なつのはじめに
6月の最終日。夏の始まり、所謂初夏というところ。6月だけれども、最終日ともなればもう暑いことこの上ない。暑くて暑くてもう溶けてしまいそうだ。
そんな俺の今の格好は、薄ピンクのノースリーブのワンピース。胸元に着いたリボンがアクセントになっていて、実はちょっと気に入っている物だったりする。
その格好で保育園の縁側、裏庭に通づる廊下の上でゴロゴロしていた。たまに起き上がって、瓶のラムネを飲む。シュワシュワしていて甘く美味しく、無理だとわかっていても舌でどうにか中のビー玉を取りたくなる。
「そんなにあついならくればいいのにー」
「……ひーちゃもおいで」
るなとみづきがこっちにおいでと呼んでいる。りんは声こそ出さないものの、きたらきもちええよー、なんて顔をして手を振っている。
いやだいやだという意味を込めて引きつった笑顔で手だけを振った。
ところで、現実の海開きは7月に入ってからだけれど、一足早く『ちゃいるど・はーと・おんらいん』ではプール開きと相成っている。
ちょっと遠いところにはなるけれど、ウォータースライダーや流れるプールといった大人が行っても楽しめそうな大きなレジャー施設もできた。まぁ入場するのにけっこうな額の|ぺた(お金)を持っていかれるのと、水着も買わないといけないので、ぺたを大量に持ったプレイヤーぐらいしかいない。
じゃあぺたを持っていないプレイヤーはどうしているのだろうか。
その答えは目の前にあった。
ぱしゃぱしゃと水をかけあうるなとみづき。りんは水の中でぐでーっと横になっている。
彼女たちが遊んでいるのに使っているそれはビニールプール。大人から見れば小さいそれも、子どもの大きさなれば3人入ってもまだ余裕もある。俺が入る余裕だってあるだろう。
俺が廊下でゴロゴロしているのは、狭いから彼女たちに気を使っているとか、そんな殊勝な理由じゃない。たんに、彼女たちの格好と同じ格好をするのが恥ずかしいからだ。
「みづきー、くらえっ」
ぴゅぴゅー。るなの手にあるプラスチックの100均とかにありそうな水鉄砲からそんなに強くない勢いで水が飛んでいく。
「ぶびゅ……はんげきするの」
ぴゅーっ。みづきが竹筒の水鉄砲をるなに向けて発射する。
「あぶぶぶぶぶ」
あれって結構な勢いが出るんだよなぁ。みづきの手に持つ水鉄砲からでた水が、るなの顔に向かって飛んでいき。水が鼻に入ったのか、るなが咳き込んでいた。
そんなるなを水の中にぷかぷかと浮かびながらあはははと笑っているりん。
笑われてイラっとしたのか、ゲホゲホと咳き込んだ後にりんに向かって水鉄砲をぴゅーっと。
りんは油断していたのか、顔面に水を浴びて咳き込む羽目になった。
「あっつぃ……」
日差しが差し込んで、眩しく、暑い。日陰の方にもぞもぞと芋虫のように動く。
「ぱんつみえてるよー」
るながなんか言ってた気がしたけどあんまり聞こえなかった。もぞもぞもぞもぞ。
「……しまぱんなの」
「かわええのはいてんなぁ」
あーあー、きこえないー。日陰すずしー。
「これきてるより、いまのかっこのほうがはずかしいとおもうんだけど」
るなは自分の着ている『それ』の肩にかかっている部分を引っ張る。
いやいやそんなことはない。今のぱんつ丸出しだって充分恥ずかしい格好なのは間違いないのだけれど。それを着るよりは間違いなく恥ずかしくないと断言できる。
日陰で座り直してワンピースの裾も引っ張りぱんつが見えないようにする。そこ、残念そうな顔をしてるんじゃないよ。
残ったラムネをゴクゴク。暑さでちょっと温く、少し気の抜けたそれを飲みぷはーと息をして、ぽけーと青空を見上げる。大きな入道雲が出ている、夏といった感じの天気だった。
「ふいー、つかれた」
ぴちゃぴちゃと濡れた身体で俺の横にるなが座る。俺は立ち上がって保育園の中に戻り、ラムネの瓶を持ってきてるなに渡した。
「ありがと」
るなはラムネ瓶を受け取ると、うぬぬ、とビー玉をラムネ瓶を開けるあれで沈め、くぴくぴぷはーとラムネを飲んだ。
バスタオルで拭いていたとはいえ、水が滴り重たくなった髪をポニーテールにして。肌にぺったりと張り付いたそれは、身体全体を包み込んでいるが、股の付け根から足に向かっては覆われておらず、股の間がむき出しになってしまっているのがやっぱり恥ずかしい。両手でラムネ瓶を押さえクピクピ飲む姿はかわいらしかった。……同僚のくせに。
「ねぇ、……はずかしくないの?」
「なれたらそうでもないよ。というか、ぱんつまるだしだったひなちゃんにいわれてもねぇ」
それを言われるとぐうの音も出ないのだけれど。
ここでいい加減に話を始めると、るな、みづきとりんも着ているそれはおてつだいイベントの達成プレゼントだ。それを受け取った時に俺は、これは一生アイテム欄の肥やしだと思った。
紺色の、肌にピッタリと吸い付くように、彼女たちの身体を覆うそれは、所謂スクール水着と言うものだ。しかもただのスク水じゃない。胸元にでかでかとひらがなでそれぞれの名前が書いてある、個人情報も何もないそんなものだ。
名前が書いているというところから察してもらえるとありがたいが、これは専用アイテムである。ただのスク水ならタツキお兄さんのコスプレ店とか、そういったところでも普通に売っているけれど、名前が出るゼッケンは運営が管理するアイテムなのだ。もちろん譲渡なんかもできないようになっている。
これから夏真っ盛りになることも考えると、プレゼントが水着というのは運営なりの優しさなのかもしれない。水着というのは案外高いものだったりする。前に岬に付き合わされて水着を買いに行ったことがあるが、安くても5千円から、1万円も平気で越えてくるところもある。子ども用だって2、3千円くらいはした。
相場がそれで、大体日本円の10分の1の相場のぺたでも200、300は当たり前のようにするのだ。おいそれと手は出せない。
そんな事情があったところで、俺は名前付きのスク水を着るつもりなんて毛頭ないんだけどな。
結局それから俺は水着を着ることなく、水遊びは終わった。水遊びは終わったけれど、夏は、これから始まるのだった。




