25話:買い物をした日に★
ある日の会社から帰宅する途中。
今日はなんとか定時で上がれた俺は、たまには違うものでも晩飯にしようかと、駅ナカにあるデパートに寄ってみていた。
食品はだいたい地下にあるので、俺もそれを目指して歩いているのだが、久々にここにきたのですっかり失念していたのだ。地下に行くまでの道が、ほぼ女性服売り場になっていて、なんとも言えない居心地の悪さがあることに。
駅の中は複雑に入り組んでいて、スムーズに地下へと向かう道もあるにはあるのだけど、とっさの思いつきで立ち寄ったために、そこまで考えも回らず。かといって、引き返すには中途半端な位置まで足を進めてしまっている。
別に、悪いことをしているはずではないのだが、場違い感というか、そんな感じが俺の心を支配してしまう。さすがに被害妄想が過ぎるのかもしれないが、なにせ180cmもあれば十分に大男なので、否応にも目立ってしまう。特に、こんな男性の通りが少ない場所では。
こんなところ、早々に通り過ぎてしまおうと、早歩きで足を進めると、人にぶつかってしまう。
俺自身はビクともしなかったのだが、相手の女性はその反動で倒れてしまった。
「いたっ」
「あ、すみません。大丈夫ですか」
倒れたその女性を起こそうと、しゃがんで手を伸ばせば、そこには、よく見知った顔がそこにあった。
「いったた……ほんま気ぃつけや……ってあれ、小日向くんやん」
「おう、鈴宮か。それはそうと、大丈夫か?」
鈴宮は俺の差し出した手を掴むと、グッと起き上がり、パンパンと埃を払う。
「ん。怪我はないし大丈夫や。けど、小日向くんはちゃーんと気ぃつけんとあかんよ?」
「……それは反省してる」
「うん。よろしい」
そう言うと、鈴宮はニッコリと笑顔を作った。この身長だと、大抵の女性は俺に対して上目遣いになるから、なんかずるいものを感じてしまう。
「それで、小日向くんはどしてここに?普段こっちきーひんやろ?」
「いや、たまに早く上がれたから、たまには違うもんでも食おうかなって」
「あー、それを急遽決めてこっちの方にきたんやね」
鈴宮は手を後ろに回しながらそう言った。事実その通り過ぎて、ぐうの音もでない。
「そうや!せっかくやし、荷物持ちしてもらおうかなー。うち、今日休みで、服見にきててなー」
「なんで俺がそんなこと……」
「あー、いったいわー、転んでお尻打ったとこがいったいわー」
「わかった!わかったよ!」
転ばせてしまった手前、強く出られないところが困る。こんなことならまっすぐ家に帰るんだった。
鈴宮の方を見れば、舌をペロリと出して、こっちやでー、なんて先を歩き出した。その姿にちょっとイラっとしないでもないが、今日はもう、何を言っても転ばされたことを言われるに違いないと思い、そのまま鈴宮についていくことにした。
「あ、これもお願いねー」
「おま、まだ買うのかよ!」
何軒かの店を周り、気がつけば俺の両手は鈴宮の買った服でいっぱいになっていた。色とりどりの紙袋を両手いっぱいに持たされ、なんというのか、気恥ずかしさでいっぱいだ。
そんな俺を気遣うことなく、鈴宮は先へ先へと歩みを進める。
「でも、それなら『買い物に付き合わされてる男』やから、そんなに恥ずかしくないやろ?」
「いや、こんな紙袋ばっかりで、これはこれで恥ずかしいんだけど……」
「わがままなやっちゃなー」
なんと言われても、恥ずかしいものは恥ずかしいのだから、こればっかりはどうしようもない。
結局のところそれを伝えたところで、俺の持つ荷物が減るわけでもなく、そのまま進んでいく。
すると、あるお店が目に止まった。
どちらかと言えば、全体的に子どもっぽい……というか、子ども服専門店のようだった。
その店先で、鈴宮が立ち止まる。
「おーい、そこに用はないんじゃないのか?」
「小日向くん気付かへん?このお店」
と言われても、別に子ども服売り場なんて行かないし、気がつくところなんてあるわけが……。と思って見直したところで、ショーウインドウに展示された1着の服に目がいった。
それは、黒のニーハイソックスに、白とピンクのグラデーションがかかったフリフリスカート、清楚に見えるピンタックブラウス、さらにマネキンに被されたカツラには、小さいひよこのヘアゴム。
いやいや、そんなバカなとおもったけれど、あれは、どう見たって。
「ひなちゃん……やねぇ……」
「言うな……言ってくれるなよ……」
そう、どこからどう見ても、俺がゲームの中で着ていた服と、完全に一致していた。ご丁寧に、俺のゲーム内での髪型そっくりのカツラまで被せて。
よくよく店名を見てみれば、大きく「レインボーダー」と書かれている。もしかしなくても、ゲーム内のあのお店のことだ。
「現実にあるんだな……」
「しかもなんや、結構人気みたいやで、ほら」
鈴宮の示す方の様子を見ていれば、「あのマネキンのセットを一式で」と言って、買っていく親子連れの姿が見えた。
「いやぁ、大人気やねぇ」
まるで他人事だと言わんばかりに、ニヤニヤと俺の方を向く鈴宮。
なんだか余裕そうにする、その態度が腹立たしくなってくる。
「うるせぇ、いいからもう行くぞ」
そう言って振り返り、歩みを進めようとすると、またしても道行く人にぶつかりそうになる。
しかし、なんとかギリギリでかわすことに成功した。
「とと、すみません」
「……大丈夫、です」
ぺこりと会釈をして、その女の子は足早に去っていった。もしかしたら急いでいたのかもしれない。なんだか、悪いことをしてしまったな。
「あかんでー、ちゃんと周り見ぃひんと」
「誰の荷物のせいだよ」
「まぁまぁ、ちゃーんと美味しいご飯ご馳走するから堪忍や。タイショーの」
「そこは嘘でも私の手作りとか言えばよかったんじゃねーの?」
そんなアホな会話をしつつ、まだまだ買い物は続くのだった。




