11話:その出会いは突然に
5月も終わりを迎えそうな頃。季節の変わり目のせいなのか、急に暑くなったり、かと思えば寒くなったり。決して体調管理をおろそかにしていた訳ではないのだけれども、今日はどうにも朝から体調が悪い。会社の冷房が効きすぎているのか、寒気もする。
「……なぁ、冷房、効きすぎてないか?」
俺は、隣のデスクで作業をしていた岬に声をかける。
岬は俺の後輩であり、直属の部下でもあるので、近くで作業をしていることの方が多い。岬はキーボードを打つ手を止め、俺の方に向き直った。
「やっぱり、先輩体調悪いっすね。今日は冷房なんて入れてないっすよ」
「いやいやいや、それはさすがに嘘だろ。めちゃめちゃ寒いんだが」
「先輩が風邪引いてるだけっす。後の作業、私1人でも進められるんで、帰って寝てくださいっす。顔色マジでやばいっすよ」
確かに気分は悪かったが、言われれば言われるほどに、そんな気になってますます気分が悪くなってくる。
少し考えて、考えようとして頭が回らなかったので、後を任せて早退することにする。
「……悪い、先に上がらせてもらうわ」
「お大事にっす。あ、夜何か作りにいきましょうか?」
「それはさすがに悪いから遠慮するわ。明日は休みだし、1日寝てたら治るだろ……多分」
「じゃあ、何かあったら連絡くださいっす」
「おう、悪いな」
岬にそれだけ言い残して、俺は会社を後にした。
帰り道、歩いていれば段々とフラフラしてくる。これは本格的に不味い気がする。重い足取りのまま、帰る前にドラッグストアへと寄って、薬とスポーツドリンクを買った。少し荷物が増えてしまったが、こればかりは仕方がない。
店を出ると、荷物が重いせいか体調のせいかさらに足取りが悪くなる。ふらつきながら歩いていれば、前から来ていた人にぶつかってしまった。
「すいません、大丈夫ですか」
ぶつかったこちらが悪いので、反射的に謝る。ぶつかった相手は、小柄な女の子だ。だいぶ小さく見えるが、俺の身長との差が大きいからだろう。30cmぐらいは差があると思う。
「……いえ、大丈夫、ですから」
「いや、こっちの不注意だった。すまない」
俺はそれだけ言うと、その場を後にしようと歩き始める。しかし、少し歩いたところでふらつき、近くの電柱へともたれかかる。
「……って、大丈夫ですか?……あっつ、すごい熱……」
「いや、平気、平気だから……」
あぁ、やばいなこれ。今にも倒れそうだ。気力を振り絞って、重い足を前へと進める。
しかし、その足取りを女の子に引き止められてしまう。
「……待って下さい」
「いや、ぶつかったのは悪かったけれど、急いでるから……」
「……いえ、そうじゃないです。タクシー呼んだので、ちょっと待って下さい」
頭が回っていないせいか、その子が何を言っているのか、意味がわからなかった。
そのままその子にタクシーに乗せられ、病院へ連れて行かれる。その後の記憶が曖昧なのだが、気がついた時には病院のベットの上で眠っていたようだった。見れば腕に点滴の針が刺さっている。そのおかげか、さっきよりは頭がすっきりしている。
「……目、覚めました?」
声のする方を見れば、さっきのぶつかった女の子がそこにいた。ベットの側に椅子を持ってきて、文庫本を広げている。もしかして、今の今までずっと側にいたのだろうか。そうだとしたら、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
「あぁ。……もしかして、今までずっと?」
「……あ、はい。さすがにちょっと、心配だったので」
女の子は恥ずかしそうに、文庫本で顔を半分隠してしまった。肩で揃えられた、短めの髪が揺れる。
しかし、そりゃあそうか。俺も、目の前で人が倒れたらさすがに心配になる。当たり前のことなんだけれど、いざやろうとするのは難しいよな。それだけで、この子に好感が持てた。
「……あの、体調は、大丈夫ですか……?」
「あ、あぁ。もう何ともない……とは言い難いけど、さっきよりはましかな。後は帰って寝れば、治ると思うよ」
俺は、頭の後ろを掻きながら言った。
女の子は、ぼりぼりと頭を掻く俺を見てくすりと笑うと、
「……じゃあ、看護士さん呼んでくるので、待っててくださいね」
そう言い残して、ぱたぱたと小走りで部屋を後にした。
枕元のスマートフォンに、通知が出ているので確認する。岬からメールが何通かと、メッセージアプリにメッセージ。
『今日は用事があってログイン遅れます』
みづきからのメッセージだ。その内容に、りんとるながそれぞれ返事を返している。俺も返事を出しとこう。風邪引いて今日はログインできない、っと。
メッセージを打ち終わり送信したところで、看護士さんと女の子がやってきた。
「小日向さん、少し顔色良くなりましたね。まず点滴を抜きますので、ちょっと我慢してくださいね」
看護士さんは慣れているのか、手際よく点滴を抜き片付けを始めた。
最後に診察を受け、薬をもらって帰ろうと思ったら、タクシーが用意してあった。
「……呼んでおきました」
手際のいい子だなぁ。色々してもらって、申し訳なく思うな。
「何から何まで悪いね。今度何かお礼をしないと」
「……いえ、そういうつもりじゃないんで」
「それでも、俺の気がすまないんだ。とりあえず、名前と連絡先教えてもらっていいかな。助けてもらった人の、名前を知らないのも気が悪いし。俺は小日向悠介。改めてよろしく」
「……水無月、彩花、です。よろしくです。」
お互い自己紹介をしたところで、帰るためにタクシーへと乗り込む。
すると、なぜか水無月さんまで乗り込んできた。
「……あぁ、そうだよな。先に水無月さんの家に行くから。場所、どこだろう」
「……いえ、小日向さんの家に行きます」
……うん?今なんて言ったんだ?




