19話:さいせん!ありす!
「いけー!すーぱーぎろちん!まけるな!」
「まけませんわ!わたくしのまっはびーとるも!」
るなとありすが、やんややんやと騒いでいる。
彼女たちの見守る先には、カブトムシとクワガタが、蜂蜜を舐める権利をかけて、そのツノと顎を打ち付け合う。ガチャンガチャンと、激しくぶつかり合う2匹。両者は一歩も引かず、どちらが勝ってもおかしくないような接戦だ。
「まっはびーとる!そんなくわがたに、まけちゃいけませんわ!」
「すーぱーぎろちん!そんなかぶとむし、ふっとばしちゃえ!」
2人の応援にも、熱が入ってきている。わーわーと応援する彼女たちを、俺は少し離れて見ていた。
そんな、高みの見物を決め込んでいた俺に、るなとありすが大きな声で叫んでくる。だんだんと近づきながら。
「ちょっと!ひなちゃんも、すーぱーぎろちんのおうえんしてよ!」
「いいえ!ひなはわたくしの、まっはびーとるのおうえんをするべきですわ!」
ぐぐいっと、2人に詰め寄られるも、俺は別にどっちかを応援したりとかはしないつもりだ。どっちかと言えば、るなと一緒に捕まえた、クワガタの方を応援するべきなのかも知れないけれど、今回はるなが勝手に暴走した結果なので、応援しないことに決めている。
そもそもなんでこうなっているのかというと、話はるながクワガタを捕まえて、それを持って裏山から戻ってきたときに遡る。
俺とるなが、裏山から降りて保育園に向かって、てくてく歩いていると、正面からありすがやってきた。ありすにしては、珍しく活発的というか活動的な格好をしており、スカートはいつもと違いミニ丈の動きやすいもので、手にはるなと同じように、虫取り網を持っている。
ありすを見つけるなり、るなは勢いよく駆け出し、ありすにむぎゅーと抱きついた。
「ありすー! やほー!」
「ちょ!なんですの!?って、あら、ひなるなじゃありませんの」
「せっとよびにするの、やめてくれない?」
るながすぐに、否定をする。たしかに、セットで呼ばれるのは何か違う気がする。けれど、そんなことはどうでもいいという風に、ありすは話を続ける。
「まぁ、どっちでもいいですわ。それよりも、なにをしてましたの?」
「ふっふっふ、じゃーん!これよこれ!」
それはもうドヤ顔をしながら、肩から下げた虫かごを掲げるるな。虫かごの中ではクワガタが、その顎を動かしている。ガチャンガチャンと、まるでありすを威嚇しているようだ。
ありすはそれを見て、るなのことをはっ、っと鼻で笑った。
「あらあら、るなさん。そんなひよわそうなのをつれて、いったいどうしたいのかしら」
そのありすの言葉に、るなはあからさまにむかっとしている。顔はもう見るからに不機嫌だし、足もしきりに、ぺたぺたと浮かせては地につけてを繰り返している。
一方のありすはといえば、両手を頭の位置で広げて、はっ、と鼻で笑っていた。
「なに?なんなの?けんかうってるの?」
明らかに喧嘩を売っているのは、るなの方なのだけれど、ありすの言い方にも問題はあると思ったので、俺は特に止めたりはしなかった。
結局それが良くなかったんだろうけれど、なんだかどんどんヒートアップしてしまった。
「いえいえ、わたくしの『まっはびーとる』のほうが、つよいとおもっただけですので」
「まっはびーとる?」
俺がそう疑問を浮かべていると、ありすがスッと、虫かごを見せつけてきた。
「これが、わたくしのまっはびーとるですわ!」
その中には、立派な黒く光るツノを、上方向へと反らせた、大きな虫が1匹、鎮座していた。遠くから見ているだけなのに、なんだかとても威圧感を放つそいつを、ありすは嬉々として紹介する。
どこからどうみても、カブトムシだった。
「うわ……おっきい……」
思わず口元を両手で覆い、そんな風な感嘆の言葉がでてしまう。けれど、大きさはるなのクワガタとそう変わらない。なのに、るなとありすは「わたしのほうがおおきい!」と言い合い睨み合いを続けている。
「じゃあ、しょうぶしましょう!どちらかつよいか、けっちゃくつけようじゃありませんの!」
「いーじゃない!のぞむところよ!わたしのすーぱーぎろちんに、かなうとおもわないことね!」
「そのなまえ、いつつけたの……?」
そう言って、前に遊んだ公園に移動して、勝負をし始めて今に至るわけなのだけど。
それなりに長い時間、クワガタとカブトムシ……まっはびーとると、すーぱーぎろちんは死闘を繰り広げていた。互いのツノとハサミをぶつけ合い、熱く、激しい戦いを繰り広げている。
「すーぱーぎろちん!がんばれ!」
「いまですわまっはびーとる!そこでこうげきですわ!」
応援するるなとありすも、段々とヒートアップしていく。
けれど、その戦いにも決着はついた。まっはびーとるの、黒光りする大きなツノが、すーぱーぎろちんの身体を持ち上げて、ポイッと戦いの舞台から投げ捨てられた。
「かちましたわ!さすがまっはびーとるですわ!」
ありすは手放しでわーいわーいと、くるくる回って喜んでいる。時折、まっはびーとるに「よくやりましたわ!」と、労いの言葉をかけている。まっはびーとるは、勝者の余裕なのか、悠々とした様子で蜜を舐めている。
一方のすーぱーぎろちんは、どこかしょんぼりとした様子で、るなの肩に飛んできた。……なんで懐いてるんだ……。るなが、すーぱーぎろちんの背中を、ちょんちょんと撫でて励ましていた。……なんで、どことなく嬉しそうに見えるのだろうか。
それぞれがお互いのパートナー……でいいのだろうか?と交友を深めていると、向こうからぞろぞろと、何人かの子どもの集団がやってくる。男の子だけでもなく、女の子も何人か混じっている。
「ねぇ、きみたちそのかぶとむしとかでたたかってたの?よかったら、ぼくたちともやろうよ」
そう言った中心のような男の子は、どこか嫌な目をしながらそう言うのだった。




