7話:一息つこうか
「ほー……そんな面白そうなことがあったっていうのに、お前は俺を呼んでくれなかったわけか、そうかそういうことなんですか」
「いや、普通に怖かったし。それに、お前残業でイン出来ないって思ったから。そりゃあ呼ばないだろうよ」
「それでも呼べよちくしょー!」
お昼時の屋上に、月本の叫び声が木霊する。
うちの会社の昼休休憩は、どこでとってもいいのだけれど、俺と月本は屋上で買ってきたものを食べることが多い。
理由は、上司に気に入られてるのか嫌われているのか、休憩をしているというのに、呼びつけられて仕事を言い渡されるからだ。それも至急の。
いつだったか、蕎麦屋に入って、注文した瞬間に電話で呼び出しをされた事もあったっけか。あの時、蕎麦屋の店主がもう蕎麦を茹でてたのに、快くキャンセルさせてくれて、それ以来晩飯にちょくちょく寄らせてもらっているが、そういうのはもう勘弁なので、毎朝コンビニに寄っていく習慣がついた。
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
俺は手に持ったパンを口に頬張り、コーヒーで流し込む。
「お前……よくそんな食い方できるな……」
「慣れた。こうじゃないと、斎藤部長にいつ呼ばれるかわかったもんじゃない」
俺は食べるのは遅いほうだけれど、こうやって無理やり流し込むこともできる。……正直食ったというよりも、作業的に飲み込んだだけだ。
とやかく言う月本ももうすでに食べ終わって、タバコを吹かしている。
「今日、暇か?」
「なんだよ、急に」
まぁ、ゲームにログインするかどうかなんだろうかと思っていたのだけれど。
「暇なら、飲みに行こうぜ。昨日の残業でストレス溜まってんだよ。久しぶりに飲みたい気分だ」
「いや、お前いっつも飲みに行ってるじゃん」
まぁ、月本の言い分もわからないでもない。
俺は、普段そこまで酒を飲んだりはしないけれど、それでも無性に飲みたくなる時がある。 たまにはいいだろうと、俺は月本の案を了承した。
そんな時だった。
「先輩っ。今日飲むんすか?」
後ろから、アルトぐらいの高すぎない声が聞こえた。
振り向けば、後輩の岬が立っていた。
「おーす岬ちゃん。岬ちゃんも一緒に行く?主に俺が愚痴を言う飲みになるけど」
「うーん、月本サンの愚痴がなければ行きたいっす」
「それは俺も同感なんだがな」
「君ら俺に辛辣すぎじゃね?」
岬は、嘘嘘冗談っす、と笑いながら言った。月本の機嫌は良くないままだったが。
そんなわけで、岬も加わった3人で飲むことになった。……まぁ、明日は休みだし、たまにはこういうのもいいんじゃないかな。
「じゃあ、仕事終わったら着替えて集合な。スーツなんて着てられっか」
「同感。じゃあ9時ぐらいか?」
「そのぐらいっすかね。じゃあさっさと終わらせちゃいましょうっす」
自分たちの部署に戻りながら、月本と岬は今日の飲む場所はどこがいいなどと話していた。
……そういえば岬が屋上まで来るなんて珍しいな。わざわざ探しに来たのだろうか。……まさかな。いくら慕われているからって、それはいい方に考えすぎだろう。
俺は伸びを一つして、残りの仕事を片付けるために、自分の部署へと向かっていくのだった。
ーーーーーー
「『今日は、るなと飲みに行くから、インはできない。ごめんよ』っと」
仕事終わり、着替えて駅の前で待ちながら、メッセージアプリで、みづきとりんにメッセージを送った。グループメッセージになっているので、るなこと月本も見ているはずだ。
ピコン。とアプリの通知音が鳴る。月本が、謎のキャラクターが『今日は飲むぜ!』とジョッキを手にした絵のスタンプを貼り付けていた。
その後すぐにみづきから、『了解』と短くメッセージ。なんだか、かわいい猫のスタンプも一緒だ。
みづきらしい、かわいいスタンプを送るなぁ、なんてスマホを見ていれば。
「先輩、ニヤニヤしてキモいっすよ」
岬がそこに立っいて、後ろから話しかけてきた。
岬は、だぼだぼのパーカーを羽織って、下にはミニスカートとショートパンツが合体したような服と、ニーハイを着ている。
「キモいって言うなよ。地味に気にしてるんだから」
「先輩が気にしてるのは、怖がられてることじゃねーっすか。今のにやけ面は、イケメンがやっててもキモいって言うっす」
「辛辣だよなぁ……」
岬は物事をはっきりという、物怖じしない子だった。子という年齢でもないか?いや、本人の名誉のために年齢は伏せるが、俺よりは年下だから、子でもいいや。
なんにせよ、その物怖じのしなさに、俺が助けられたのもまた事実だ。
「月本サン遅くないっすか?」
「ケータイは見てるっぽいから、そのうち来るだろ」
当たり障りのない会話をして月本を待つ。そう時間が経たないうちに月本もやってきた。
3人で、いつもの店に入っていく。なんだか珍しく混み合っており、鈴宮もいたが忙しそうにしている。
「……これ、別の店の方がいいんじゃないか?」
「いや、予約取っておいた。奥の席空いてるからいこうぜ」
なんともまぁ、用意がいいことで。
奥にあるテーブル席に座り、まずは全員ビールを頼んだ。
「あれ、岬お前ビール飲めたっけ」
「先輩いつの話してるんすか。最近飲めるようになったっすよ」
「え、俺知らないんだけど」
そんな話をしている間に、すぐにビールは運ばれてきた。月本が乾杯の音頭をとる。
「んじゃ、かんぱいっ」
「かんぱい」「かんぱいっす」
ごくごくと、ビールを半分ほど身体の中に流し込む。
思わず、ぷはぁ、と息を吐き出した。
「先輩、おっさんくさいっすよ」
「実際おっさんだからいいだろうがよ。月本だって同じことしてたからな」
「月本サンは別にいいっす」
「岬ちゃん?お兄さんあんまり辛辣だと泣いちゃうよ?」
その後も、月本の愚痴を聞いたり、お互いに仕事がどうだとかそんな話をしていた。
いい感じに酔いも回ってきて、何杯目かの注文をした時のことだった。
「深い意味はないんだけどさー、岬ちゃん服のセンスいいよね」
「なんすか月本サン、褒めても何にも出ないっすよ。はい、砂肝」
「ちょろいんかっ、じゃねぇ!これ俺の注文したやつだし!」
まぁ、確かに。岬の今日の服装はかわいいと思う。あのゲームで、女の子の服を着ているからだろうか。何がいいとかは、多少わかってきたつもりだ。いや、多少どころじゃないな。あの店の店主のおかげで、並以上には詳しくなっていると思う。
俺は思ったことをそのまま口にした。
「いや、でも俺も岬の服、似合ってると思うぞ」
「ふぇっ!?先輩酔ってるんすか?砂肝食べます?」
「だからそれ俺が頼んだやつ……もういいよ……」
無理やり握らされた砂肝を口に頬張る。コリコリとした食感がたまらない。すまんな月本。
そんなことよりも。
「岬の服のセンスは、見習いたいものがあるって話だよ」
「え、先輩が女装するんすか……?」
ぶふっ、と月本が飲んでいたビールを吹き出した。噴出した水しぶきが、俺の膝にかかりそうになるのを、どうにか回避する。
「きったねぇな!」
「いや……だってお前が女装って……ぶふっ……」
いや俺だってないと思うよ。180cmのガチガチの大男が女装するのは幾ら何でもないと思いますよ。
けど普段似たようなことやってるじゃねーか。笑いすぎだろあんにゃろう。
「いや、岬。女装はしない。ただ、俺でも似合う服を選んでほしいな、なんて」
俺は知識は付いてきているけれど、自分の服のセンスに、そんなに自信があるわけでもなかったので、そんなことを口走ってしまった。
すると、岬は。
「じゃあ、明日見に行きましょうか?」
「は?」
唐突に、明日の予定が決まった。




