5話:ゲームをした後に★
「よぉ」
「……おっす」
初めて『ようじょ・はーと・おんらいん』にログインしたその翌日。会社の昼休憩に、屋上で飯を食べていた月本と顔を会わせた。昨日のことを思い返せば、ちょっと顔を合わせ辛いのだけれど、月本は関係なしと言わんばかりにこちらの顔をまじまじと見る。凄くまじまじと見られるものだから、俺もつい見返してしまう。……一部の女子が見たらあらぬ誤解を受けそうだ。何かとは言わないが。
これが、ゲームの中だと金髪の女の子だったんだよな。現実の月本は短髪というには少し長い髪をヘアワックスで整えた、いわゆるイケメンというやつだ。顔立ちも整っていて、強面で怖がられる俺なんかとは大違いで社内の女性社員からの人気も高い。というか、大学時代から女性人気は高かった。
そんな月本と数秒見合った後に、お互いに思っていたことをつぶやく。
「この強面男があの恥ずかしがり屋の女の子の中身だと思うとなぁ」
「このチャラ男があの元気な女の子の中身だと思うとなぁ」
お互いに言って、ふざけんなクソと罵り合ってから、黙々と飯を食った。お互いに無言で特に会話もしないままに、手に取ったパンを口へと運んでいく。
普段であればもう少し雑談もするのだけれど、昨日のことがちょっぴり恥ずかしく、お互い事故になりかねないので、何も言えなかった。
いつもよりも早くに飯を食い終えた月本が話しかけてくる。
「また今度もインするか?」
月本はそんな風に俺に尋ねてきた。なぜ今更そんなことを尋ねるのかと思ったりしたが、昨日あれだけ動揺した姿の俺を見ていたから、心配してくれているのかもしれない。だから、俺は今の自分の素直な気持ちを月本へと伝える。
「……あぁ。悔しいけど、ちょっと面白かった」
そう。面白かった。あのちっこい身体で、滑り台を滑って、友達と手をつないで遊んで、というのが、大人になった今の気持ちとはかけ離れた行為が新鮮で、確かに面白かったのだ。
だから、今日もインしたいと思う。そう思える。
「でも今日はちょっと付き合え。たまには、お前もあそこに行くぞ」
「え、どこのことだよ」
たまにはと言うからには、俺も少なからず行ったことがある場所なんだろうけれど、心当たりが全く思い浮かばなかった。どこに行くのかもわからないのにそうホイホイとついて行こうなどとは思わないのだけれど、今日の月本にはどこか有無を言わさないような迫力があった。もしかしたら、ゲームの世界の頼りになる女の子の影を重ねてしまっているのかもしれない。
「いいから、終わったら連絡よこせ。いいな?」
「お、おう……」
結構強めにいうものだから、やっぱり逆らおうとは思わなかった。どうせ予定もないので大人しく従うこととしよう。……どこか釈然としないけれど。
「あ!先輩いたっす!もう昼休憩終わるんで戻ってきてくださいっす!」
屋上へと続く扉から後輩が顔をのぞかせる。普段周りから怖がられている俺にこんな風に声をかけるやつは一人しかいなかった。そいつに呼ばれるとなると、まずい予感がしてならない。
「……げっ、もうこんな時間かよ」
「うおっ!やばいやばい!俺この後外回りだ!」
月本は大慌てで広げていた弁当を片付け、屋上から出て行こうとする。
「じゃあ終わったらな!後輩ちゃんこいつのことは任せた!」
などと勝手なことを言いながらその場を後にした。その場に残された後輩が一人憤慨している。多分割とどうでもいいことで。
「あの人なんなんすか!私にもちゃんと名前があるっす!」
「まぁ、十中八九わざとだろうな。今度飯でも奢ってもらえ。俺が許可する」
「先輩の許可じゃ意味ないと思うっす。それより仕事に戻るっすよ」
「はいはい」
後輩に手綱を握られているような形で、俺は仕事へと戻るのだった。
――――――
「で、ここかよ」
「いいじゃねーかっての」
その夜月本に呼ばれてやってきたのは、月本がよく通っているという居酒屋だ。俺も連れられて来たことは数回あるが、普段から酒を飲むわけでもないので本当にたまにしか行かない。
「あんまし酒は得意じゃないんだけどな……」
「だからたまにしか誘わねーだろって、ばんわー」
月本が横開きの扉を開けば、こじんまりとしたカウンター席と、奥の方にテーブルの席がいくつかしかない、まさに居酒屋って感じの店がそこに広がっている。店舗の名前は『愁』。個人経営の小さな店だが、月本はずいぶん気に入っているらしく、週に1回は必ず来ているそうだ。
「おー、月ちゃんいらっしゃい。そっちの兄さんも久しぶりだね」
「え、あの、俺のこと覚えてるんですか」
突然のことにびっくりしたが、店主のおじさんは笑って答えた。
「はっはっは、常連のお客さんがたまに連れてくるガタイのいい兄さん、なんてそれだけ特徴あったら誰だって覚えてるもんじゃないか?」
そう言われれば確かにそうだ。そういう風な覚え方だったら俺でも、誰だって覚えていられそうだ。
そんな立ち話を、月本が割って入ってくる。
「とりあえず、テーブル席使っていい?」
「あぁ、構わないよ」
そう言うと、奥のテーブル席に通された。おしぼりを持ってきた店員に月本が何かを訊ねている。
「今日は鈴宮いねーの?」
「あ、はい。鈴宮はお休みをいただいております」
「え、ちょっとまって、鈴宮ってあいつ?」
鈴宮という苗字には聞き覚えがあった。かつて大学時代に、俺と月本と鈴宮の3人でゲームサークルに所属していた。苗字の響きだけで言えば有名アニメのキャラクターみたいな苗字で、自分からそれをネタにして作中のダンスを飲み会で踊っていたのを覚えている。
「そ、もしかしなくてもあいつ。俺も最近知ったんだけどここで働いてるんだよ」
「そうだったのか。もしかしてあいつの顔を見に来たとかそれが目的か?」
「いや、そんなんじゃなくて。あのゲーム本当に大丈夫だったかって、酒でも飲みながら聞こうと思って」
月本がそう言うと、いつの間に注文していたのか生ビールが運ばれてきた。ビールが嫌いとかではないので勝手に決められてても問題はないのだけれど。
「ほい、乾杯」
「ん、乾杯」
ジョッキをカチンとぶつけ合い、そのままそれを口へと運ぶ。冷たくすっきりとした味わいが喉を潤していく。
「ぷはっ、うめぇな。で、さっきの質問なんだけど」
「それ、昼も言っただろ。大丈夫だって」
月本はちゃらんぽらんにやっているように見えて、結構気遣い屋というか、面倒見がいいというか。そういった一面もあるので、純粋に俺のことが心配だったんだろう。たしかに、昨日あれだけの失態を晒せば、逆の立場なら俺でも心配するか。
だから、俺は今の本心をまっすぐに、そのまま月本へと伝える。
「本当にな、大丈夫なんだって。昨日のあれはびっくりしたというかなんというか……。それで感情のブレーキがうまく働かなくなって……ってそれも半分以上俺のせいでもないし。とにかく、昨日は楽しかった。だから、またあのゲームやるぞ」
なんかうまく伝えられずしどろもどろな伝え方になってしまった。けれど、月本はそれを真剣に聞き、それから笑いながら言った。
「そっか、じゃあ今度はクエストやるか」
「クエスト?」
クエスト、というあのゲームに似合わない単語が出てきて、俺はぎょっとした。月本はジョッキのビールを飲み干して、店員を呼ぶ。
「まぁ、詳しいことはメールで送るから。とりあえず、今日は飲もう。お前次何飲む?」
「わかった。決めるからメニュー見せてくれ」
その日は珍しく結構遅くまで飲み明かした。次の日、頭が痛かったがこれもまあ自業自得でしかないので諦めてどうにか出社したのだった。




