13話:ありす、しゅうらい!
「みづきー!」
「……ひーちゃ」
がしっ、ぎゅー!ぎゅ、ぎゅー!
「……あんたたちなかがいいよねぇ」
るなが呆れた顔で、頬杖をつきながらこちらを見ていた。
みづきと友達になってから、よくこうやって挨拶をするようになった。最初はみづきが一方的に抱きついてくるだけだったけれど、最近は俺も慣れてきてお互いにぎゅーってしてる。もちろん最初は恥ずかしかったけれど、こんなことこの姿でしかできないだろうと、開き直ってきていた。
るなにも紹介して3人で遊ぶようになった。紹介した時は、みづきが酷く人見知りしたものだけれど、るなの人当たりの良さというか、うまく引っ張ってくるお陰で、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
まずは、水槽の魚に餌をやってから、それから3人で遊んだり、お手伝いしたりと、充実した日々を送っていた。
3人で手を繋いで並んで歩く。真ん中がみづきで、両端に俺とるなだ。みづきはあまり顔に出しはしないが、腕を少しだけ振って、なんだか嬉しそうだった。
「みづきがちいさいから、まるでとらわれのうちゅうじんみたい」
るながそう言った。今時の幼女はそんなネタ知らないだろう。いや、別に本物の幼女ではないから知ってるかも知れないけれど。
「……ちいさくない。これは、あばたーがたまたまちいさいだけ」
いやいやみづきさん。自分で小さいって認めてるじゃないですか。完全に自分で小さいって言ってしまっている。これ以上やぶ蛇にもなりたくないので、これ以上つっこんだりはしないけれど。
とことこてくてく歩きながら、今日は何をしようかと話していると、突然、目の前を2人の幼女が立ちふさがった。なぜかバッチリとポーズを決め、ドヤ顔をしている。
1人が前に立ち、声高らかに話し始める。
「おーほっほっほ!ここからさきは、わたくしのりょうちですのよ!」
ローズゴールドの髪をふわぁっとなびかせて、青と白のエプロンドレスを着た幼女が、まるでどこかの悪役令嬢のような笑い方をする。
目の前には公園があり、その入り口を塞いでいる。はっきり言って、邪魔だった。
「そこはみんなのこうえんだから、だれかのものじゃないよ?」
「……そーだそーだ」
俺とみづきは、その幼女たちの主張を否定する。……るなの後ろに隠れて、顔だけをひょっこりと覗かせながら、相手の幼女たちへとヤジを飛ばす。キッと、ローズゴールドの髪の子が睨んできたので、サッとるなの後ろに隠れる。睨まれたらおっかない。
「……あのさぁ、いってることはりっぱなんだから、ちゃんとでてきていいなさい?」
だって人見知りですし!俺もみづきも、初めて会う人とか怖いですし!向こうの人偉そうだし!睨んできておっかないし!
「まぁ、わたしたちはこうえんであそびたいだけだから、ふつうにとおしてよ」
「ここをとおるなら、つーこーりょーをはらってもらおうじゃない!」
ピンクの髪のツインテールの子が偉そうにそう言った。ちなみにこのゲームにお金を譲渡するシステムはない。当然通行料など、払えるわけがない。
「いや、それできないし」
るなは冷静に言い返した。
ピンクの髪の子が、るなのそのセリフを聞くなり、ドヤ顔で俺たちの後ろを指差す。あるのは自動販売機だ。
「あっちで、じゅーすをかってきなさい!」
あ、命令口調だけど、どうすればいいか教えてくれるんだ。優しい。ってそうじゃない。それじゃあカツアゲと同じだ。
ふと見ると、ローズゴールドの幼女がこちらの顔をジロジロ見ている。なんだろうか。
「あなたたち、るなにひな?そうでしょう?」
「え?」
「そうだけど?」
俺たちは特に名乗ったりはしていない。そもそも、友達自体が少ないから名前がばれてる方に違和感がある。
「えーっと、なんでなまえしってるの?」
るなが、ローズゴールドの幼女に尋ねる。相手の子はなぜか慌てながら答えた。
「え?えーっと、あの、あなたたち、けっこうゆうめい、よ?いつもなかよしで、てをつないでほほえましいって」
そういう方向で有名なの!?攻略とか、情報共有の掲示板とかがあるのだろうか。今度そういうのに詳しい友人に聞いてみよう。鈴宮がそういうことに詳しかったはずだ。
「それはともかく!このこうえんであそびたかったら、このわたし、ありす・しゃるりゅ……しゃるるど・ふらんそわーずをたおしてからにしなさい!」
「かんだ」
せっかくこっちに指差してびしぃ!っと決めたのに、台無しであった。るなは、あんまり指摘してあげないほうがいいと思う。それから、みづきもすごい剣幕で相手を見ているけれど、それもなかなか怖いから、やめたほうがいいと思う。
ローズゴールドの幼女、ありすはこちらに指をさしたまま、顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。ピンク髪の子もおろおろしだした。メンタル弱いな!
「とりあえず、わかったわよ。で、どうやって、たおせばいいのかしら?」
るなが、片方の手をもう片方の手にパンチをして、ぺちんぺちんと音を鳴らしている。迫力のない音だけど、向こうの子が1人怯えている。効果はそれなりにあるみたいだった。
「しんぱいはいらないわ!れいのものを!」
そういうと、ピンク髪の子がありすに何かを手渡した。あれは缶コーヒー?ありすは缶コーヒーを受け取ると、それを口に含んだ!両手を使って、こくこくと缶コーヒーを口に含んで。
「うえぇ……」
そして心底苦そうな顔をした。半分くらいは、飲めずに出してしまっている。
「にがいぃ……あとのんでぇ……」
なんだこの茶番。本当に、何がしたいんだこの人。ピンク髪の子が、ありすから缶コーヒーを受け取ると、それを口につけ、勢いよく飲んだ。すぐに「うえぇ」って顔をした。って誰も飲めないんかい!本当に、とんだ茶番だ。
「ちょっと!あんたたちもてつだいなさい!」
なぜかぷりぷりと怒り出したありす。
ピンク髪の子が、とことこと、缶コーヒーを持ってこちらへとやってくる。有無を言わさずに、コーヒーを手渡される。仕方がないので、一口飲む。こ、これは……
「にがぁ……」
なぜかすごく苦かった。普段の俺であれば、ブラックコーヒーも飲めるのだけれど、やたら苦いコーヒーだった。
るなが、そんなばかなと言わんばかりに、俺の手からコーヒーをひったくる。そしてコーヒーを口に含むと、同じく苦い表情になった。
どうやら、味覚も子どもの味覚になっているらしい。たしかに昔はコーヒーなんか飲めなかったなぁ。そうしみじみ感じていると。
ごくごくごくごく。
「……ん、おいしかった」
この場にいる中で、一番小さい子が、一番大人の味覚を持っていた。