18話:そうだんと、むしとりと
「ってことが、あったんだけど」
「なんでそれを、いまここでいうのかなぁ」
珍しく晴れ模様だった日に、俺とるなは今、保育園の裏山に作った秘密基地のそばに来ていた。
秘密基地にはしばらく来ていなかったけれど、雨で濡れてダメになっていたりといった様子はなかった。一回作ったものは、システムで保護されていたりするのだろうか?その辺りは考えてもわからないし、考えたところで意味はない。とにかく、無事だったことだけ喜ぼう。
そんな秘密基地のそばで何をしてたのかというと、虫取りだ。6月だと、虫取りには早いんじゃないかとも思うが、前に、カブトムシを捕まえたという子がいることをりんから聞いて、もしかしたら裏山にいるんじゃないかということで、るなと一緒に、木に蜂蜜を塗って、何か来ないか待っているのだ。
ちなみに、るなが虫取りの提案をした段階で、りんとみづきは、「無理」と一言残して、2人でどこかに行ってしまった。
そんなわけで珍しく、今日はるなと2人っきりだった。なので、せっかくだから前にあったこと、風邪で倒れた日に、水無月さんと岬が押しかけてきたことと、その2人が今度泊まりにくるかもしれないということ、それから、水無月さんにご飯をご馳走になったことなどを、相談してみようと話を振ってみたのだけれど。
「というか、それってふつうのおとこのこからみたら、ずいぶんうらやましいはなしじゃないの?」
「でも、わたしそんなきはないし、どうしたらいいかわかんくて」
「まって、やっぱりこれいじょうはやめよう」
うん、俺も止めた方がいい気がしてきた。この女の子の話し方で、こんな話するのは、話す方も聞く方も地味に辛い。結局、明日にでもどこかで話を聞く、ということで落ち着いた。
みーんみーんと、蝉が鳴く声が響く。外に出ていると、あまりの暑さに汗をかいてしまう。
「あーつーいー」
るながお腹を出した、だらしがない格好で寝転がる。あまりにも暑いので、秘密基地の中で涼んでいるのだ。秘密基地に冷房がついているわけではないので、もちろん暑さはそう変わらないのだけれど、日陰になっている分、多少はましだった。
今のるなの格好は、だらしなさを極めたような格好をしており、ショートパンツとキャミソールだけだ。横には、虫取り用の網とカゴが投げられている。それよりも気になるのは、格好よりもその見た目だ。
「ところでるなー」
「なーにー」
「なんでひやけしてるの?」
昨日の今日で、なぜか肌を黒く日焼けしているのが、気になってしょうがなかった。みんなであったときに誰も突っ込まなかったから、今まで聞けなかったけれど。
「じつは、はだのいろをかえられるおみせがあるのよ」
「そんなのまであるのっ!?」
服屋が豊富だったり、髪型を自由に変えられたり、キャラメイキングに命かけすぎなんじゃないだろうかこのゲーム。でもまぁ、キャラメイクにこったゲームだったら、肌の色を変えるぐらい普通にあるか。現実でも日焼けサロンとかあるぐらいだし。……そう言うと、子どもの見た目とずいぶん合わない。
しかし、なんというか。たまに、るなの肩からキャミソールの紐がはらりと落ちるのだけれど。それがなんというか、色っぽいというか。しかも、芸が細かいことに日焼けあとが、おそらくは前に来ていたスクール水着の日焼けあとにしてある。いろいろ狙いすぎなんじゃないだろうか。
「……ひなちゃんのめが、やらしー」
「そ、そんなにみてないしっ」
見てない、見てないったら見てない。そんなことよりっ。
「そろそろ、むしあつまったかなぁ?」
「はなしそらした……でも、そろそろいいかもね。みにいこー」
秘密基地から出て、少しだけ歩いたら、蜜を塗ってあった木がある。そーっとそーっと、近づいて見てみると、たくさんの虫がわらわらと集まっているのが見えた。
「これは、きもい」
「うん……ちょっときもちわるいね」
本当の子どもだったら喜んだのかもしれないけれど、俺たちの中身はいい年をした大人だ。その感覚で見ると、集まり過ぎてしまった虫の大群は、思ったよりも気持ち悪かった。
「これは、みづきたちこなくてせいかいだね」
心からそう思う。特に、りんは虫が苦手だからなぁ。
しばらく見ていたけれど、アリとか蝶々ばかりで、珍しい虫はいそうにない。
「かぶとむしなんていないじゃん!」
なんてるなは怒っているけれど、そもそもどこにいるかなんてのは聞いていないわけだし、こんなすぐ近くにいるとは思わないんだけれど。
そんなるなをなだめていれば、ぶぶぶぶと、何か羽音が聞こえてくる。
飛んできたそれは、蜜のところへと到着すると、他の虫を蹴散らし、1匹だけで悠々と蜜を舐め始めた。甲虫独特の黒々とした身体。けれど、そいつの角は1本ではなく、ハサミのような顎が2本生えている。
「くわがただ!」
「おおきい!」
突如現れたそいつに、俺たちは驚いた。もともと狙っていたものではなかったけれど、それと同じくらい人気のある虫だ。
るなは、虫取り網を構えると、そーっとそーっと木に近づく。クワガタは蜜を吸うのに夢中で、逃げる様子を見せない。それなら好都合だと言わんばかりに、虫取り網を一気に木に叩きつけた。そして、そのままスライドさせて、今度は地面に叩きつける。木には、クワガタの姿は見えない。
「るな……つかまえられた?」
俺はとててと、るなの元へと駆け寄った。るなは網の中を確認している。
そして、クルッと振り向いて、ニッコリと笑顔を見せる。手には、逃げようと必死に動くクワガタの姿があった。




