10話:乾杯の音★
「ほー、俺が事後処理で大変な目にあっているって時に、お前は幼女とイチャコラしてたってわけか」
「その言い方止めろ。相手の中身だって、俺らと同じ男かもしれないだろ」
月本は、手に持ったジョッキに入ったビールを煽るように飲んで、そんな愚痴をこぼす。
まぁ、月本がそんな愚痴をこぼしてしまうのも、わからないでもないのだが。幼女とイチャコラは不名誉すぎるだろう。……いや、ゲームの中では確かにしていたのかもしれないが、俺の姿も幼女だったし。邪なことはなかった。
そんな会話をしていれば、コトリ、とツマミの入った皿を置く音がする。見れば、店員の女性が、悪巧みでも思いついたかのような、嫌な笑顔でこちらを見ていた。
「うっわ、小日向くんそんなことしてたんかいな。ひくわぁー」
「し、て、ね、ぇ、よっ!」
俺たちの座るテーブルに皿を置いた女性店員は、そんなことを言いながらなぜか一緒に座りだした。呑気なことに他の店員にジョッキのビールを頼んでいる。勝手にツマミにまで手を伸ばし始めた。
「ねぇ、なんで勝手に座ってるの?お前仕事中じゃないの?堂々とサボってバカなの?ねぇ鈴宮?」
「いやいやバカじゃないし?タイショーからの許可もおりてますさかい?」
そんなバカなと店主のおじさんの方を振り向けば、親指と人差し指を合わせオッケーのマークを作っていた。意外とお茶目さんなのだろうか。
「というわけで許可出たやん!はい!かんぱーい!かんぱーい!」
そう言って、強引にジョッキをぶつけてくる鈴宮。その後すぐにビールを飲み干す姿は、流石だとしか言いようがないが、俺たち以上におっさんなんじゃないだろうか。
鈴宮蘭。エセ関西弁を話す、俺たちと同い年の彼女は、短めの髪を後ろで束ね、薄っすらと化粧をしているであろう顔はキレイ系の美人……なんだろうけれど、性格が非常に残念だった。
「ほらぁー、小日向くぅん、のんでるぅー?全然飲んでへんやんかぁ」
「飲んでる、飲んでるから。月本、なんとかしてくれ」
「しょうがねーなー。ほら、スズ、こっちこい」
「あぁんもう、月本くんのいけずぅ」
大学時代から、飲むとこうやって絡み酒をしてくる。その度に月本が面倒を見るのだが。今は月本に抱きつきながら、うだうだとクダを巻いている。月本は初めは抵抗して引きはがそうとしたが、その内諦めたようでさせるがままにしていた。結構大きめの胸が月本に当たっているが、羨ましいなんてことはない。決して。
「タイショーってば、いっつもこきつかうんやもんー。うちつーかーれーたー」
店主の前でそういうこと言っていいのかよ。こっそりと店主の様子を伺ってみれば、特に気にしていない様子で、何やら調理をしていた。魚の頭をズダン!と包丁……やっぱり怒ってない?
「おい、鈴宮……あんまりそういうこと言うなよ……」
「諦めろ、こうなったら、スズは止まらん」
月本はもう諦めモードで、いつ頼んだのか知らないが日本酒を猪口に注いで飲んでいた。飲んでいる姿は様になっているのだが、腰に抱きついている鈴宮のせいでどうにも締まらない。
「あ、そーだ」
抱きつくのを止めた鈴宮が、起き上がって、どこかへパタパタと駆けていく。月本は、ふーやれやれといった感じで涼しい顔だ。あいつよく抱きつかれて平気な顔してるよな……昔からやられてたとはいえ、俺がされたら未だにドキドキするんだけどな。
「なんでお前が恥ずかしそうにしてんだよ、似合わねぇなぁ、でかい図体して」
「いや、図体は関係ないだろ。お前みたいに女性経験が少ないだけだよ……言ってて悲しくなったわ」
「聞かされる身にもなれよ……」
そういえば月本は、大学時代結構彼女をとっかえひっかえしてたっけかな。半年以上持ったのを見たことない気がする。その割に、社会人になってからさっぱり落ち着いたけれど。
俺は1人いたけど、すぐに別れたな……。一緒にいても楽しくないって言われたっけ。緊張しすぎてまともに話せなかったから仕方がないのだけれど。
そう思うと、すんなりと話ができる鈴宮の存在はありがたいのかもな。普段はありがたみを全く感じないけれど。
そうこうしているうちに、鈴宮が戻ってきた。……大きめの機械を持って。
「じゃーん!実はこんなの手に入っちゃいましてん!」
そう言って持ってきたのは、俺たちも良く知る機械、VR専用機のドリームギアだ。まともに買うなら結構な金額がかかるはずだが、まさか買ったのだろうか。恐らく、俺と同じことを疑問に思ったのであろう月本が、鈴宮に問いかける。
「これ、まさか買ったのか……?」
「当然!……と言いたいとこなんやけど、実はこれ、βテスターでのプレゼントなんよ。いやー、ドリームギアまで貰えちゃうなんて、太っ腹な企業やねぇ」
なんとなく、嫌な予感がした。何か、すごく聞き覚えのある話だ。結構酒も飲んだはずなのに、酔いが覚める程度には。月本も同様のようだ。
「それ、なんて名前のゲームだ?」
「ひみつー!てゆーか、もうβテスターの受付終わってるし意味ないで?」
俺たちが知りたいのはそういうことじゃない!しかし結局。鈴宮はそれで何のゲームをやっているのかは言わなかった。もし、あいつがやっているのが『ようじょ・はーと・おんらいん』だったら最悪だ。バレたら何を言われてからかわれるかわかったもんじゃない。
ただ、そうそう知り合いがβテスターに当たるわけがないだろうと、次の日には気にせずログインをしているのだった。
――――――
その日の帰り道。
ちょっと飲みすぎたのか、足取りがフラフラとしながらも、どうにか住んでいるアパートにたどり着いた。
住んでる部屋が2階なので、階段を登ろうとした時に、反対側からやってきた人と鉢合わせた。それは俺よりも30cmは小さいんじゃないだろうかというような女性で、記憶違いじゃなければ、2個隣に若い女の子が住んでいた気がする。たしか最近引越しの挨拶に来ていたはずだ。
その子は俯いたままで顔は見えなかったが、ぺこりと会釈をした。俺も、合わせて会釈をする。
フラついた足取りで、転んで迷惑をかけるわけにもいかないので、彼女を先に階段を登らせるように、手でどうぞと先を促す。彼女はそれにもう一度会釈をしてから登りだした。
もしかしたら、彼女も何か飲み会だったのだろうか。俺よりもよっぽどひどくフラついた足取りは、見てるこっちがハラハラするようだ。
そんな矢先に、彼女がよろけた。すぐ後ろを登っていた俺は手を伸ばし、落ちないように彼女を支えた。
「……えと……その」
「とりあえずこのままじゃ危ないから。一回登ろう」
そう言うと、彼女はコクリと頷き、階段を登っていく。俺もその後ろをついていく。
登り切ると、彼女は改めてこちらを向き、けれど俯いて表情は見えないままに、お礼を言った。まるで、消え入りそうな声だったのでよく聞こえなかったのだが、いーよいーよと適当に返した。
その後彼女はすぐに自分の部屋へと帰っていった。俺もいい加減眠たかったので、自室へと入っていった。