5話:みづきとどうぶつさん いち
休憩から戻り、報告書を纏めていると岬が話しかけてきた。
「先輩、お疲れっす」
コトリ、とマグカップが置かれる音がする。中にはココアが入っていた。
さっきまで眠たかったことを考えると、眠気覚ましには丁度いいのかもしれない。
「お、悪いな岬」
「いえいえ、自分が飲みたかっただけなんで、大丈夫っす」
「身も蓋もねぇな……」
そんなことを言いながら、ココアに口をつける。……甘ったるい、それでいて優しい味がした。どっちかっていうと俺の好みではないのだけれど、ひなでいるときなら、こう言うのも好きなんだろうなと思う。
「そういえば先輩聞きました?3課の方、新人が何かやらかしたらしいっすよ」
「3課って月本のところか」
「そっすそっす、月本サンのところっす」
どうやら、月本のいる部署の方でトラブルがあったらしく、岬の耳にまで入ってきたらしい。
ということは、今戻った月本はきっと大変な目にあっていることだろう。ご愁傷様だ。
「……そうなると月本はインできないのか」
「先輩なんか言ったっすか?」
「……いや、こっちの話だ。いいから仕事するぞ」
「さっきまでサボってた、先輩に言われたくないっす」
そんな冗談を言い合いながら、仕事に戻っていった。
ーーーーーー
「そんなわけで、きょうはるなはこないの」
「……りーちゃも、きょうはべつのとこでようじっていってた」
るなが来なくても、誰かしらいるだろうと思ってインしてみれば、みづきがいたので早速合流する。それから、るなが来ないということを伝えると、みづきもりんが来ないということを、聞いていたらしい。
「りんも、きてたの?」
「……きてた。けど、すぐどっかいっちゃった」
「そっかー」
とりあえず、みづきをぎゅっとしてなでなでした。みづきも、ぎゅっと抱きつき返してくる。
それから保育園の中で、絵本を読んだりとおとなしく遊んでいた。るなとりんがいないと、落ち着いた遊びができるというものだ。
しばらくすると、保育園の先生のNPCが部屋に備え付けられた水槽の中の金魚に餌をやろうとする。
それをみたみづきがスッと立ち上がり、とてとてとNPCに駆け寄り、裾を引っ張った。
「あら?金魚さんにご飯あげたいの?」
その問いかけに、みづきはコクリと頷いた。
そしてそのまま抱っこをしてもらい、水槽にパラパラと餌を落としていく。するとパクパクと金魚がそれに食いついた。それを、うっとりした目で見るみづき。なんだか、ほっこりするかわいさだ。
餌やりが終わったみづきが、NPCからクエスト報酬のぺたを受け取って戻ってくる。
「……まんぞく」
むふー、と鼻息をたてて言葉通りに満足そうな顔をしている。
「いっつもその『おてつだい』やってるもんね」
「……たのしい」
「きんぎょ、すきだよねぇ」
「……どうぶつさんすき、でも、ここはきんぎょさんしかいない」
「そっかー」
動物さんが好きなんて、かわいいなぁ、もう。なでなで。
みづきは、ゲームにログインするたび毎日、この『おてつだい』を行っている。いつもどこかへ移動する前に、この『おてつだい』だけは終わらせてから移動するのが、俺たちの暗黙の了解になっている。
そんなわけで、いつもの流れを済ませたわけなので、どこか行こうかと提案をした時に、それは起こった。
「あ、そこの水色の髪の子、ちょっと来てくれるかな?」
と、NPCから呼ばれたのだった。
今までも突発の『おてつだい』はあったものの、NPCからほとんど名指しで呼ばれるようなことはなかったので、これはかなり珍しい事象だと言える。
もしかしたら、これが同じ『おてつだい』を行うことによる、新しいクエストの発生なのだろうか。
呼ばれたみづきは、俺の手を取ってNPCに近づいていった。みづきのぷにぷにの手が、俺の手を包む。
「いっしょにいっていいの? みづきがよばれた『おてつだい』でしょ?」
「……ひーちゃと、いっしょがいい」
「うん、あなたも一緒でいいわよ。ちょっと付いてきてね」
そう言って、ちょいちょいと手招きをして、付いてくるようにもたらすNPC。
俺とみづきは手をつないで、そのNPCについて行く。
とてとてと歩いてついて行くと、保育園の裏側、あまり使われていない裏庭のようなスペースに連れて行かれた。
そういえばこの保育園のような施設は、園庭が正面にあって、保育園の建物があり、その後ろにほんの少し裏庭があって、後はずぅっと裏山が続く。
そのほんの少しの裏庭には、園長先生が趣味で畑を作っているとか、そんな噂だけが流れている。実際には、話にも上がらず、誰も行かないから、知る人がいないというだけなのだけれど。
ついていった先には、そこそこ大きな小屋が1つ。はて、あんな小屋あっただろうか。あれば何かあるんじゃないかと他のプレイヤーが検証していそうなものだけれど。
「最近やってきたんだけどねー、この子のお世話係、お願いしようかなって。毎日金魚の餌やりやってくれているし」
その中にいたのは、真っ白な、長い耳を生やしたぴょんぴょこと跳ねるうさぎだった。
「……ふわぁぁ……!」
みづきが、今までにないほどに興奮している。いつもは半眼の目が見開き、ブルブルと震えて、今にもうさぎに抱きつきにかかりそうだ。
NPCの保育園の先生が、うさぎ小屋のドアをキィっと開けると、みづきは一目散にその中へと突撃していく。
俺もワンテンポ遅れて、みづきについていくように小屋の中へと入る。
中には、真っ白なうさぎが数匹いる。
ぴょんぴょんと気ままに動き回り、時折こちらの様子を伺い、かと思えばあっちにぴょんぴょん、こっちにぴょんぴょんと跳ね回っている。
「うわぁ……かわいいねぇ……」
思わず声が漏れてしまう。この身体でいると、感情がすぐに表に出てしまうのが玉に瑕だ。……たぶん、悪いことではないのだろうけれど。
ぴょんぴょんと逃げるうさぎを、とてとてと追いかけて、なんとか捕まえて抱きかかえる。
ふわふわとして、やあらかい。抱いたまま眠たくなりそうだ。
「ふみゅう……ぎゅうー……」
一頻りぎゅぅっとしたらうさぎさんは開放してあげる。
みづきの方を見てみると、彼女もうさぎさんをぎゅぅっとしていた。
うさぎさんをぎゅぅっとしているみづきがかわいい。
「……うさぎさんかわいいの……こころがぴょんぴょんするの……」
「そうだねー……」
気持ちがほわほわして、何もかもがどうでもよくなってくるような、そんな気持ちにさせられる。
結構な時間を、小屋の中でうさぎさんをぎゅぅっとしながら過ごしていると、外に異変が起こる。
「えっ、こんなところもあんの?うわー!うさぎとかいるじゃん!」




