クラン大陸編②―冒険者ギルド―
魔力吸収路をブラウニーに向けると、身体から黒い光が浮かび上がり魔力吸収路に吸い込まれていき、同時にブラウニーの遺体は土に溶け込んでいった。
この世界・・いや、クラン大陸は元々人間だけが住む大陸だ。
辺境と言えば辺境で、地図では南東部に位置する小さな大陸だと言うことだ。
もっとも大きな都市などはなく、町が3つほどと村が2つほどの大陸と呼ぶには中途半端な大きさの『島国』だ。
さらにその周りに小さな島国が点々とあり、それぞれに違う種族が暮らしている。
言ってみれば辺境の多大陸の集まりなのだ。
大きな大陸は、クラン大陸から真上に3千キロは離れた場所にある。
そこは中央大陸ではないが、かなり大きい大陸でそこには二大都市もあると言うことだ。
ロックもそこから来たということだった。
しかし、魔王はその大陸にはいないということだった。
魔王がいるのは、ずっと北にある大陸らしい。
「で、ロックはどうしてこんな辺境の大陸に来たの?」
「まあ、よくある引退組だな。こっちでのんびりとやってこうかと・・な」
「リリヴェルとボルボも一緒に?」
「私はこっちで冒険者登録してレベリングしてから都市のある大陸に移るつもりよ」
「オイラは一流の鍛冶師になるためにきたんだど。人族の鍛冶師の技を学びに来たんだど」
「じゃあ、二人は仲間ってわけじゃないんだな?」
「このクラン大陸に来るまでに出会ったんだよ。リリヴェルはライカ島で、ボルボはバルギア島でな」
つまり、クラン大陸に渡る途中で拾ったというわけか。
「ここがリンゾの町か・・。今日から俺が住む町になるわけか・・」
「お前たち、旅人か?」
町の門からやってきたのはどうやら門番のようだった。
「はい。トナール大陸から来ました。移住希望者です」
「バルギア島から鍛冶見習いに来たんだど」
「ライカ島から来たリリヴェルよ。冒険者希望よ」
「同じく冒険者希望のイズミよ」
「俺も冒険者希望のユズルだ」
「なるほど、リンゾの町にようこそ。町に入る前に名前を記帳してください。町に入ったら冒険者カードか住民カードを作るように。町の出入りはそのカードで確認するので」
なるほど。名前の記帳とカードの提示で不審者の特定をするってことか。
とりあえず町に入り、冒険者ギルドに向かうことにする。
もちろん、ロックの先導でだ。
「すまないな。色々と・・」
「何言ってるのよ。とりあえず全員冒険者カードがあれば町の出入りが自由にできるんだから。それに、ロックだっていきなり冒険者以外の仕事なんて見つけられないんだし、冒険者として依頼をこなしながら自分に合った仕事を探すのベストでしょう?」
「だども、なんでオイラまで?」
「あのねぇ、新米の鍛冶見習いが自由に創作活動ができると思う?素材は自分持ちになるのは当然でしょう?となれば、素材集めをするには冒険者になるのが手っ取り早いってことよ」
「な、なるほどだど」
二人が賛同したところで冒険者ギルドへと向かう。
5分ほどで3階建ての洋館の前に着く。
どうやらここが冒険者ギルドらしい。
ちなみに、町並みは洋風の建物が建ち並んでいるがどれも壁がひび割れているような古めかしい感じだ。
まあ、田舎町ならこんなものなのだろう。
そういう意味では冒険者ギルドは立派過ぎる建物だった。
「なんか、周りと比べると立派過ぎない?」
「モンスター討伐は住民たちにとっちゃ急務となる対象だからな。なんせ、家畜や食物を食い荒らす害虫だ。と言っても、猛獣クラスの害虫だがな」
「要する外面を良くして冒険者を増やそうってこと?」
「簡単に言うとそういうことだな。冒険者は言ってみれば死と隣り合わせの仕事だからな。腕自慢でも長続きしないのがこの世界だからある程度の数の確保はしておきたいんだろうよ」
「そうねぇ・・。この規模の町なら冒険者5人パーティで20パーティは最低でも欲しいところよね」
街並み、農園の規模を考えれば最低でも100人の冒険者は欲しい。
その上で、ベテラン冒険者やBランクパーティの存在はいてほしいところだろう。
「まあいいわ。ここで立ち話していても仕方ないし、とりあえず冒険者登録しちゃいましょう」
「そうよ。そうよ。そのために来たんだから」
アタシの言葉にリリヴェルが続く。
冒険者ギルドの中に入ると、ソレ風の男共が昼間っから酒盛りをしていた。
「ありがちなシーンだな」
「まあ、実際はこんなもんでしょう」
冒険者と言っても、全員が全員成功者になれるわけではない。
ある程度に続けていればどうしたって腐る連中は出てくるのだ。
そして、こういう輩に限って新人イビリをしてくるのは通例だったりする。
「おおっ!?見ねぇ顔だな。おい嬢ちゃんこっちきて酌の一つもしてくれねぇか?ガーハッハッハッ!」
「おいおい。新人に絡むなよ。レベルが知れるぞ?」
「いやいや、ここは先輩として新人のあるべき態度をだな・・」
「俺は仲間とじっくりと飲みたいんだが・・・」
「良いじゃねぇか。嬢ちゃん、酌してくれよ」
この4人組。
ウザイわ。
アタシは無視して受付へと歩く。
「おいおい。無視は良くないんじゃねーか?」
「新人は新人らしく挨拶でもしたらどうだ?」
二人の男がアタシの行く手を阻む。
先から酌、酌言っていたガタイの良いオヤジと痩せ細ったカタブツそうな男だった。
「厳密にいうと冒険者でもないアタシに絡むのってどうなのかしらね?」
「ここで帰ったら冒険者ギルドのお偉いさんはこの状況を見てどう思うんだろうな?」
「まあ、目の前にいる冒険者を取るならその程度のギルドってことよね。帰るわよ」
Uターンするアタシに気づき、受付嬢が慌てて受付室から出てきた。
「申し訳ありません。どうぞ、こちらで登録を・・・」
「遠慮しておくわ。登録してイビられでもしたら嫌だし」
そう言ったところで、奥から強面の大柄な男が現れた。
「中々の度胸持ちのお嬢さんだな」
「それほどでもないけど。で、『第1試験』は合格かしら?」
「全員、合格だな。というか、バレてたのか?」
「あんまりにも想像しやすいやり取りだったし・・。門番に何をしに来たか聞かれた時点で何となく・・・ね」
「ほう・・。そこから気づいてたとは恐れ入ったぜ」
あまりにもバレバレな会話の流れだし、セリフの割りに殺気を感じなかったのは失敗だろう。
「なんだ、試されてたのか?」
「冒険者って職業は死の危険が常にあるからね。ある程度の度胸がなければ務まらないってわけよ」
「モンスターを前に震えるようじゃダメってことか?」
「怖がることが悪いんじゃなくて、どんな相手を目の前にしても冷静でいられることが必要ってことよ」
強いモンスターに出会ったら逃げ出すのは悪いことではない。
いや、むしろ生き残るために行動することが1番なのだ。
第1試験で問われていたのは、度胸度と対応能力。
絡まれてすぐにギルドから出ていった場合で失格だったのだ。
逃げることが悪くはないとは言ったが、それはあくまでも相手と自分の実力差を感じ取った場合でのこと。
いきなり逃げ出すのはただの臆病と言うに他ならないというわけなのだ。
「悪かったな。俺の名は『バラック』だ。一応冒険者ランクは3級だ」
「私は、『ホーディン』だ。バラック同様冒険者ランク3級だ。よろしく頼む」
なるほど。どうやらこの世界ではアルファベットではなく数字で等級を表すのか。
「あなたたちも大変ね。これ、受かる受からないに関わらず試験終了時にちゃんと教えないとマズいんじゃない?」
「受かった者には二次試験の前に教えるが・・・受からなかった者には教えないようにしている。この第1試験は一般に知られていい情報じゃないからな」
「なるほど。リスクをそれなりに取っても第1試験を残すことを取ったのね」
「そういうこった。こいつらにもその辺りを理解してもらった上で、それなりに報酬も出しているからな」
そんな会話交わしながら受付に着くと冒険者登録のために羊皮紙にインクペンで書きこんでいく。
しかし、この羊皮紙というのは羊の皮から作られているので厚みはあるしちょっとゴワゴワしている。
インクペンも慣れないと滲んでしまう。
「まあ、このくらいは許容範囲ってところだ。こんな田舎だとこんな紙しかなくてな、許してくれ」
「そっちが良いなら文句はないわよ。でも、名前と年齢だけでも良かったの?」
簡単な記入とは言っていたがこれで本当にいいのか?
これじゃあ、ゲームの時と変わらんぞ。
「冒険者に今までの経歴は関係ないしな。それに、いつ命を落とすかわからないのに色々書かせるのは無駄だろう?」
「まあ、言われてみればそうだが・・」
「それに結局のところ実力勝負になるしね。冒険者は実力を認められてなんぼだよ」
「そうそう。『二つ名』なんて付けてもらえるようになったら最高だよ」
ギルマスの言葉に納得するユズル。
同調するアタシにリリヴェルが補足を付ける。
冒険者がそれなりに名を上げるとその冒険者を称えて『二つ名』を与えられる。
言ってみれば『栄誉』と言うか『勲章』のようなものなのだ。
アタシもVRMMOのゲームをやりまくっていた時、その度に『二つ名』を持っていたものだ。
「さて、登録も終わったところで実技試験と行こうか」
「それでランクが決まるのかしら?」
「いや、冒険者ランクは一律10等級からだ。その代り、パーティランクには加味されるので頑張って実技試験を受けてもらいたい」
そう言って、ギルマスは奥の扉から外に出る。
アタシたちは後を追い外に出ると、結構広めの『空地』に出る。
「で、誰から受ける?」
「まずは、ボルボからね」
「なんで、オイラからなんだど?」
「こういうのは実力が低い順からの方が評価が上がりやすいよ。騙されたと思って行ってきなさい」
「わ、分かったど・・」
実技の実力を見るのに有段者から見てもらうと後々の評価が厳しくなりやすく、初めに弱者から見てもらうと評価に甘い点がつけてもらえる確率が上がるのだ。
まあ、少しずるっぽいがこれも『冒険者の知恵』というヤツなのだ。
「ほう・・。ドワーフの坊主からか。良い選択だ」
「お願いしますだど」
「武器は大木槌か。よし、かかってこい!」
上半身ほどの大きい木槌を掲げるボルボ。
ギルマスは余裕の感じでボルボの攻撃を待っている。
「行くど!」
ドタドタとずんぐりボルボがギルマスに突っ込んでいく。
お世辞にもその姿は華麗とは言えず、スピードも遅いので普通に避けられてしまうだろうがこれは試験なので、あくまでも実力を見るのが目的なのである程度攻撃を受けるだろう。
「えいさっ!」
「ふん」
ボルボの一撃を踏ん張るように押しとどめるギルマス。
「中々、力のある一撃だな。あとはある程度スピードを出せれば・・と言うところか」
「ふうふう・・」
一撃を放っただけでボルボの息が上がっている。
つまりギルマスがそれだけ今の一撃で力量を量ったことを意味していた。
「ギルマスってだけあって流石だわ。リリヴェルが次よ」
「おーし!私の『風魔法』見せてやるんだから」
「お、次は魔法使いか。ちょっくら待ってくれ」
そう言って、ギルマスが中に戻っていく。
1分もすると戻ってきた。
左手に盾を持って。
「用意完了だ。いつでも、かかってきな」
「んじゃあ、行くよーっ!風の精霊・シルフよ、我に力を・・」
そう言葉にした瞬間、リリヴェルの真上に風が渦を巻く。
そして風が弱まると、そこに現れたのは3頭身の女の子だった。
ちなみに下半身は渦巻く風で見えないが・・。
「シルフィ―バ(弱風刃精霊魔法)!!」
スペル(呪文)を口にすることで透明な三日月形の何かがギルマスめがけて飛んでいく。
ちなみに数は3つだった。
「よっと!」
盾を構え、リリヴェルの精霊魔法を防ぐギルマス。
盾に当たった精霊魔法は当たった音すらなく掻き消えた感じだった。
「この盾は魔法を吸収する特製の盾でな。実技試験専用に使ってんだ」
「なるほどね。魔法使いの実力を確かめるために必要な盾ってことね」
「そう言うこった。今の精霊魔法だが、通常は最弱の魔法で1つの風の刃を出すものを3つ出せたのは大したものだ」
「へへっ。まあ、余裕ってところね」
褒められたのが相当嬉しかったのか、リリヴェルは自信に満ち満ちていた。
「では、次は誰が相手だ?」
「アタシよ」
「お前が行くのか?」
「順当でしょ。実力的にアンタの方が上なわけだし」
前に出るように歩くアタシにユズルが問う。
モンスターとの戦いでユズルの実力は理解したので、この選択は正当なものと言えるだろう。
「嬢ちゃんが出るのか?てっきり最後かと思ってたがな」
「そこまで自惚れてないわよ。あと、アタシは剣と魔法を駆使して戦うけどいいかしら?」
「了解だ。全力でかかってこい」
その言葉で、アタシは皮の盾を装備し、鉄の剣を抜く。
盾のついた左腕をギルマスに向けて構える。
この時、右手の剣はギルマスからは見えにくくするのがコツだ。
「・・実践を経験している構えだな」
「じゃあ、行くわよ・・」
足に力を込め、一気に駆け出す。
いや、初めの一歩で助走をつけて一気に間合いを詰めてギルマスの目の間に跳ぶ。
その勢いのままにアタシは右手の鉄の剣で突きを出す。
「おっと」
避けられるが、それは予想済み。
アタシは突き出した剣を左に振ってから右に大きく振りぬく。
これは相手を牽制しつつ、あわよくば当てられればと言う一手だ。
「ほう。見事な連携攻撃だな」
「ファイアボール(火球魔法)!」
ギルマスが見せた一瞬のスキを見逃さずアタシは左手で魔法を放つ。
「なんの!」
これを寸前で盾で防ぐギルマス。
しかし、それも予想済み。
アタシは魔法を放ったと同時に真横にステップし、一気にギルマスの背中に回り込んでいた。
「うりゃっ!!」
「おおう!」
アタシの剣がギルマスの背中めがけて放たれる。
しかし、これも寸前で振り向きざまに剣を振りぬいたギルマスに阻まれ、剣と剣が交錯するのだった。
「ここまでだ。やるな、嬢ちゃん」
「いやいや、流石はギルマスだわ。ここまで防がれるとはね」
最後の一撃は掠るくらいは予想していたが、防がれるとはギルマスの腕は1球なのだろう。
「ユズル。最後トリはアンタよ」
「おう。行ってくるわ」
みんなの下に戻り、ユズルに発破をかける。
『お膳立て』は済んだ。
『今の』ユズルならギルマスと良い勝負ができるはずだ。
「最後だな。嬢ちゃんがトリを譲ったくらいだ。かなり腕が立つんだろうな」
「まあ、それなりに・・ですよ」
そう言って、ユズルは剣を抜く。
ユルそうな感じだが、アタシには分かる。
ユズルがマジで燃えていることを。
「・・行くぜ」
微かに聞こえるくらいの声でユズルはそう言うと、一足飛びでギルマスの間合いに入っていく。
「その身体能力は認めるが――よっ!」
突っ込んでいくユズルの正面からギルマスの一撃が打たれる。
普通なら避けられないだろう・・が。
「―――っ!」
「――なっ!?ぐっ・・」
ギルマスの一撃をユズルは身体を反らしてかわし、身体を捻っていた勢いをそのままに剣を振るう。
分かりやすく言ってはいるが、その動きは素人には到底真似できないスピードで、しかも華麗と言うか流麗とでも言うべき一撃を放っていた。
ギルマスはその一撃を寸前のところで受け止めたが・・。
「おいおい・・マジかよ。嬢ちゃんが実践に長けた者だとするなら、坊主は天才肌ってヤツだな」
「評価いただきありがとうございます」
「全員合格だ。冒険者ランクは規定通り10等級からだ。実技試験の個人成績だが、ボルボは冒険者としては甘く採点しても9等級、リリヴェルは8等級、イズミは7等級、ユズルは6等級と言うところだろう」
「見事なまでに繰り上がり的な感じね」
「そう言うな。リリヴェルくらいはざらにいるが、お前さんやユズルレベルになると希少中の希少過ぎてな。かと言って、あまり上の等級にすると色々と問題があるんだよ」
まあ、分からなくもない。
玄人張りの素人冒険者の扱いほど難しいものはないのだから。
「あと、パーティレベルは7等級にしてやる。その代り、リーダー登録はイズミの嬢ちゃん以外は認めないがな」
「俺じゃダメなのか?」
「ユズルの腕前は確かなものだが、リーダー向きじゃない。リーダーってのは状況判断をするとき、自分だけでなく仲間のことを考えて行動を決定できないといけないからな。実技試験の時、嬢ちゃんが順番を決めていただろう?」
「あれがどういう意味があるんだど?」
「ちゃんと戦闘レベルを分析して順番を選んでいたのさ。実技試験前に俺が言ったろう。『実技試験がパーティランクに加味される』ってな。だから嬢ちゃんは実力の低い者から選んで順番に戦わせたのさ」
「なるほど。弱い順に戦わせて実技試験の採点を甘くさせたんだな」
「そう言うこった。さらに付け加えるとだな、自分を3番手にしただろう?」
「それが何よ?」
「自分に対する評価を冷静に下せるヤツはそうはいねぇ。冒険者になろうってヤツは『自分が1番』って思いたいもんなんだよ。その中で冷静に自分の実力を評価できるってのは『器が大きい』ってヤツなのさ」
「なるほどね~。リリヴェル、納得したわ」
正直、ここまでストレートに褒められるのはくすぐったいモノがある。
「それじゃあ、パーティ登録もしちまうか?」
「そうね。ロックもいいかしら?」
「構わないぞ」
こうしてアタシはパーティ登録をするのだった。
これでひとまず準備の一つが整いました。
次回は細々とした話になると思います。
お楽しみに。