16話:あまやどり
『雨の中、傘をささずに踊る人間がいてもいい。自由とはそういうものだ。』
なんて、よくも言ったものであるが、実際のところとして、雨の中なんかで踊りたくはない。それもまた、自由なんだろうけど。
だって、雨が降ってる中に向かって行ったら、服とか靴とか全部濡れるだろう?肌にくっついて、気持ち悪いんだよなあれ。靴も、ぐっちょぐっちょに濡れると気持ち悪いんだよなぁ。
まぁ、なぜそんな話をしているのかといえば。
「もーやだー!かえるー!」
「いーからはしりなさいー!」
現在進行形で、雨の中をみんなで全力疾走しているからであった。これは、自由なのだろうか。
ーーーーーー
遡ること、30分ほど前。
「ひーまー。ひーまーなーのー」
寝っ転がりながら、手足をジタバタもぞもぞさせて、暇だ暇だと騒いでいるのはるなだ。
今日も、雨がざーざーと降っているので、保育園内で遊んでいるのだけれど。 動き回ったり、暴れまわったりするのが好きなるなは、体力を持て余しているようだった。
寝っ転がったまま、もぞもぞと動き回るるな。何故か、平泳ぎの真似までし出した。
「……るーちゃおもしろい」
「まねしようとしなくて、いいからね」
そんな、るなの真似をしようとするみづきを抱き止めつつ、今日も平和に過ごしていたのだけれど。
「お、あめやんだんとちゃう?」
と、窓の外を眺めていたりんが言った。
床でじたばたしていたるなが、ガバッと起き上がって窓に張り付く。
「ほんとだ!やんでる!」
目を輝かせながらそう言うるなに、俺は釘をさす。
「やんだけど、くもってるから、おそとはいかないよ?」
「えー!いーこーうーよー!おそといこうよー!」
さっきよりも、激しくジタバタするるな。完全に駄々っ子のそれである。……なんか、いつもの月本を思い出して悲しくなってきた。
「うちも、おそといきたいわぁ」
りんが便乗してきた。なんで引っ掻き回すタイミングで入ってくるかなぁ、この子は。
「……おそと、いく」
みづきがふんすと、鼻息を鳴らす。
気がつけば、みんな外に出る準備を始めていた。
多数決だと、俺の負けだから仕方がない。この状況で1人で待っていられるほど、俺は達観はしていないわけで。
「じゃあ、いくわよー!」
「ちょっ!まって!」
そうして、駆け出すみんなを追いかけるように、雨に濡れた道を走っていくのだった。
ーーーーーー
そうして出てきて割とすぐに、再びざーざーと降り出した雨に濡れられ、走り回った俺たちは、いつか遊んだ公園のトンネルの中に逃げ込んだ。
それぞれ、スカートやTシャツの裾をぎゅーっと絞って、少しでも水気を取ろうとする。
「そや、きがえたらええんとちゃう?」
「それだ!」
るながシステムウインドウを開き、着替えを選択する。
すると、るなの身体がピカッと光り、いつの間にか着ているものが変わっている。
いつも着ているTシャツとショートパンツから、ジーンズ生地のスカートと、別のTシャツに変わっていた。……髪や身体は濡れたまま。
服は綺麗になったけど、髪がびしょ濡れのままで、るなはうなだれている。
「……かみがぬれてきもちわるい」
「さすがにたおるとかないしなぁ」
みづきも、ぶんぶんと頭を振っている。……子犬みたいだな。
それでも、着替えないよりはましだと思い、みんな着替えをした。当然、髪や身体はびしゃびしゃだ。
雨音は次第に勢いを増していき、ざーざーとした音だけが響いている。そんな中、外に出るわけにもいかず、トンネルの中で雨宿りをする。
急に、ピカッと眩しい光が見える。瞬間、ゴロゴロゴロと、大きな音も。遠くで、大きな雷が落ちたようだった。
その光と音に、思わずビックリして、るなの服を掴む。
「ひいっ!」
るなも、雷にビックリしたのか、悲鳴をあげていた。るなの小さな身体が、ぷるぷると震えている。
俺は、そんなるなに恐る恐る声をかける。
「だいじょうぶ……?」
するとるなは、俺の方をキッと睨んで怒鳴り散らした。
「あんたが、きゅうにふくをひっぱるからでしょうが!」
いやだって、雷が怖かったし、しかたないじゃない?そんな言い訳もるなには通じず、普通に怒られてしまった。その間も、るなの服を掴む手を離せなかったけれど。
よくよく見れば、俺の服の裾もみづきが掴んで。俺の反対側から、りんがるなの服を掴んでいた。
まるで、雨に濡れて冷えた身体を温めようと、誰からとも言わずみんなで身体をくっつけあった。
「みづきあったかい、ひながいっつもぎゅーってするのわかるきがする」
「……るーちゃはくっつきすぎなの」
「るなちゃんもあったかいでー」
「りん、もっとこっちにおいで」
とにかく、みんなでくっつけあう。
ぎゅーで、ぎゅーで。ぎゅーっだ。
ざーざー。ざーざー。とくん、とくん。
雨音と、くっつけあっている誰かの心臓の音だけが、聞こえてくる。
誰かの髪が、鼻にひっかっかってムズムズする。
「くちゅんっ」
おもわず、くしゃみがでてしまった。……それも、かわいらしい声のくしゃみが。
身体は冷えたはずなのに、カーッと顔が熱くなる。
「ひーなちゃん、かわいいくしゃみだね……くしゅんっ」
「……るーちゃもかわいいの……へくちっ」
「あはは、ほんまやなぁ……んっくしゅ」
みんなでくしゃみをしたら、なんだかおかしくなって、大笑いをした。
ふとトンネルの外を見れば、いつの間にか雨は止んでいて、遠くの空に大きな虹がかかっている。
「ふわぁ……」
この身体から見るそれは、とてもとても大きくて。すごくすごく美しいものに見えた。
「おそとにでてよかったでしょ?」
そう言ったるなの顔は、ニカっとしたドヤ顔で。その顔が、ちょっとうざかったけれども。
こういうのも、自由でいいのかもしれない。そんな風に思った。




