あとかたづけまでがしかえしです
ぎゃああああああ!!と言う悲鳴をあげて、男の子達が走って逃げていく。わかっていたとはいえ、顔を見て逃げられるってのは、気分がいいものではない。普段はよく女性に逃げられているから、慣れたものかと思ったが、そうでもないみたいだ。
「ひなちゃん、おつかれさまです。はい、ぬれたおる」
「ありがとう、ろぜったさん」
俺はロゼッタさんからタオルを受け取って、顔を拭いていく。
「あ、まだついてますよ。わたしがふいてあげます。ほら、ふきふき♡」
「ちょ、はず、うぶっ」
有無を言わさず、ロゼッタさんは俺の顔をふきふきする。
ふと目を向けると、みづきは代わって俺のことをふきふきしたそうに見えるし、りんは笑いを必死にこらえてた。むしろすでに笑っていた。
秘密基地で相談して何をしたのかというと、怖がらさせられた、脅かされたのであれば、同じく脅かし、怖がらせればいい。という、まるで『目には目を歯には歯を』といったハンムラビ法典のような精神で、男の子たちに仕返しをすればいいというロゼッタさんの提案に乗っかった。
作戦は単純そのもので、りんが彼らにコンタクトをとって裏山へと誘導し、そこで変装した俺が彼らを驚かすというもの。ちょっと時期を外した肝試し的な感じになった。
裏山は元々何もないと思われておりーー実際何もないと思う、強いて言うなら俺たちの作った秘密基地だろうかーーそこに何かあると思わせておびき出すことは容易かった。
服は白いワンピースをレイネお姉さんのところで新たに購入。汚す必要があることを伝えると、デザインが良くないものーーデザイナーのレイネお姉さんから見てであり、俺からすれば立派にかわいいと思うのだけれどーーを格安で購入することができた。
後はわざと髪をぼさぼさにして、わざとボロボロにしたワンピースを着て準備完了と思ったら、ロゼッタさんに顔にケチャップをぶっかけられた。
「これで、もっとこわくなりますよ」
確かに血みたいで怖いだろうけど、いきなりぶっかけるのはやめて欲しかった。
ワンピースにもケチャップがついて、本格的に血まみれのようになっている。
後はりんがおびき出してやってきた男の子たちに、幽霊のように演技をして驚かせるだけだ。
「しっかし、なかなかおっかなかったなぁ。あいつらもびびってにげてったで」
りんは笑い転げながらそう言った。
何人か、本当に大惨事になっていたように見えたのだけど、気のせいだっただろうか。大惨事になっていたらもうしわけないけれど、それでも元々はそっちからやってきたんだから仕方がない。
俺の気分も多少は晴れたというものだ。
「……ひーちゃ、おっかなかったの」
「あぁ、ごめんね、みづき」
俺はみづきのことをぎゅーっと抱きしめ……ようとして、みづきに逃げられた。
「……いつものひーちゃにもどってから」
俺は自分の格好を改めて見直した。
顔は拭いたとはいえ、着ているワンピースはケチャップが血のように散乱し、髪もいつもの触覚はなく、ボサボサに乱れていた。
「わかったよぅ……」
俺は渋々と、いつもの格好に着替えるのだった。
ーーーーーー
「あぁ、社長。先程はどうも」
株式会社チェルノットのビルの1室。
でっぷりとしたお腹を下げて、原田は社長である櫻井に礼を言った。
「あぁ、原田さん。いや、あれはいつか対処しようと思っていたところですから。あの子があんな風にやる気になって、見ていて面白かったですよ」
「見ていらしたのですか、恐縮ですわ」
先の暴れた男の子達と、その彼らを驚かすという一連の流れを、櫻井はずっと監視していたようだった。
「怖がっている彼らの慌てようときたら……くくっ……」
「社長も人が悪い。あの時管理者権限で、彼らの感情モジュールを刺激しましたでしょう」
「おや、原田さんは気づいていたんですか」
「個人チャットで1枚噛ませろと言ってきましたのと、彼らが漏らしたのを見て気がつきましたわ」
男の子たちと幼女が接触したタイミングで、櫻井は男の子たちの感情モジュールをより恐怖を感じやすいように少し操作していた。もっとも、漏らしてしまうというのは櫻井にとっても予想だにしていなかったのだけれど。
「まぁ、あそこまで屈辱を受ければいい薬になりますでしょうな」
「それに他のプレイヤーからも苦情を受けていたからね。あと数日でアク禁になるところだったんだよ。もっとも、もうログインしないかもしれないけれどね」
実はひな達がうさぎ小屋での仕打ちを受ける前から、一部のプレイヤーがクエストを横取りするという報告が多発していた。
これには櫻井たちもゲーム内や外部システムから調査を行い、同一プレイヤーによる悪質な行為であることが判明していた。警告も行ったが、それでもなお行動を改めなかったため、すでに彼らをアクセス禁止にすることを決めており、実行されるまで時間の問題であったという。
「それにしても、あの子達のグループは毎回面白いことをしてくれるよね」
「まったくですな。私たちのお姫様もそうですが、自力で秘密基地やウサギ小屋にまでたどり着けるなんて、本当、面白い子たちですよ」
みづきの出したウサギ小屋イベントは、何かしらの動物に、長期にわたって関わるというフラグを立てるまでに時間のかかるイベントだった。
秘密基地も、未だにそれを作れているのはアリス達とひな達と、他にも数組のプレイヤーだけである。
他のプレイヤーは、遊具で遊んで満足していたり、ファッションに夢中になったり、お手伝いで褒められることに満足していたりと、あまり突飛な行動はとってはいなかった。
「秘密基地は他にも知っているプレイヤーがいてもいいと思うのだけどね」
「まぁ、秘密じゃ無くなったら秘密基地ではないですから。情報提供にも慎重になっているんでしょうな」
「それもそうか」
はっはっはと櫻井と原田は笑いあった。
チェルノットの1室は、彼らが気に入った1部のプレイヤーの話題で持ちきりだった。




