくる。特に娘のアイシャちゃんは利発そうなお嬢さんに見えるほどだ。
従業員たちはいかにも働き盛りと言った感じの若者ばかりだった。
仕事を失おうとしているのに、その瞳は死んでいない。
いいわね~…。こういうの嫌いじゃないわ。
「先に名乗らせるなんて失礼なことをしたことを謝るわ。アタシの名前はイズミよ。今後ともよろしくお願いするわ」
「俺はユズルだ。コイツは口は悪いが根は良い奴だから安心してくれ」
「言ってくれるじゃない。あとでお仕置きね」
「軽いジョークだ。聞き流せ」
「い・や・よ」
アタシとユズルのやり取りを見て、周りの雰囲気が和やかなものになる。
ユズル…これを狙ったのね。
しょうがない。ゲンコツ1発で許してやろう。
「私はリリヴェルよ。風妖精族なのよ」
「ユートだ。お…お願い…します」
いつも元気いっぱいのリリヴェルとは対照的に尻尾を振って警戒しながら自己紹介するユート。
そんなユートをキラキラした瞳で見つめていたのはアイシャだった。
年齢が近いからか?興味津々と言った感じだ。
「先に仕事の話をしてしまいましょう」
アタシの言葉で、表情が真剣になる。
かたっ苦しい話はとっとと終わらせる限る。
ジバットの店に入り、緊急会合が始まる。
アタシは現物を…と机の上に販売する商品を置いていく。
全員の見る目がより険しくなる。
「これは…とんでもないモノばかり…だな」
「ええ…。長年やってきましたが、これほどのモノは見たことはありません」
「いや…中央大陸でこれに近いモノを見たことはあるが…とても買える金額じゃなかった」
「これをいくらでお売りするつもりですか?」
「塩と砂糖は、暫くの間は1キロで銀貨10枚で売るつもりよ」
「え?…いや、その値段おかしいだろう?」
「今は、味を覚えてもらうこととリンゾの町の早期復興が急務なのよ」
「しかし…これでは塩作り職人が飢えて死んでしまうぞ」
「そうね。このまま売ったら確実にそうなるわね」
「この塩は売りたいが…今までの付き合いを反故にすると言うのは……」
「そうですね。気持ちの良いものではありませんね」
人とのつながりを何よりも大事にする…かぁ。
そういうのを言い切れるって良いわね。
これは思っていた以上に『アタシ好み』の状況になったわね。
「塩作り職人にこの塩の作り方を教えるわ。ただし、それを実行するかはその職人次第。手抜きをするようならそれまでってことで、どう?」
「タダで教えると言うのか?」
「そうよ。別に隠すようなモノでもないしね。美味しい塩が手に入りやすくなった方がこの大陸のためにもなるでしょう」
「メリットが少なすぎると思うのだが…?」
「アタシは目先の儲けより、未来への投資によるデカイ儲けの方を選んだだけよ」
正直なところ、アタシたちには儲ける方法はいくらでもあるのだ。
なら、小さい儲けにしがみつく必要性など無い。
「ま、待ってくれ。頼む。アイツには謝らせるから仲間に迎えてやってくれないか?」
「それってここに来た時、啖呵を切った人のことかしら?」
「ああ。アイツはああ見えて職人への絆を大事にしている奴なんだ。今回の件も職人への恩義を貫くためにあんな態度を取ったんだと思う」
んー…。そういうことなら許してやろうかな。
「分かったわ。呼んできてくれる」
「ついでに、塩職人も呼んでこよう」
ルギィとアーバンが部屋を出ていく。
すると、ジバットが視線を向けてきた。
「どうしてアンタらはそこまでしてくるんだ?一介の冒険者が町の復興を手助けするだけでも驚きなのに、人助けまでしている…。しかも、関わる人すべてを…だ。アンタらに何の利益になる?」
「別に全部を救おうなんて御大層なことを考えてないわよ。できる範囲でやっているだけ。たまたまその範囲が大きかっただけよ」
「答えになってないぞ?」
「アタシはね、自分が関わった人がみんな笑顔でいる方が幸せなのよ。前に住んでいたところは息苦しかったから…居心地の良いほうが良いでしょう?結局、アタシは自分のためにやっているの。これはアタシの我が儘なのよ」
そう…。これは全部アタシの我が儘。
他人の思惑も理想も関係ない。
悲しむ顔より笑顔が好きなだけ。でもそれは自分だけでは面白くない。周りがみんな笑顔でいるのが良いのだ。
つまらない世の中なら面白いほうが良いに決まっている。
別にこの商売で生きていきたいわけでもない。だから、ノウハウだってタダで教えられるのだ。ただし、アタシは強制はしない。決めるのはあくまでもそれを欲する相手なのだ。
「そうだな…。俺もイズミの意見に賛成だ。自分たちだけが笑っていても本当の幸せは得られない。だったら、みんなが笑えるようにするために我が儘を貫くだけだよな」
ユズルとアタシは同じ穴の狢。
記憶の片隅にある『虚無感』。具体的な記憶は残ってないのに、あの感覚は二度と味わいたくない。
何をしていても満足できず、満足感を味わえたとしても一瞬のこと。
残るのは空虚な空間だけ。真っ暗で何もない…もしかしたら、アタシたちの前世は記憶に残らない程何もなかったのかもしれない…。
それを考えると耐えられなかった。それはただ『生かされている』だけで自分で生きようとしていなかったと言うことなのだから…。
「分かった。お前さんの言葉に甘えさせてもらうよ」
「そうしておいてくれる」
10分もすると、先ほどの男と数人の職人がルギィとアーバンに連れられてやってきた。
先ほどまで話していたことをもう一度話すと、職人たちも興味津々だった。
塩の作り方は実にシンプルだ。大きいん鍋を用意する。鍋の上に布を牽き、その中に海水を入れる。これによって布がフィルターの役目となって残留物を排除してくれるのだ。
次に鍋を煮詰めていき、白く濁ってくるまでしゃもじで丁寧にかき混ぜていく。
白く濁ってきたらもう一度新しい鍋に布を牽いて、その上に流し込んでろ過する。
ろ過をして抽出した鍋をさらに煮詰めていき、シャーベット状になるまで丁寧にかき混ぜたら、またろ過する。布の中に残ったものが『塩』となるわけだ。
一応付け加えると、最後のろ過で残った液体の方は豆腐を固める時に使う『にがり』になる。
「たったこれだけで、この白い結晶の塩ができると?」
「単純だけど、ちゃんとやれば作れるわ。でも、この手順を怠れば…出来はぐっと下がるのよ」
「布を使いろ過することで雑味を取ることが1番重要なのだな。これを思いつかないとは…まったく塩職人として恥ずかしいわい」
「ほんにのう…。試行錯誤して雑味を取り除こうと煮詰め方ばかりに目が行っておったが、シンプルに雑味を取り分けることを考えればよかったのじゃな」
「これは、すぐにでも試したい。悪いがワシらはここで失礼するのじゃ」
「待たんか。お礼くらい言わんか。お嬢ちゃん、ほんにありがとのう」
「お礼は美味しい塩を作って持ってきてくれればいいわ」
「「任せるのじゃ」」
そう言うと、塩職人たちはこぞって帰っていく。
これで、美味しい塩ができることだろう。
ただし…納得のいく塩ができるのは少し時間がかかるはず。
「ギルド長、話があるんだけど…」
「どうした?」
「多分、納得のいく塩ができるのは時間がかかると思うの」
「そうなのか?」
「会った感じからすると、みんな職人肌って感じが半端なかったし…。あの手の人たちは儲けよりも質を取る感じでしょう?」
「…確かに、そんな感じだな」
「そうなると、蓄えなんてないんじゃないかしら?」
「ふむ。言われてみれば確かにそうだな…」
「ここに、金貨100枚あるわ」
アタシはそう言って、アイテムボックスから金貨100枚が入った布袋を取り出す。
「これを、彼らに分配してあげてくれる?」
「これも、お前さんの言う先行投資というヤツか?」
「そんな大それたもんじゃないわよ。美味しい塩ができる前に飢え死にされたら嫌でしょう?それだけよ」
「そう言うことにしておくか…」
「それじゃあ、ビジネスの話をしましょう」
アタシは話題を変えることにする。
いや、戻したと言うべきか…。
「さあ、始めるわよ」
リンゾの町復興のための核となる店作りが始まる。