気になる人たち★
「あ、先輩おはようござまっす!」
「お、おう。おはよう」
あのゲーム、『ちゃいるど・はーと・おんらいん』の中で、男の子に助けてもらうなんてことがあった翌日。
いつものように、普通に出社しただけなのだが、なんだか妙に岬のテンションが高い。なんというのか、ちょっと不気味なほどだ。いや、テンションが高いのはいいことなんだろうけれど、なんの前触れもなくいきなりだと、ちょっと怖い。
デスクに座り、仕事の準備を進める。ふと横を見てみれば、岬がすでに仕事を始めていた。
「〜♪」
調子よく鼻歌まで歌いながら、しかし手元はテキパキと作業をこなしていく。渡された資料の確認をしてみても、ミスが無く、いつもよりも良くできている。よく出来すぎていて、逆に怖いくらいだ。
普段は、こういうとあれなのだけれど、もうちょっとやる気がないというか。こんなにやる気にあふれているのは、入社直後ぐらいじゃないんだろうか。
「なぁ……、なんか、いいことでもあったのか?」
俺は、岬にそんな質問を投げかけてみた。後ろで同僚社員が、こくこくと頷いている。やっぱり、他の人から見てもおかしい様子だったらしい。
お茶汲みをする女性社員も、遠巻きにこちらの様子を伺っている。……なんだか、生暖かい視線を送っているような気がするが、一体なんだと言うのだろうか。
岬はそんな周りの様子には目もくれず、満面の笑みでこちらに振り向くと、元気いっぱいといった様子で答える。
「なんにもないっす!さー!さっさと終わらせるっすよ!」
そして、さらに作業を続けていく。……どう考えても、絶対何かあったよなぁ……。具体的に何があったのか、答えてくれない以上は知りようがないのだけれど。
岬の作業量が多いので、だんだんと俺の仕事も増えていく。そこからは、あまり余計なことを考えずに、夢中で仕事をこなしていった。
気がつけば、時計の針は12時を回り、周りの同僚たちはお昼に入っていた。
「……くっぅ……もう、こんな時間か」
俺は、思いっきり伸びをしながらそう言った。こんなに時間があっという間に過ぎるなんて、久々に感じたな。
横に座る岬の方を見てみれば、まだカタカタとキーボードを叩いている。
「おーい、岬ー」
岬は完全に集中しているのか、話しかけても反応がない。あんまり邪魔をするのもよくないと考え、珍しく、あらかじめ買っておいた自分の昼飯と、『これでも食え』なんて書いたメモ書きを残して、その場を後にした。
「んで、俺を誘って飯ってわけかよ」
なんて、蕎麦を啜りながら言ったのは月本だ。
俺が自分の部署を出た時に、ちょうどよく出てきたものだから、捕まえて一緒に昼飯を食いにきたというわけだ。会社を出て、少し歩いたところにある蕎麦屋に入り、それぞれ注文をして食べている。
「別にいいじゃねーか……どうせ、昼だってまだ決めてなかっただろ」
「まぁ、そうなんだけどな……」
ズルズルと蕎麦を啜って、全部食いきって少し落ち着いてから、俺は月本に話しかけた。
「あのよ、この前のことなんだけどな」
「んあ?あ、前にゲームん中で言ってたやつか」
以前、虫取りをしていた時にも、月本に相談というか、話聞いてもらっていたのだけれど、その時は途中で話をやめたものだから、今改めて話をしているわけで。
月本は腕を組んで、その時のことを思い出しながら話し始めた。
「えーと、水無月ちゃんだっけ?その子が家に押しかけてきたんだっけ?」
「押しかけてきたっていうか……、風邪の看病とか、溜まった食器洗いとかしてもらったりとか……」
こうして冷静にあったことを並べてみると、俺、ろくでもないやつのような……。いや、あの時は風邪ひいいて寝ていたからであって、普段からやってもらっているわけじゃないし。だから、セーフだ。
なんて、自分の心にそう言い聞かせていると。
「え、なにそれ、押しかけ妻?」
俺は飲みかけていたお茶を、ブフッと吹き出した。霧状になったお茶が、月本の方まで飛散する。
「てめっ!きったねぇ!」
「てめぇが変なこと言うからだろうが!」
噴きこぼしたお茶を片付けながら、月本とひたすら言い合う。
状況から言えば確かにそんな風に取れるのだろうけれど、だからって押しかけ妻はない。
「あの子とはそういうことはないから!」
「お前はそうでも、向こうはどうだかなぁ。ふらふらなのを見かけたからったって、普通は病院に送って終わりだろ。しかも、それかなり優しいぞ」
「いや、わかってるんだけどさ……」
月本の言うことはもっともだと思う。俺だって、病気の人を見かけても、病院に送ってそれでお終いにするだろう。
それだけに、あの子、水無月さんが何を考えているのかが、全くと言っていいほどわからなかった。
「……まぁ、理由はともかく、なんでそんな行動をしたかは予想できなくはないけどな」
考え事をしていたせいで、ボソッと言った月本の言葉がうまく聞き取れなかった。
「え?なんか言ったか?」
「いや、なんでもねぇ。それより、もう一個よ、ゲームん中であったあの男の子。どう思うよ」
男の子。虫取りの時に、嫌な感じのする子たちに囲まれた時に助けてくれた男の子。
あっちの世界の、ゲームの中の俺は女の子だからか、なんだか妙にかっこよく見えた男の子だ。
「どうって言われてもな……よくわかんねぇよ」
「……ふーん……まぁ、いいか」
「なんだよその反応。なんか知ってんのかよ」
なんだか嫌に、意味深なことを言う月本と言い合いながら、昼の時間が流れていった。




