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8話:一体どうしてこうなったのか

  朝、そこそこ早い時間に目を覚ました。

  少し身体がだるく、寝足りない気がする。重たい身体を起こしてスマホで時間を確認する。


「まだ8時か……休みなんだし、もう少し……」


  そこまで考えて、昨日のことを思い出す。


「明日、10時に駅前集合っす。いいっすね?」


  そんな岬の言葉が、脳内で再生される。

  一体どうしてこうなってしまったのか、一緒に服を見に行くという約束を、後輩女子としてしまったのだ。酒の席だったとはいえ、どうしてそんなことになってしまったのか。

  しかしよくよく考えれば、相手は岬だ。あの、〜っすという残念な話し方の、1年近く仕事での苦楽を共にしたあの岬だ。なんてことはない、よく2人で挨拶周りや営業をしに行ったものだ。それの延長線上だろう。何を意識する必要があるというのか。

  そんなことを自分に言い聞かせながら、シャワーを浴び、髪を乾かし着替える。


「……だからって、スーツを手に取ることはないわな」


  岬と一緒だからといっても、今日は仕事じゃないのでスーツである必要はない。本当に、何を意識しているんだか。

  適当にジーパンとシャツを着て、深く考えないようにしながら家を出た。


ーーーーーー


  時刻は、10時になる10分程前。

  駅前は休日の人だかりで賑わっている。子供連れの親子や、手をつなぎ幸せそうに歩くカップルなど、人が本当に多い。

  いい歳して独り身の俺としては、何故か居たたまれなくなって帰りたくなってくる。そういえば母さんが、どこどこの誰々が結婚したとかよく言ってくるんだよな。同級生が結婚しているというのに、本当に居たたまれなくなってきた。いっそ、帰ってしまおうか。そんな時だった。


「先輩。待ったっすか?」


  すぐ側に、岬がいた。

  岬は、白を基調としたカーディガンとブラウス、薄いピンクの、膝丈よりも下の長めのスカートを履いてやってきた。

  普段とはまた違い、昨日のカジュアルな感じともまた違う服装に、俺はドキッとしてしまう。


「いや、今来たところだから」


  俺はそんな様子を隠しつつ、けれど柄にもなく、まるで、デートの待ち合わせでもしていたかのようなセリフを言ってしまう。


  「あははっ、そういうセリフ、似合わねーっすね」


  岬は、俺のその言葉に、お腹を抱えて大笑いしていた。


「う、うるせぇな。実際、本当に今来たんだよ」

「私は楽しみだったから、早く来ちゃったんすけどね。向こうのコンビニで、マンガ読んでたっす」


  照れくさそうに、岬はそんなことを言った。

  そんな風に言われると、俺も照れてしまいそうになる。


「さいですか」


  俺は岬の方から顔をそらしつつ、いくぞと言って、街の中を歩き始めた。岬もそれについてきている。

  俺たちの住むこの町は、都会というわけではないが、田舎とも言い難い、なんとも微妙な街だ。

  駅前の方には、ビル群やショッピングモールなど商業施設が揃っているのだけれど、その為とでも言うべきか、駅から離れるに連れて、そう言った施設が減っていき、古くからあった商店街も寂れてしまっている。

  なんとなく物寂しさはあるのだけれど、何か買い物をしようと思うと、結局駅前に出てきた方が何かと便利なのだ。

  そう言ったわけで、今日は駅前に来ているわけなのだけれど。


「先輩、これなんてどうっすか?」

「ん、いや、俺には派手じゃねーか?」

「うーん、充分似合うと思うっすよ?」


  俺は、岬から渡されたジャケットを羽織って着て見せている。

  あんまり着ない系統の服なので、自分には似合っていないような気がしてならない。


「やっぱり、俺には似合わない、かな」

「そっすか……残念っす」

「ごめんな、せっかく選んでくれたのに」


  俺は、岬に断りを入れてから、ジャケットを陳列棚へと戻す。

  ……何か、岬の落ち込みようが大きい気がするが、そんなに俺に、あのジャケットを着て欲しかったのだろうか?似合わないと思うんだけどなぁ。

  それからも、何軒か見て回ったのだけれど、俺がしっくりとくる服は見つからなかった。決して岬のセンスが悪かったわけではなく、俺が、着慣れていない服を着たくないという、わがままを言っていたからである。

  見て回っているうちに1時になってしまったので、服を断り続けている申し訳なさから、昼飯を奢った。ここぞとばかりに、チェーン店とはいえステーキを所望するその豪胆さには、見習いたいものがある。

 

「もう食べれないっす……あ、デザート頼んでもいいっすか」

「え、食えるの?食えないの?」


  結局、イチゴパフェまでしっかり注文して食べてからその店を出て、腹ごなしにその辺りをブラブラと歩いた。

  岬と話しながらも、いつの間にか入れ替わりでできた新しい店々を見て回る。

  へぇ、子ども服売り場も結構できたんだなぁ。レイネお姉さんの店の服はゲームの中だからあーいう大人の女性も着ているようなデザインかと思ってたけれど、普通に売っているもんなんだなぁ。あ、あれ結構かわいいんじゃないかーー


「先輩、やっぱり女性服に興味が……」


  横を見やれば、岬がドン引きした顔でこちらを見ていた。

  俺は思わず、何か言い訳のようなことを口走ってしまう。


「ち、違う!別に、そういう興味で見ていたわけじゃない!」


  あぁ、いったい何が違うと言うのだろうか。

  間違いなく、俺はあの服を、女児服を見てかわいいと思っていたじゃないか。けれど、それはゲーム世界で着るために考えてたことで……ってそれも言い訳になってない!


「あれは、そう!姪っ子にプレゼントするなら何がいいかなって思って見てたんだよ!」


  自分でも言い訳として苦しいのはわかる。

  ただ、これぐらいしか思いつかなかったのだ。


「そうだったんすか。てっきり、先輩が変態的な何かに目覚めてしまったものだとばかり……」

「……そうじゃない。そうじゃ、ないから」


  否定しきれないところがまた悲しいのだが、自分でもやましいところがあるのはわかっているので、それ以上は何も言わなかった。

  俺が少しうなだれていると、岬が腕を引っ張りその子ども服の店に入ろうとする。


「ちょ!?何しようとしてんだ!?」

「え、だってプレゼント選ぶんすよね?だったら私と一緒に入った方が、助言もできるし1人で入るより敷居は低いっすよ?」


  前提からして間違っているのだが、そもそも俺はこの店に入るつもりなど毛頭ない。

  けれど、ここで断ってしまえばそれこそ怪しくなってしまう。

  俺は覚悟を決めて、岬と子ども服売り場へと入っていったのだった。

  その時にそのまま買ってしまった、女児用のヘアゴムをどうしようかと悩むのはまた別の話。

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