9話:すべってあそぼう!
いつも通りに仕事を終えて、いつものように家に帰ってきた。仕事をしている間の岬の様子もいつも通りで、これといった変化とかは見受けられなかった。
まるで、昨日一緒に出かけたのが、夢か幻だったんじゃないかと思うほどに。
「本当にあったことなんだよなぁ」
俺は布団の上に寝転がって、昨日買ったヘアゴムを手に取って眺めていた。
真っ白い、もこもこのポンポンがついたヘアゴム。特に意味もなく買ったそれは、皮肉なことに一緒に買いに行った相手の、名前のような物が付いていた。
「まぁ、だからなんだってことなんだよな」
俺は、ヘアゴムを机の引き出しにしまい、ドリームギアを被って、『ちゃいるど・はーと・おんらいん』にログインした。
ーーーーーー
「こんちゃ」
「あれ?りんひとり?」
ゲームにログインしてみると、いつもの集合場所にはりんしかいなかった。
考えられるのは、まだ誰も来ていないのか、それとももう勝手に行動し始めているのか。
「みづきちはうさぎごやで、るなちゃんは、ようわからんけどどっかいったで」
「……みづきちってなに?」
「あだな、かわいいやろ?」
みづきはみづきのままでかわいいから、変なあだ名はつけないでほしい。
そういえば、鈴宮の奴は昔から、そういう変なあだ名をつけるのが多かったっけ。俺も初めてあった頃は小日向からとって、コッヒーと呼ばれていた気がする。時間をかけて止めさせたのだけれど。
そうこう話しているうちに、みづきがほっこりとした顔をしてやってきた。
「……もふもふ、まんぞく」
とことこやってきたみづきに、近寄ってぎゅーをする。みづきも、ぎゅーを返してくる。
「みづきちおかえりー」
「……ただいまりーちゃ」
また、りんがみづきのことを変なあだ名で呼んだ。
「だから、へんなあだなでよばないでっ」
「……ひーちゃ、わたし、やじゃないよ?」
「みづきちもそういってるんやし、おこんといてやー」
そんな問答をしていると、るなもやってきた。……米袋や段ボールを持って。
「みんな!いくわよ!」
ーーーーーー
保育園から離れ、商店街を通り過ぎた、ちょっと離れたところに、少し大きな2つの山がある公園があった。
山は、大人であればそこまで大きくはないが、子どもの姿の今の俺たちからすると、まるで富士山のようだ。……さすがに言いすぎた気がするが、それぐらい大きく見えるということだ。
山の他にも遊具もあって、そこで遊ぶ子どもも、ちらほらといる。
「きょうはここであそぶわよ!この……おっぱいやまこうえんで!」
るなは高らかに宣言した。
そうか、今日はここで遊ぶのか、えーっと、おっぱいやま……
「って、うえぇぇ!?いまなんて!?」
「だから、おっぱ「ぴゃぁぁぁぁぁ!」
恥ずかしさのあまりに、奇声を発してしまう。
幼女に、女の子になったからだろうか。割と元からだったけれど、下ネタなんかは苦手なのだ。だから 、人前でおっぱいだとかいうのは、やっぱり恥ずかしい。
「もー、おっぱいぐらいはずかしくないでしょ。じぶんにもついてるんだから」
るなはそう言うと、俺の後ろに回りこんで、胸を弄り始めた。
無論、幼女なのでAもなく、AAというわけでもなく。何もない平坦なまな板があるだけなのだが。
けれど、何か胸を揉まれるーー弄られているだけなのだがーーのは、男ではできない、女の子特有のくっつきかただと言える。
それなので、俺がそんなことに慣れているはずもなく。
「にゃあああああああ!?」
さらに、恥ずかしい奇声をあげることになるのだった。
にゃあにゃあ言う俺の胸を、「ここか?ここがええのんか?」とむにゅむにゅするるな。かなりおっさんくさい。いや、中身はおっさんなんだけど。
助けを求めて、みづきとりんの方を見れば、みづきは自分の胸をぺたぺたと触り、りんはお腹を抱えて大爆笑していた。
「……こっちもみんなよりちいさいきがするの」
「あははははは!るなちゃんええでー!もっとやれー!」
とりあえず、りんは後で殴る。絶対にだ。
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るなを振りほどき、りんにゲンコツを振り落とし、みづきをなでなでして精神的に落ち着いてから、改めてるなに何をするのかを聞いた。
あの大きな2つの山ーー俺はおっぱい山とは絶対によばないーーに登って、米袋や段ボールで、そり遊びをしようということらしい。
それ自体は面白そうな遊びなので、早速山を登っていく。なぜかさっきから、胸をぺたぺた触るみづきの手を引きながら。
割となだらかなはずのその山は、幼女の身体にとっては、やっぱり急な坂道のようで。登るだけでも一苦労だった。
るなとりんは、競争しながら走って登って行った。上の方からるなの、「いっちばーん!」という声が聞こえてくる。……かなりぜーぜーといった声だったけれど。
少し遅れて、俺とみづきも山のてっぺんについた。
「ふわぁ……」
山の上から見える景色は、街を一望……とは言わないけれど、結構遠くの方まで見える。
「……あっち、ほいくえんある」
「うん、あっちのおおきいのは、でぱーとだね」
俺はみづきと、あっちに何がある、こっちはあれだと、指をさしながら景色を見ていた。
そんなことをしている間に、るなとりんは早速そりすべりを始めてしまう。
「きゃあああああ♪」
「ひゃっほー!……って、あ、ちょ、あにゃぁぁぁ!」
るなは綺麗にまっすぐ滑って行ったけれど、りんは途中でバランスを崩して、身体ごとごろごろと転がっていった。段ボールは吹っ飛んで行った。
若草にまみれたまま、横向きにごろごろと転がっていく。
見ていて楽しそうだったのか、みづきが真似をしようと、横になろうとするのを、汚れるからと引き留めた。
「りんー!だいじょうぶー!?」
俺は大きな声を出して、りんに無事なのかを聞いた。
りんはむくりと起き上がって、すごい大笑いをした。山の上まで聞こえてくる大笑いだ。そんなりんに、るなが手を差し伸べて立ち上がらせる。
とりあえず、怪我とかはしていないようだ。よくよく考えればゲームの中なのだから、怪我とかはしないだろうけれど。現実味が強いから、あんまり無理してると、本気で心配になるんだよな。
段ボールを回収して、るなとりんが走ってまた登ってくる。
「わたしたちもすべろうか」
みづきに声をかけて、2人で米袋にまたがった。みづきが後ろで俺に、ぎゅぅっとしがみついた。
そして、そのまま山を一気に滑り降りていく。
「わ、わぁぁぁぁぁ!」
「……ぎゅう」
顔に、すごい量の風が当たる。前に保育園の滑り台で滑った時とは、比較にならないほどだ。
終わるに連れてスピードも上がっていき、平坦な部分になってようやく減速していく。
そして、なんとか転ばないで滑り終わることができた。
「……たのしい」
終わってから、みづきがそう呟いた。
「じゃあ、もういっかいいこうか」
「……ん」
俺はみづきの手を握って、また山の上に登って行った。
ちなみに、おっぱい山公園はうちの近所に実在します。正式名称ではないですが、タクシーの運転手さんにも、「おっぱい山公園の近くで」と言ったら「あそこね」と返してくれるくらいには地元民に浸透しているようです。




