ぷーるのおもわく
施設の中へと入ると、それはそれは立派な作りになっていて、少なくとも俺は子どもの頃に、こんな立派なプールで遊んだ覚えはありはしない。まるで高級ホテルのフロントみたいな、煌びやかな装飾に、かしこまって「いらっしゃいませ」なんてニッコリと微笑みかけてくるNPC達。明らかに来る場所を間違えてしまっているんじゃないかという、そんな雰囲気だ。
しばらく惚けていると、るながぽつりと呟いた。
「ここが……うわさのれじゃーぷーる……」
そんなるなの呟きに、俺はあることを思い出した。本格的に夏になり、プール開きとなったある日に、大きなレジャープール施設ができたという噂だ。俺たち自身行ったことがなかったことと、行った人が本当にごく一部しかいなかったので、噂だけで本当は無いんじゃないかなんて思われるぐらいで、俺も今の今まで忘れていたほどだ。
そんなことは御構い無しに、ずかずかとまっすぐ歩いていくありすの後ろを、慣れない場所に萎縮しながら俺たちは付いていった。まっすぐ歩くありすの姿は、普段のぎゃーぎゃーと騒ぐ様子とは打って変わって、まるで本当にどこかの令嬢なんじゃないかと、そんな風に思わせる。
俺とさきくん、るなにりんまでも、あまりにも立派な施設に緊張してしまっている中、みづきだけは慣れた様子で進んでいった。
「みづきち、なんでそんななれたようすなん……?」
「そ、そうよ、こんなりっぱなところ、あんまりきたことないのに……」
落ち着かない様子の2人が、みづきに食ってかかるように言うと、みづきはこちらにくるっと振り返り、唇に人差し指をおいて、
「……ひみつ」
と、小さく一言だけ残して、そのままありすについて歩いていった。
その瞬間だけは、なんだか普段のみづきじゃなくて、別の人に見えたのだけれど、思い当たる知り合いはいない……気がする。なんだか引っかかるものが残ってモヤモヤするものの、すぐにありすの声に引き戻される。
「あなたたちなにぼさっとしてますの。さっさといきますわよ」
いつの間にか戻ってきたと思ったら、更衣室へと向かって歩き出してしまうありす。
こんな広いところではぐれると、また大変なことになってしまうため、俺たちは慌てて付いていく。ってそういえば……
「ねぇありす」
「なんですの」
「ここって、おかね、かかるよね……?」
このプール施設の話を聞いたときに、結構な額のお金がかかるということも聞いていたのだけれど、まだ俺たちは支払いをしていない。それだというのに、ありすは更衣室へと向かって歩いている。
一体どういうことだと思っていると、
「それなら、しんぱいいりませんわ。ちょっとしたつてで、むりょうけんをもらいましたの。だから、ここはただでしてよ」
「さっすがありす!」
るなは能天気にありすに抱きついてるけど、こんな立派な場所で遊ぶのに、いくらなんでもただというのはどうかと思う。
「そんな、わるいよ」
「いいんですの。これは、おれいですわっ。そう、まっはびーとるをたすけてくれた、おれいですわ!」
まっはびーとるとは、ありすの飼っているカブトムシで、以前一緒に遊んでいるときに、悪質なプレーヤーに絡まれて大変だったことがある。というか、その時に助けてくれたのはさきくんなんだけれど、俺がそう言うと、
「あなたたちだって、かばってくれたでしょう?……それに、みんなであそんだほうが、その、たのしいじゃありませんの」
なんて可愛いことを言うものだから、るなじゃないけれど、ありすの頭をなでなでした。そうしたら案の定、ありすが怒り出してしまったけれど。
ぞろぞろとみんなで歩いて更衣室の前まで進んで、女性用更衣室にちょっと足がすくんだけれど、みづきとさきくんに手を引かれて入って……ってちょっとまって!
「さきくんはあっちでしょ!」
俺は反対側にある男子更衣室を指差してそう言った。
いや本当は俺もあっちに行くべきだと、そう思ってはいるんだけれど、一応、この世界では女の子の体になるわけで。だから女性用更衣室に入るのは仕方がないわけで、って俺の言い訳の時間じゃなくて!
「さきくんはおとこのこだからあっちでしょ!」
こんなことを言っていて、自分の顔が赤く、熱くなっているのがすぐにわかる。着替えだって、実際はぴかっと光って一瞬で終わるのに、更衣室も何も必要ないだろうとは思うけれど、この身体で着替えているところを見られるのは、なんというか、うまく言えないけれど恥ずかしいのだ。
俺に続いて、みづきも同じように言う。
「……さーくんは、あっち」
「せやでー、さきくんはおとこのこやし、むこうやんなー」
りんはりんで、いやらしい笑いでさきくんに言った。言い始めたのは俺なんだけれど、あんまりそういう意地悪を言うのはなんだかなぁ……。
さきくんはバツが悪そうに、拗ねたような顔でこっちを見ながら。
「ちょっとまちがえたくらいで、そんなにいわなくてもいいじゃないっすかー……じゃあ、あとでごうりゅうっすね」
「すぐいくねー!」
るながブンブンと手を振って、すぐに更衣室へと入っていった。あいつのこういう行動力のあるところは、なんだか素直に尊敬するよ。ありすにろぜったさん、それにりんも、るなに続いて入っていく。
けれどやっぱり、女子更衣室ってのは入りにくいな、なんて思っていると、
「……ひーちゃ、いこ?」
と、いつもとは逆に俺が手を引かれながら、更衣室へと入っていった。




