7話:おつかいをしよう!
「はい、この袋に買ったものを入れてきてね。お金もその中に入っているから、なくしちゃダメよ」
「はーいっ!」
「はーいっ」
給食室のおばさんから、『おてつだい』の説明を聞いた。その後で渡されたエコバックを俺が受け取り、るなと手をつないで仲良く出発する。
このゲームは自由度が高く、保育園を出て街に行っても問題はない。ただし幼女の足なので、他の公園とかに行くのはちょっと遠いのだ。
今回俺たちが向かうのは、保育所の近くにある商店街の八百屋さんだ。歩いてだいたい15分ぐらいらしい。そうじゃなきゃ子どもにお使いなんて頼まないか。
とことこてくてく。
普段自分が見ている街並みよりも、大きな街並みの中を、るなと手をつないで歩く。るなは反対の手に、どこから拾ってきたのか木の枝を持っていた。ふんふんと鼻歌を歌いご機嫌だ。
俺の頭の中にテレビでやっていた音楽が流れる。
ドーレミファーソラシドー
有名な子どもがお使いする番組の音楽だ。俺たちがお使いしている側なんだが。「あっ!」っとるなが何か見つけたようで、俺の手を離して走り出す。慌てて俺も追いかけた。
着いたのは狭い路地で、一応道順としては正しいものだ。歩道と車道の間に段差は無く、白線で区切られている。
「これ、おちたらしんじゃうからね!」
と言って、その白線の上をよろよろと綱渡りをするるな。俺も恐る恐るその後をついて行く。
よろよろとたとた。
そーっとそーっと、落ちないように慎重に白線の上を歩いた。別に落ちても死なないのに、その時は何故か死んでしまうと思ったからだ。
るなは両手を広げてバランスをとりながら先を進んでいる。俺もゆっくりとるなの後を追っていく。
その時だった。
「がうっ!がるるるる!」
と、塀越しに犬が吠える声と唸り声が聞こえてきた。声の感じからすると、大型犬だろうか。こちらの気配を察知してなのか、何か別のものを見つけてなのかはわからないけれど、急に吠え出した。鎖が引っ張られてがちゃんがちゃんと音がする。
るながびっくりして、飛び跳ねて白線から落ちた。特に死んだりはしていない。へたり込んではいたけど。俺もその場にしゃがみこんで動けなくなった。とにかく怖かった。
がうっ!がうっ!と犬が吠えている。それが凶悪なモンスターの鳴き声にも聞こえてきた。その唸る様な声が聞こえるたびに、俺の身体はすくみあがり動けなくなる。怖いという感情に支配され、手が、足が動こうとしてくれない。
そんな状態の俺を、誰かが引っ張っていってくれた。急に引っ張られたので転びそうになったけれど、なんとかついていった。
引っ張ったのは誰でもないるなだった。るなも怖かったのだろう、目には大粒の涙が浮かんでいる。けれど、るなはすごいな、と思った。あんなに怖い目にあったのに、俺の手を引っ張って行ってくれている。俺はそんなるなの手を、ギュッと強く握り返す。
犬の声が聞こえなくなったところで、ぜぇぜぇと息を切らせながら休んだ。安心したら、急に涙が出てきた。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
目をぐしぐしと擦っても涙は止まらない。
気がつけばるなも泣いている。お互いが泣いていると、もう歯止めが利かなかった。2人で抱き合って、大声で泣いた。
「ぐしゅ、こあかったよぉぉ!」
「るにゃぁぁ!ひっく、うえぇぇん!」
えんえん、わんわんと2人で大泣きした。泣いたことなんて、大人になってからあっただろうか。こんな風に感情のままに泣いたことなんてなかっただろう。
しばらく泣いた後、るなが「ふっかーつ!」と声をあげた。虚勢を張っているようにも聞こえたけれど、それでも頼りになりそうだった。
俺はまだぐしゅぐしゅしていたけれど、るなに手を引かれて歩いているうちに、涙は収まり大丈夫になった。
また2人で手をつないで歩いた。今度は離さないように、ぎゅーっとつないだ。
目の前に横断歩道が見えてきた。これを渡れば商店街はすぐそこだ。信号は青になっている。
大人になった今はまず間違いなくすることはないのだけれど、今はそうするのが当然だというように、るなは手を繋いでいなほうの手を、ぴーんと天高く伸ばした。俺も、るなの真似をして手をピンと上へと伸ばす。
右見て、左見て、もう一回右を見て。それから横断歩道を渡った。
不自然なくらい車がこなかったので、特に危険もなく渡ることができそうだ。もしかしたら、安全のために車自体が走らないようになっているのかもしれない。
俺が普通に渡ろうとすると、るなが不自然な歩幅で横断歩道を渡り出した。よく見れば、白い所しか踏んでいなかった。それに気がつくと、るなはにっこり笑った。きっと、さっきの白線を踏んで遊んでいるものの続きなんだろう。
けれど、横断歩道でそんなことをするのは、車がこないと思っていても危ないことだ。だから俺は、るなに注意を叫ぶ。
「はやくわたらないとくるまがくるからいそいで!」
珍しく、俺がるなを引っ張って、横断歩道を渡りきった。
商店街に入ると、色々な店がひしめき合っている。魚屋に肉屋なんかは「らっしゃい!らっしゃい!」と大声で叫んでいる。大きな声を聞くと、この身体はびくっ!っとなるのであんまり大声を出さないでほしい。
総菜屋さんの揚げ物の匂いがすごくいい匂いをしているけれど、今はお使いの最中である。「ころっけー」とふらふら歩いていきそうなるなを引っ張って八百屋さんに向かう。
八百屋さんにつくと、「いらっしゃい」と優しく出迎えてくれた。
「えっと、りんご、ください!」
そう言ってエコバックを差し出した。
八百屋さんはその中を見ると、ちょっとまっててと言って、中からお金を取り出して、りんごをエコバックに詰めていった。
「はい、重たいけど大丈夫かい?」
「だいじょうぶ!」
と、るなが元気に返事をする。
エコバックの取っ手を2人で片方ずつ持っているから、そんなに重たくはない。
「お、そうだちょっと手ぇだしな」
八百屋のおじさんは、俺たちに手を出すように言うと、ぷにぷにの手のひらに飴を置いた。
「お手伝いしている偉い子にサービスだ」
「ありがとうございましゅ!」
……最後に噛んだけれど、ちゃんとお礼は言った。
重たくなったエコバックを2人で持って、よたよたと歩いて保育園に戻っていく。もらった飴はリンゴ味で、VRの中とは思えないほど味覚がしっかりしていて、甘くて美味しかった。




