10話:いたずらはよくないよ?
『ちゃいるど・はーと・おんらいん』。『ようじょ・はーと・おんらいん』をベースに正式販売バージョンとしてリリースされたそのゲームは、自由性が高いことでも有名だ。
なぜなら、明確なゲームクリアというものが存在しない。何をやっても、間違いであるとも言えるし、正解であるとも言える。
例えるならば、よくあるロールプレイングゲームには魔王だとか、そういった『ラスボス』と言った存在がいて、そいつを倒すことが最終的な目的になる。けれども、『ちゃいるど・はーと・おんらいん』には、そのような存在はいない。目的や目標は、ゲーム制作側から与えられてはいないのだ。
ならばこのゲームをプレイする意味とはなんなのだろうか。
子どものように無邪気に遊ぶこと?お手伝いをして人から褒められるのを楽しみたい?お友達と仲良くしたい?……それとも、いたずらをして叱られたい?
俺は、尻を上に突き出して床に突っ伏した、金髪と茶髪の幼女2人の姿を眺めながら、そんな哲学的な問いに想いを馳せるのだった。
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話は今日のインしてすぐの時間に遡る。
「いたずらをしようとおもいます」
「え?」
えらく真面目な顔をして、ふざけた宣言をするるなに、俺は半眼になって返事をした。
正直、いきなりすぎて何を言ってるのか、一つも理解できなかったのである。
「だから、いたずらをしようと」
「そうじゃなくて」
同じことを、繰り返して言おうとするるなを遮って、俺は言った。
知りたいのはそうじゃなくて、なぜそれをするのかということだ。
「うーんと、ちょっとおもしろいはなしをきいて」
「うちがせつめいするでー!」
と、りんが横に割って入ってきた。
なんでも、りんが独自に調べているなかで、「いたずらをするとどうなるのか」という話題があるらしい。
なるほど確かに。子どもは、ただいい子で遊んでいるだけではない。時には、いたずらだってするだろう。
中身が大人なだけに、いたずらは悪いことだと認識している人が多く、進んでその悪いことをやろうとする人はそう多くはない。
それ故か、ゲームとしてその時にどんなペナルティがあるのか、という情報が入ってこないらしい。
「なんにもじょーほーがないから、きょうはそれをしにいくゆーたら、るなちゃんがいっしょにいく、ゆーてなー」
「そんなわけだからいくわよ!」
りんは知りたがりだから実験的に、るなは面白そうだからついていく、ということらしい。
その2人に対して俺は、
「わたしはぱすで」
「……わたしも」
と返事を返した。みづきも同じ意見のようだ。
「えー!そんなのつまんないじゃん!」
と、駄々をこねるるな。寝っ転がって、手足をバタバタさせて暴れている。
一応、中身はいい大人なのだから、あまり恥ずかしい動きはしないで欲しいのだけど。
「わがままいったっていかないからね!」
俺は、語気を強くるなに言った。
すると、るなはすごすごとその場を後にした。りんもそれについていく。
「……しんぱいだから、みにいこうか」
「……ん。ひーちゃやさしい」
そんなわけで、何をしでかすかわからない2人の、後を追うことにした。
こっそり追いかけるのは、それはそれで面白そうだと思ったのは秘密である。
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「とはいうけれど、いたずらってなにをしたらいいのかしら」
「そうやねぇ、ゆかとかかべにらくがきとか?」
「うーん、ありきたりでおもろくないんじゃない?」
そんなことを話し合っている、るなとりん。
それを、段ボールを被ってこっそりと覗く、俺とみづき。
「……またせたな」
「だれにいってるのそれ……」
「……だんぼーるをかぶるおじさんのげーむ、すき」
「そのげーむはしってるけど……」
なにか、認識が間違っている気がしなくもないけれど、あのゲームは有名だからね。しょうがないね。
そのままこっそりと、ばれないように近づいていく。なお、話し合いがヒートアップしていて、こちらには気づいていない様子。
あ、2人が移動を始めた。
「みづき、いくよ」
「……らじゃ」
段ボールをちょっと持ち上げて、ひょこひょこと移動する。ばれないようにこっそりと。
……NPCや他のプレイヤーには、笑われているような気がするけれど、ひとまず無視だ。構うものか。
るなとりんは、給食室の前で立ち止まった。
俺たちも、段ボールをばれないように近づける。
「ふっふっふ。ついにきたわね」
「ぬしもわるよのお、まさか、きゅうしょくのおばさんのどうぐを、かくそうとするなんて」
なんと!るなとりんは、給食を作るおばさんたちが使う調理器具を、どこかへ隠そうということらしい。
なんて悪い子なんだ!
俺はそう言って、手をぎゅっと握りこぶしにする。
「……ひーちゃ、はくしんのえんぎ」
「そういうことはいわないのっ」
ちょっとノリノリになってきた自分が、恥ずかしくなってきた。
「おじゃましまーす……」
そう言って、中に入っていくるなとりん。しっかり挨拶をして入っていくあたり、こっそりといたずらをするとは、なんだったのだろうか。
中に誰もいないことを確認して、調理器具の棚へと近づいていく。
俺たちも段ボールの中からそれを見守る。ドアが開けっぱなしだから、部屋の中が丸見えなのだ。
2人は麺棒を片手に、部屋を出ようとする。……そうだね、包丁とか刃物は危ないからね。
そこまでで、急にふっと視界が悪くなる。
どうやら、給食のおばさんたちが戻ってきたらしい。
そして給食室のドアは開けっ放しなので、当然2人が麺棒を持ち出そうとする姿は丸見えなのだ。
「こらっ!何してるの!」
おばさんの1人が、大きな声で叫んだ。
隠れている俺たちも、びっくりしてしまう。
「いたずらする悪い子は、おしおきだよ!」
叱り声も、大きく聞こえてくる。
おばさん達の足などで、るな達の姿は見えない。
けれど、ぺちん!ぺちん!という音と、叱って注意するおばさん達の声。それから、るなとりんが泣きながら、ごめんなさいと謝る声が聞こえてくる。
「……もどろっか」
「……ん、そうする」
俺とみづきは、段ボールを被ったままその場を後にした。
おもちゃなどがある部屋に戻って、しばらく遊んでいると、泣きじゃくった後の顔をした、るなとりんが戻ってきた。
2人は、そのままお尻を突き上げて床に突っ伏した。
「おしりいたい……」
「かんにんしたってやぁ……」
他のいたずらをしたプレーヤーも、こういった目にあっているのだろうか。
そうだとしたら、他の人に言いたくないのも納得できる。こんな醜態はあまり人に言いたい話ではない。
俺は2人の姿を見ながら、このゲームとは、なんて難しいことを考え始めるのだった。




