11話:ちゃぷちゃぷあそんで★
「はじめまして!わたし、るな!よろしくね!」
るなが、元気いっぱいに、握手を求めて手を伸ばした。
けれど、みづきは恥ずかしいのか、俺の後ろにすっかり隠れてしまっている。俺の服の裾をギュっと掴んで、なんとか顔だけはだして、るなの方を見ているけれど、まるで怯えたウサギのようだ。
「みづき、るなはこわくないよ」
俺は優しくなだめるように、みづきに声をかける。
けれど、やっぱり。みづきはそれ以上は動こうとはしなかった。
「あちゃぁ、これはひなちゃんよりも、じゅうしょうだねぇ」
「そんなことないしっ」
いくらなんでも、俺はここまではひどくなかったと思う。誰かの後ろにずっと付いて行ったり、恥ずかしくて誰とも話したりできなかったり……。あれ、俺も同じことをしていた気がする……。
「そんなこと……ないし……」
「いやいや、あったでしょ。ろぐいんしたばっかりのころとか」
「……ひーちゃ、どんまい」
なぜかみづきにまで、慰められ始めた。俺や、るなよりも小さい身体を、うーんと伸ばして、頭を撫でようとしてくる。
「ってちがうの!そうじゃないの!」
今日は、俺が慰められる会じゃない。るなとみづきの初顔合わせに来ているのに、なんで俺がいじられ役にならなくちゃいけないんだ。それで2人が仲良くなってくれたら、それはそれでいいのかも知れないけれど、みづきは隠れたままだし、いじられ損だったんじゃないのか。
「きょうは、るなとみづきがなかよくするのっ!」
あまりにも話しが先に進まないので、俺は地団駄を踏みながら叫んだ。
るなは、あちゃーと手を顔に当てて困り顔になり、みづきはビックリしたのか、目を丸くして驚いていた。
「ひなちゃん、どーどー」
「……ひーちゃ、おちついて」
2人になだめられ、ようやく落ち着いた俺。
ハッと気がついて見てみれば、いつの間にか2人並んで俺をなだめていた。みづきが、俺から離れてるなの横に立っていたのだ。
それを見た俺は、なんだか嬉しくなり、自分でもわかるくらいニコニコの笑顔になる。
俺の顔に気がついたのか、みづきは横を見てびっくりした後に、すぐにまた俺の後ろへと隠れてしまった。
「うーん、もうちょっとだったのに」
「そうねぇ、あ!そうだ!」
るなが何かを思いついたのか、とててててーと駆け出していってしまう。
しばらくした後に、NPCの先生と一緒になにやら荷物を持ってやってきた。あれは……カーテン?
「『おてつだい』うけてきたよ!」
用意されたのは、時期外れのビニールプール。まだ春先で決して暖かいとは言い難いこの時期に、なぜかビニールプールに水が張られている。
「なんでぷーるが?」
俺の疑問をよそに、先生は着々と準備を進めていく。水を張ったプールの中にカーテンと、液体洗剤を少量。
準備し終わったそれの中に、いつの間にやら靴も靴下も脱ぎ捨てていたるなが、チャポンと 足を沈めていく。
そしてそのまま、じゃぶじゃぶとその場で足踏みを始めた。じゃぶじゃぶちゃぽちゃぽと、なんだか楽しそうだ。
「もしかして、おせんたく?」
「そうよ?あなた達もお手伝いしてくれる?」
『おてつだい』のフラグが立ったのか、目の前に選択のウインドウが表示される。
「はやくおいで!」
と、るなも誘ってくる。
そんな誘いに、俺が断れるはずもなく。
すぐに『おてつだい』開始の選択をして、靴と靴下を脱いで、プールの中へと足を入れる。
やはりまだ気温が高くないこの時期に水は冷たく、けれど、じゃぶじゃぶと動かしていれば自然に身体も水の温度に慣れて、後は楽しさだけがそこに残る。
じゃぶじゃぶじゃぶじゃぶ、段々と洗剤が泡立っていき、ただ冷たいだけの水ではなく、洗剤の泡でプールはいっぱいになり、足にはほんの少し滑り気が付きまとう。
「なんか、くすぐったいっ」
「でもたのしー!」
小さい足をペタペタじゃぶじゃぶと動かしていると、横でずっと見ていたみづきがそわそわしている。
いつも通りの半眼だけれど、その目はどこか、楽しそうなものを見つけてキラキラしていそうな目だ。
俺は、そんなみづきに手を差し伸べる。
「いっしょにやろう?」
同時に、るなも手を差し出していた。
「はやくおいで!」
俺たちが伸ばした手に、みづきはそっと触れて。
「……うんっ」
それからは、3人で一緒に、ちゃぷちゃぷじゃぶじゃぶ。
みづきも、さっきまでの照れはどこへいったのやら、すっかり楽しそうに、その小さな足を動かしている。
しばらくじゃぶじゃぶしていると、るなが急に何かを思いついて、プールから出て行って、とてとてと走っていった。
すぐに戻ってきたるなの手には、何か細い輪っか状のものが握られていた。あれは……ハンガー?針金のハンガーを引っ張って、丸く形を整えたものだ。
「もらってきた!みてて!」
るなはそのハンガーを、プールの中に漬け込むと、ゆっくりと持ち上げた。
すると、薄っすらと泡の幕が出来上がり、それが1つの形を作っていく。
「……ふわぁ」
出来上がったのは、大きな大きなシャボン玉だった。けれど、1秒と持たずに、すぐに割れてしまう。パチン、と割れると、洗剤混じりの水が弾けてかかる。
「わわっ。おっきいしゃぼんだまだね」
「……るーちゃ、もういっかい」
みづきにせがまれ、るなはもう一回シャボン玉を作る。けれど、何回やっても、すぐに割れてしまってなかなか完成しない。
「ううーん、なにがわるいんだろ」
「なんだろうねぇ」
足元をじゃぶじゃぶするのを忘れて、何回もシャボン玉を作っていると、先生が近くにやってきた。
「あ、シャボン玉楽しそうだね。お砂糖入れると割れにくくなるみたいだから、ちょっと待っててね」
と言って、るなの足元からカーテンを回収して持って行った後に、シュガースティックを一袋持ってきて、それをプールの中に入れてくれた。
「せんせー、ありがとー!」
るなが大きな声でお礼を言う。俺とみづきも、ぺこりとお辞儀をした。
「遊び終わったら、プール片付けるから教えてね」
と言って、先生はその場を後にした。
砂糖のよく混ざった洗剤液は、さっきよりもシャボン玉が作りやすくなって、3人で楽しく遊んだ。
視界の左上に書かれた、『おてつだいしっぱい!』の文字に気がつかないまま、ずーっと遊んでいたのだった。