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17話:ある雨の日の買い物★

  休日の夕方。昼から『ちゃいるど・はーと・おんらいん』で遊んでいたけれど、リアルの方でお腹がすいてきたため、一度ログアウトしてきたところだ。

  何か食べ物を求めて、冷蔵庫の中を覗く。……わかってはいたけれど、冷蔵庫の中に碌に食材はなかった。普段自炊をしていないから、当たり前といえば当たり前だ。

  何か外で食べるか、弁当を買うか、どうしようかと考えながら、外に出られるように着替えをし、玄関へと向かう。向かう前に窓をちらりと見てみれば、雨がパラパラと降っている。


「雨……って、ゲームでも降ってたんだし、そりゃあ降ってるよな」


  なんて、独りごちりながら玄関から外に出てみると。


「……あっ」

「……へ?」


  なぜかぱったり、水無月さんと出くわした。

  偶然……ではないよなぁ。ここ、アパートの2階だし。なんで、こんなところにいるのか、疑問が膨らみ、碌に挨拶も出来ないでいると、水無月さんの方から話しかけてきてくれた。


「……え、と。私の家、205号室、ですから」

「同じ、アパートだったの……?」


  俺の言葉に、水無月さんはこくりとうなづく。

  それにしても、同じアパートに住んでいるだなんて思いもしなかった。それなら、同じタクシーに乗って、遅くまで俺の看病をしても、なんの問題もないわけだ。……って、一人暮らしの男の家に、女の子が一人で入ってくること自体が問題だろうが。いやいやけれど、あれは不可抗力というやつであって、俺だって別に他意があるわけではないわけで……。


「……あの、小日向さんも、買い物ですか?」


  色々と思案している俺に、水無月さんはおずおずと声をかける。

  飛びかけていた意識をどうにか戻し、水無月さんに答える。


「あぁ、買い物……というか、外で食べるか、弁当でも買おうか、なんて悩んでいたところだったんだけど……」

「……もしかして、いっつもそんな食事ばっかりですか……?」


  いつもの――とはいえ、会ったのは今日で2回目だけれど――大人しそうな顔から一転、物凄い剣幕で俺を見上げる水無月さん。その迫力に、思わずたじろいでしまう。

  迫る水無月さんを両手で制しつつ、どうにか返事をする。


「いや、その、まぁ……そういうことの方が、多い……かな……」

「……わかりました。今日のご飯は、私が作ります。……また病気になったら嫌ですし。いいですね?」


  ぐいぐいと迫る水無月さんに、俺はついに断ることができず、ご馳走になることになってしまった。しかし、タダでご馳走になるわけにはもちろんいかないわけで、こうして一緒に買い物をして、荷物持ちをするつもりだ。もちろん、お金も俺が出す。

  傘をさし、2人並んで歩く。近くのスーパーまでは、そう遠いわけではないが、あまり交流のない、それも女の子と歩くというのはどうにも緊張してしまい、道のりが異様に遠くに感じてしまう。

  当の水無月さんはといえば、どこか上機嫌に見える。大人しい喋り方で、あまり表情が変わらない子だけれど、そういう子は、ここ最近よく一緒に遊んでいるからか、なんとなく感情が読み取れる。なにがそんなに楽しいのか、なんてことまではさすがにわからないけれど。

  しかし、なんでこの子は、こうまで俺のことを気にかけてくれるのだろうか。話し方や見た目からは、大人しそうで真面目な子という印象だけれど、意外と押しが強いというのか。人は見かけによらないとでもいうのか。だから、何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまったり。……あぁ、よくない考え方だ。人を見かけで判断して、なんて、俺が一番嫌いなはずなのに。けれどやっぱり、そういう風にとらえてしまう。もしかしたら、純粋に、善意や好意で動いているだけかもしれないのに。

  そんなこと考えるのはよくないと、頭をブンブンと振って思考を散らす。


「……あの、どうかしましたか……?」


  見れば、水無月さんは俺の顔を覗き込んでいた。……大抵の女性は、俺のことを覗き込む形になってしまうのだけれど。

  それでも、水無月さんは特に小さく、身長なんか150cmぐらいしかないんじゃないだろうか。まるで、小動物のような目で、こちらの顔をまっすぐに見つめてくる。


「いや、なんでもないよ。さっきまで寝てたから、眠気を払ってたんだ」


  なんて、とっさに嘘をついた。さすがに、ゲームの中で幼女になって遊んでいました。なんて口が裂けても言えるはずがない。

  嘘をついた後ろめたさから、水無月さんから顔を背けてしまう。


「……そう、ですか。……眠たかったら、待っててもらってもよかったんです、よ?」

「いや、眠気覚ましに少し歩こうと思ってたし、大丈夫だよ」


  我ながら、よくもこうスラスラと嘘を並べられたものである。

  そうこうしている間に、目的地であるスーパーへと到着する。


「……小日向さんは、何か食べたいもの、ありますか?」


  買い物カゴをカートに乗せて、入り口近くの野菜売り場を見ていると、水無月さんがそんなことを聞いてきた。


「いや、これといってないんだけれど。水無月さんがもともと作ろうと思ってたものでいいよ」

「……私も、昨日で冷蔵庫の中身を使い切っていたので、買い物しながら決めようと思ってたんですよね」


  しかし、急に言われても、そうそう思いつくものでもない。普段料理なんてしないものだから、作るようなものとなると余計にだ。

  ふと、横を親子連れが通る。


「ままー!きょうのごはん、はんばーぐがいい!」

「そうねぇ、じゃあハンバーグにしましょうか」


  なんて、言葉が聞こえてきた。微笑ましい親子の会話に、どこかほっこりとしてしまう。しかし、ハンバーグか。悪くないかもしれない。


「ハンバーグ、なんてどうかな」

「……それなら、大丈夫です」


  水無月さんからもオッケーをもらい、そのための材料を買い物カゴに入れようとした時に。


「……あの親子の会話で、決めましたよね。小日向さん、かわいいです」

「っ、なっ!」


  不意打ちで言われた言葉と、優しい微笑みに、俺は何も言えなくなってしまった。

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