17話:仕事終わりに★
いつも通りの会社の昼休み。俺は屋上のフェンスにもたれかかりぽけーっとしていた。
そんなに高くないビルだけれど、それなりに街並みは見える。遠くに、全国チェーンの大型スーパーがそびえ立っている。日曜日には家族連れで賑わうあれだ。その手前には、昔ながらの商店街。もう何年もシャッターが開いてない店も多い。
そんな光景に、なんとなく寂しさを覚える。
「よっす」
「……おう」
月本がいつの間にか横にやってきた。
フェンスに背中を預けてもたれかかると、スーツの内ポケットから、タバコを取り出し吸い始めた。この会社で、唯一喫煙できるのが屋上なので仕方がない。
ちなみに、俺は昔からこのタバコの匂いが苦手なので、一度も吸おうと思ったことがない。俺が煙を手でパタパタと仰げば、月本が悪いと言って向こうを向いて煙を吹いた。
「この前は大変だったな」
「ん?あぁ、あの缶蹴りとか、アリスのこととかか。お前は大活躍だったから、別にいいだろ」
「まぁな」
なんで満更でもなさそうなんだか。月本はタバコを吸って一息ついて、言葉を続けた。
「ひなちゃんも、ずーっとアリスに追いかけられてただろ?あれはいいデコイだった」
「てめぇ今ひなちゃん言うなや」
俺は、割と強めに言った。無論恥ずかしいからだ。こんなガタイのいい男が、同じ男にひなちゃんなんて呼ばれてみろ。気持ち悪くて仕方がない。
月本は悪びれた素振りも見せず、悪いなと一言言って、ケラケラと笑っていた。なんとなく、いやに上機嫌にも見えるが、何かいいことでもあったのだろうか。
その後、他愛もない話をして、業務へと戻っていった。
「あ、先輩遅くなかったっすか?もうこっちの資料まとめ終わったっすよ」
そう言って、俺のデスクの隣の女性が、軽い口調で話しかけてくる。
彼女の名前は、岬眞白。俺の初めて持った後輩であり、この会社で唯一、俺とまともに話すことができる女性社員だ。
普通にしてれば、かわいい部類に入るのだが、「〜っす」という喋り方が、どこか残念な印象を与えてくる。ちなみにこの喋り方俺にしか使わないらしい。他部署で彼女の姿を見かけたときには、いたって普通な話し方をしていたし、もちろん俺以上の上司の前でも普通に話す。
理由を聞けば、「先輩みたいな強面の人には、こういう喋り方じゃないとダメだと思ったっす」なんて言いやがる。それだけが理由じゃない気はするが、何度聞いてもはぐらかされるので、聞くのはもう諦めている。
「ん、悪いな。じゃあ次こっちの資料頼むわ」
そう言って、俺は岬に書類の束を渡す。それを見るなり、岬はうんざりした顔をする。
「せんぱーい。これ量多くないっすかぁ?」
「バカ言え。俺が午前中に半分近くやって、その残りの更に半分なんだよ。いいから真面目にやれ」
「わかったっすよぅ……」
愚痴は垂れるものの、手元はテキパキと動かし続ける岬。仕事の能力は高いんだよな……ちょっと性格というか、俺に対する態度だけあれなだけで……。
とはいえ、今日の仕事量はさすがに骨が折れる量だった。全てを片付けた頃には、もう退社時間になっていたし、岬も疲れてクタクタな様子だ。
「おつかれ岬。飯でも食いに行くか?」
デスクに前のめりになっていた岬に、俺はそんな声をかけた。その言葉を聞いた瞬間に、ガバッと起き上がり、目を輝かせてこちらを向く岬。……そんなにお腹が空いていたのだろうか?
「ほんとっすか!?行く!行くっす!」
「っても、あんまり高いとこは無理だぞ」
「どこでもいいっす!あ、一旦着替えたほうがいいっすか?こんなことならもうちょっとお洒落してくるべきだった……あぁもう……」
岬がなにやらブツブツ言っているが、気にしないで帰る準備を手早く済ませる。その様子を見た岬が、慌てて身支度を済ませる。
「……いや、落ち着いて準備していいぞ?待ってるし」
「待たせるなんて悪いっす!もう大丈夫っすから!」
そう言って、俺よりも先に出て行こうとする岬を、俺は後ろから追いかける。
会社を出てちょっと歩けば、飲食店も何軒かある駅前へと出てきた。
「岬お前、なんか食いたいもんあるか?」
歩きながら、岬に尋ねてみる。岬は、人差し指を口元に当てながら、なにやら考えているようだった。
「うーん、私は何でもいいっすよ?……先輩と一緒だったら」
「え?なんか言ったか?」
「なんでもないっす!先輩は食べたいものないんすか?」
手をブンブンと振りながら、なぜか慌てだす岬。……うん、よくわかんねぇから放っておこう。
しかし、食べたいものと言われても微妙に困るな。見渡しても、チェーンの牛丼屋とかしか見当たらない。幾ら何でも、後輩女子をつれて牛丼屋はないなー、なんて考えてると、1件の店を見つけた。最近できたらしいラーメン屋だった。いやでもラーメンって、どうなのよって話なんだよな。
「先輩?……あ、あれ新しくできたお店っすよね。行ってみますか?」
「いや、お前がいいならいいけどさ」
他にいい店も見つからないので、岬と2人でラーメン屋に入っていく。……本当に良かったのかねこれで。