1話:ぷろろーぐ
「……何だそのタイトル、ふざけんのか?」
「いやいやいや、マジでこういうタイトルなんだっつーの!」
ようじょ・はーと・おんらいん。
会社の同期であり友人の月本健二に、前々から一緒にVRMMOをやろうと誘われていたが、昼休憩中にようやく誘われたそのゲームタイトルがそんなにもふざけた名前だとは思ってもいなかった。ふざけたというか、どこか気でも触れたとしか思えない、そんなタイトルだ。
VRMMOとは、仮想現実大規模オンラインゲームのことであり、まるで現実のような仮想空間の中で、例えば剣や魔法を駆使してモンスターと戦ってみたり、例えば鍜治や木工、裁縫をして自分専用の装備を作って生産プレイをしてみたり、というのが一般的なのだが、月本が提案したそれは少々、どころかかなり趣が異なったゲームだった。
予め言っておくが、俺、小日向悠介はロリコンだとか幼児性愛だとかそのような性癖はない。ないったらない。
俺の横で昼食を食べていた月本がスマホを操作して開いた画面を見せてくる。件のゲームの公式サイトのようだ。
「えーっと、何々?『自分自身が幼女となって、懐かしのおもちゃや遊具で遊びまわる。子どもの頃の心を取り戻そう!』? 完全にヤバい奴の趣向じゃねーか。さすがにこれは無い。ありえないわ」
「……俺も否定はできないけどな。これは無い、とは思うんだけれどだ。運が良いか悪いか、俺とお前の名前で、βテスターに当たっちまったんだよ。しかもドリームギアまで貰えるおまけ付き」
「うぇ、マジかよ。しかしドリームギアまで貰えるって奮発しすぎなんじゃ……そうでもないのか」
ドリームギアというのは、VRMMOというジャンルのゲームをするために開発された、ゲーム機本体のことだ。「仮想現実だなんて、まるで夢を見ているような機械だ!」ということから、こんな名前がついたらしい。
頭に被せて使い、様々な仮想体験を行うことができる、VRMMOを行う上で欠かせない機械だ。ちなみに1台あたり10万円もする、高額ゲームである。多少無理すれば買えない金額ではないが、簡単に買おうとは思えない金額だ。
欠点があるとすれば、貸し出しが効かないところか。使用にあたって、必ず個人認証をしなくてはいけないので、レンタルが一切不可なのだ。そんなものをテスターをするだけで貰えるというのだから、なんとも豪華なことである。
だがしかし……
「自分が幼女になるって言うのはなぁ」
自分で言うのもなんだが、俺自身はかなり巨漢であると言える。身長180cm、体重は75kgもある。決して太っているわけではなく、休みの日なんかはジムへ行って鍛えているので、筋肉が付いているのだ。そのせいか、元々の顔つきのせいか。俺は周りの人から怖がられる傾向にある。
顔つきも強面で決していいとは言えず、さらに人見知りの気があるので、初めて会った人なんかには、まるで睨んでいるような顔つきになってしまう。そのせいで、何度取引先の人を怖がらせ、上司に怒鳴られたことやら。
そんな俺が幼女になって遊びまわるようなゲームをするってうのが、すでにもう、おかしいだろう。そんなことを考えながら、昼飯用に用意したパンを口の中へと運ぶ。すると、月本が俺を説得するように話し始めた。
「ドリームギアを貰うためだと思って我慢しろって。1ヶ月のβテストだけやれば、後は好きにしていいんだからさ」
「けど、あれだろ?VRってたしか、性別を偽ったりとかできないんじゃなかったか?仮想空間技術は今注目されてる分野だから、進歩は凄いんだろうけど、あんまりにも現実と違う姿だと、精神に異常をきたすとかなんとか」
「それも含めてのβテストなんだろ?ドリームギアは保険金みたいなもんなんじゃねーの?一応制作会社の社内でテストも行って問題なくてβテストに移行ってことだし、まぁ、大丈夫だろ、うん」
おいおいと、軽く言ってくれる同僚に、何が大丈夫なのかと小一時間ほど問い詰めたかったが、昼休憩ももう終わりの時間で、生憎そんな時間はなく。
俺は少し悩んだが、けれど、ドリームギアは欲しかった。
1ヶ月、幼女ごっこに付き合えば、仮想現実空間で剣や魔法のRPGが出来るんだから安いもんだろうと。俺も月本のことは悪く言えないぐらいには、考えが軽かった。
「わかった。付き合ってやるよ、そのゲームに」
「そうこなくちゃな!物はもううちに届いているから、終わったら取りに来てくれ。その後ログインしようぜ。俺は昨日試しにちょっとやってみたから、色々教えてやるよ」
「わかったよ」
っと話しているうちに休憩時間が終わりそうだ。俺は急いで、手にしたパンを口に詰めて、残りの業務に手をつけるべく、その場を後にした。
その日の業務を全て終わらせて、その帰り道。月本の家に寄って、ゲームセット一式を受け取る。その際に、使い方や起動の仕方なんかをレクチャーしてもらった。そのついでにコンビニに寄って晩飯を買って帰宅する。
一人暮らしの家には誰もいないので、ただいまなんて言ったところで返事は返ってこず、薄暗い部屋だけが俺を出迎えた。さっさと晩飯を食べて、せっかくもらったそのゲーム、『ようじょ・はーと・おんらいん』のセットアップを行う。
なんだかんだと言ってみたが、結局のところ楽しみだったのだ。仮想現実というものが一体全体どういったものなのか。一度は体験してみたかった。決して幼女になることを楽しみにしていたわけではない。決して。
ドリームギアにインストールが出来たので、早速その機械を被り、ゲームを起動する。ゲームの起動音と共に、目の前にメニュー画面が表示される。
操作方法がよくわからないのでパニックになりそうになったけれど、落ち着いて月本の話を思い出す。
恐る恐る、自分の人差し指を空中の何もないところに、タッチするように動かしてみる。すると、ドリームギアが反応をしめし、空中には何もなかったはずなのに、アイコンに触れているような操作画面が見える。そのアイコンを、トントンとダブルクリックのように動かした。そうすると、そのアイコンが大きくなり、ゲームが起動する。
俺の身体が、感覚が、まるでゲームに吸い込まれていくような、不思議な感覚に陥ってしまう。完全にゲームの中に吸い込まれてしまったかのような、そんなことを思っているとどこからともなく、声が聞こえてきた。
「ようじょ・はーと・おんらいんへようこそぉ!」




