運命の糸を染めれますか?
あらすじにも書きましたが、ネタ帳的意味合いが強いので、プロローグみたいになっています。すみません。それでも大丈夫だという方は軽く流し読みしてやって下さい。こんな設定の話が読みたいなあぐらいの軽い気持ちで書きました。
ぶちっ。
何かが切れる音がしたその日から、私にだけそれが見えるようになった。
それは赤かったり、ピンクだったり、青かったり、緑だったり、色んな色をしている。そして、人の小指に巻き付いて糸のように垂れていて、別の人の小指へ繋がっている。初めは意味が分からない現象に恐怖し、泣いたけれど、誰にこのことを言っても首を傾げるばかりで、疲れているのだと諭された。その時に、これは私にしか見えないことを理解した。
そうしてしばらく経って、これは『運命の糸』なのだという結論に至った。どうして運命の『赤い』糸ではないのかというと、何故か糸の色が赤だけではないからだ。観察をしたところによる、私の想像―――いや、私しか見えないので、私がそうといえばそれが事実になるかもしれないけれど―――によると、色によって『運命の意味合い』が違う。
例えば、緑色は友人――親友とも呼べる、深い付き合いを示す色。
青色は犬猿――仲がすこぶる悪いことを示す色。
黄色は家族――強い親愛の情を持つ、血の繋がった相手を示す色。
そして、ピンクは恋人を示す色、赤は生涯添い遂げる相手を示す色だ。
他にもあるけれど、ほぼこの五色で示されている。ピンクと赤の違いは、要は人生の中で付き合う相手のうちの一人か、結婚して一生傍に居る相手か、の違いである。
糸はほどけてなくなったり、まだ糸は伸びていないものの小指に絡まっていたりと色々あり、誰しも一つぐらいは糸の形跡が小指にあるものなのだ。しかし、当の私の小指には、一切合切糸の形跡が無い。まあ、自分のことはどうでもいいけども。
そんな感じで、私には他人の運命とやらが見えてしまうのだ、不本意にも。その運命がどこまで必然なのか、今までにそれが覆されたことはないし、私の知る所ではない。
▽
高校に入学して、半年も経ったある日。私の友人に――正確には友人の糸に――異変が起こっているのを見た。というのも、彼女の小指からは青い糸が伸びていた。相手は、彼女の幼馴染だ。現に、何度も彼女たちが口論しているところを見たし、幼い頃からあんな調子だと言う。むしろ、腐れ縁なのだと彼女は笑っていた。
その糸が、紫になっている。私は首を傾げた。「紫色の糸なんて、あっただろうか」と。
彼女に何かあったかと聞いても、特に何もないと返された。ただ、彼女は少々動揺していたので、何かあったのは間違いない。
それから一週間の間、私は目を疑った。紫に変色していた糸の色が、彼女の小指の方から、段々と赤色になっていっているのだ。その間彼女はやたらそわそわしたり、言ってしまえば挙動不審だった。何かあったのかと聞いても、何でもないよと誤魔化すばかり。その糸の先の相手――彼女の幼馴染の様子を見ても、こちらも何やら様子がおかしかった。
そしてそこから一週間が経った月曜日、友人から「幼馴染と付き合うことにした」と聞いた。彼女は照れ隠しのように視線をそらしながら、それでも幸せそうな顔をしていた。それは良い。友人の幸せは喜ぶべきことだ。
――――ただ、あの青かった糸が完全に赤色になっていることに、私は驚きを隠せなかった。
何があったのか、恋愛事に興味津々であることを装って彼女に聞いたところ、どうやら相談した相手とやらがいるらしい。曰く、彼女は元々彼のことを好きだったが素直になれなかった。そして、ある日この学校の『おまじない』を知り、それを実行して、両想いになったのだと。
その『おまじない』とは、旧校舎の二階、一番奥の教室にあるポストに、想い人に伝えたい気持ちを手紙にして投函する。そして、その気持ちが認められれば、自分の下駄箱にカードが入っているのだそうだ。そしてそのカードに記載されている場所へ行くと、恋を成功させる手立てをしてくれる人がいるというもの。その人が誰かを聞いても、それは教えてはいけないと言われているの一点張り。仕方ないので、私もその『おまじない』とやらを試すことにした。
▽
やると意気込んだのは良いとして、私には好きな人がいない。そのことに気付いたのは、レターセットを用意した後だった。我ながら、どうしてか抜けていた。
さて、どうしようか。悩んだものの、私の願いはその『おまじない』を実行している人間に会うことだ。ならば、恋愛事を書くよりは、むしろ相手を呼び出した方が良い気がしてきた。そうだ、そうしよう。
『あなたの運命を変える手腕には驚きました。
是非ともお会いしたく思います。
水曜日の放課後、旧校舎の屋上にて、お待ちしております。』
簡潔に書いて、私は旧校舎の一番奥の教室へ行く。中に入ると、古い教室には似つかない、新しいポストがひっそりと置いてあった。ちゃんとした郵便ポストというほど大きいわけでもなく、コンビニの店内に置いてあるような形状のポストだけれど。
さて、あとは水曜の放課後を待つだけだ。来なければ、それはその時に考えよう。私はそう楽観的に考え、教室を後にした。
▽
水曜日の放課後、私は教室を飛び出して、旧校舎の屋上へと向かった。旧校舎の屋上、本当は鍵がかかっているはずなのだけど、実はかかっていないことに気付いたのはつい一か月前、本当の偶然だった。
鍵がかかっていないように見えるドアを押すと、ギギギと嫌な音をさせながらドアが開く。
まだ目的の人物は、来ていなかった。
「いかにも、怪しかったし、来ないかなあ」
ぽつりと呟いても、誰かが返事をしてくれるわけでもない。私はのんびり待てばいいやと思い、柵にもたれるように、腰を下ろし、ドアの方をじっと見た。
しばらくそうして待っていると、またギギギと音を立ててドアが開いた。誰かが入ってくると思い、立ち上がって、じっとドアを見た。
ドアから顔をのぞかせたのは、特に見覚えの無い、男子生徒だった。授業でも関わることのない別のクラスの人間か、あるいは、先輩かのどちらかだと思う。男子生徒は眉間に皺を寄せて、こちらを見ている。いかにも不機嫌です、といった表情だ。
「俺を呼び出したのは、お前か」
「はい」
その言葉を聞いて、この人が目的の人物なのだと、来てくれたのだと安堵し、肯定した。すると、ますます不機嫌そうな顔になる。
「何が目的だ」
そう聞かれて、合点がいった。なるほど、この人にとって私は得体の知れない人間なのだろう。だから、私が自分に害のある者なのかを見極めていると感じた。
「手紙に書いてあった通りですよ。目的といえば……どうやって、険悪な二人を恋仲にさせたのか、方法が気になりますね」
「お前が気にすることではないだろ」
あくまで相手は私と話をする気はないらしい。
「それが運命を変えたから気になります。と言えば、貴方はどう思いますか?」
だから、私は踏み込んで聞いた。すると、少しだけ眉間の皺が無くなった。
「どういう意味だ」
糸の色を変えたこの人になら話しても大丈夫かもしれない―――促されるままに、数年ぶりに、自分が見えるおかしなものについて口にした。
「私、運命の糸が見えるんです。小指に絡まった糸。時にそれは伸びていき、他人の小指と繋がっています。糸には色があって、色には関係を意味する色があるんですね。私の友人の小指には、青い糸が絡まっていました。彼女の幼馴染と繋がっている、険悪を示す青い色です。それがある日から、赤色に変わっていきました。そして彼と恋仲になった彼女は、『誰かに手助けしてもらった』と言った。糸が切れて新しくできることはあれど、色が変わるなんて初めての体験です。だから、貴方が彼女たちの運命を変えたと私は考えた。―――どうですか?満足いく回答だったでしょうか」
信じてくれるのか、頭が大丈夫かと心配されるか、ばかげていると笑われるか、あるいは憐れまれるか。どんな反応をされるだろうと伺ってみても、目の前の人は何も言わない。しばらくそうして沈黙が続いたあと、ようやく口を開いた。
「――――なるほど、面白い」
それは、初めて聞いた、『運命の糸』に対する肯定の言葉だった。
▽
そのまま私は有無を言わさず屋上から連れ出され、特別教室棟の三階にある、科学準備室へと連れてこられた。移動中、何を聞いても「大人しくついて来い」の一点張りで話にならなかったので、私は聞くことを諦めた。
「おかえり~……って、お持ち帰りしてきたってことは、当たりだったの?」
科学準備室に入ると、これまた見たことない男子生徒が寛いでいた。
「ああ。面白かったから良いだろうと思ってな」
「へぇ。ちなみにどんな?」
「他人の『運命の相手』が見えるんだとよ」
「それは面白いね」
私を放置して、二人で楽しそうに喋っている。『運命の相手』という表現は引っかかったけれど、確かに運命の糸が繋がっている相手なのだから、運命の相手とも呼べるなと納得した。
そうしてしばらく何も言わずに待っていると、元々教室にいた方の男子が、改めて私に向き直った。そして、話を始める。
「さて。じゃあ此処に来たということで、君に俺達がしていることを教えようか。俺達はね―――――」
彼が話した内容は、私の運命の糸並にファンタジーな内容だった。
彼らは、とある『縁結びの神社』の人間の血を継ぐ者。ただ、その血を継ぎながらも、彼らには『縁』が無いらしい。無いというよりは、無くなったというのが正しいらしいが。そして、その縁とやらを取り戻すために、他人の縁を結んでいるそうだ。結果、あの『おまじない』をしている、らしい。おまじないの手紙を読んで、当人を見てから、想い人の間に縁を感じた者を選んでいるだとかなんだか言っていたが、それはよく分からない。というより、かみ砕いて説明してもらったけど、よく分からなかった。
「――――というわけで、君は今日から俺らに協力してくれるんだよね?」
「……はい?」
待って、今言われたことの方が、もっとよく分からない。協力?はて、私はただ興味本位で関わっただけなのだけれど。
「ここまで話を聞いておいて、今更興味本位でしたとか言うなよ」
屋上で会った方の人からも、追い打ちがかけられる。というか、どうして私の考えていることが分かった。
「仲良くしようよ。ね、まずは自己紹介からだ」
――――そうしてあれよあれよという間に、勝手に彼らの仲間になっていたのだけど、これも運命というやつなのだろうか。それならば、非常に、不本意である。