Chase me!
しくじった。
狭い倉庫の中。煌びやかな宝石が月光に反射する。それは私が持っていた宝石たちだ。
警察の目はすべてかいくぐったと思っていた。なのに。
「やっと捕まえた」
目の前に立つ若い男。迷わず私の手を取って言う。
目立つ金髪を隠していたフードもとられてしまった。顔を見られるのを避けようとしてうつむくと、それにも月光が反射して、鈍くきらめいた。
彼は、毎回毎回、私の犯罪を担当してる、警察の一人。
どんな人間でも迷うような山奥でも、迷路のように入り組んだ町並みの中でも、誰よりもしつこく追いかけてくるひと。変なひと。……私にとって、どこか、特別な、ひと。
そんな彼は、「もう行動パターンはお見通しだ」と言わんばかりに、私が潜もうと決めていた倉庫にいたのだった。
捕まれた手が、逃がさないという彼の思いを伝えてくる。
私はそんな彼を半笑いで見上げた。顔を見られるのなんて、結構今更な話だし。
「もう観念しろ」
彼の深緑色の髪が、汗で首筋に張り付いていた。
誇らしげな顔で宣言する彼に、私は一言。
「……捕まえたなら、手錠はしないのかしら?」
「……っ!」
彼は息をのみ、私から目をそらし、挙動不審になった後。
「……諸事情により、手錠はない。援軍がくるまでお前を逃がさないからな」
どうやら忘れてきたらしい。とんだ間抜けね。
ふ、と思わず笑うと、彼は苦い顔をしてまた目をそらした。
いつ来るかもわからない援軍を待っている間、窓際で待つことにしたらしい。彼は私の手を握ったまま、窓際の床に座った。仕方なく私も座ることになる。
床、というが、倉庫だからほとんど地面だ。よくて石畳。ほこりっぽい。
少しだけ身じろぎすると、手にぐっと力を込められた。
男らしい、しっかりとした手が、私の手を握る。
「……そんなに強く手を握らないで」
「こうしないとお前は逃げるだろう」
手を握る、っていうのは茶化したつもりだったのだけど、通じないみたい。
……えぇ、そうよ。逃げるわ。
だってそうすれば、あなたが追いかけてくれるもの。
「まったく、そう言われて簡単に離す奴がいるか」
でも、心のどこかで、離さなくていいって、今のままで、もしくは今まで以上に、手を握っていればいいと思ってる。
捕まれた手首が熱くて。
あぁ、変な気分。
さっき茶化したのも、女と手をつないでるってことを意識してほしかったんだけど、馬鹿まじめだから無理らしい。
きっとあなたは、これっぽっちも気づかないのでしょうね。
意識してるのは、私。
「……捕まるわけにはいかないのよ」
だって捕まってしまったら、それで終わり。あなたはもう追いかけてくれないし、この手だって離れてしまう。
もし牢獄行きになって、向かいの檻に変態の男が住んでいたら、それの相手になっちゃうじゃない。……二度と、あなたにあえなくなるじゃない。そんなの死んでもごめんだわ。
「……お前にどんな理由があるのかは知らないが、犯罪はするもんじゃない。罪を重ねると死刑になるかもしれないんだぞ」
……真剣な顔で諭すのね。そうまでして、一つの命を救いたいの?
きっとあなたは、相手が私じゃなくてもそう言うわ。それじゃあ駄目なのよ。私は所詮、彼が追いかける犯罪者のうちの一人、なんて。
「別に、死ぬことなんて怖くないわ」
「……強がりはよせ」
とがめるような彼の言葉に眉をひそめる。強がりなんかじゃない。
死ぬことは怖くない。そんなのどうでもいい。
いつかの自分の命よりも、今、彼に追いかけてもらうことの方が、大事だわ。
どうせ犯罪者と警察なんて結ばれる訳ないんだから。だったら、追いかけられて、逃げて、そんな関係が続く方がいい。
「今ならまだ、五年ぐらいの懲役ですむはずだ。だから早く」
わかってないわね。それじゃあ意味がないの。五年もあなたに会えなくなるの?
彼には追いかけてほしいけれど、捕まりたくはない。近くに行ってみたいと思うけれど、捕まってはいけないの。
捕まったら、私と彼の距離はよけいに離れてしまう。近づくことで、遠くなる。
捕まったとき、私が行くのはあなたの隣じゃない。牢獄でしょ。それじゃあ、何の報いにもならなければ、たとえ刑が軽かったとしても嬉しくはない。
だから、私は捕まらない。捕まりたくないわ。
「……嫌よ」
立ち上がって、ぐっと、手を引いた。でも、私の力を凌駕する彼の力が私の腕を逃がさない。
……その力強い手は、離れてほしくないと、切実に思うけれど。
「いいや、絶対逃がさない」
彼も立ち上がって、強い意志を持った目が、私を見る。
……その漆黒の目に映っているのは、私じゃない。仕事のことね。もしくは、使命感かしら。
どうでもいい。その目に一度、ちゃんと映ってみたかった。犯罪者の一人じゃなくて。捕まえるべき対象の一人じゃなくて。
私。あなたのことが好きな、私として。
嗚呼、いっそのこと、この時間が無限に続けばいいのに。
捕まりかけている、この短い距離感。私を逃がさないその手。追いかけられ、逃げる関係で、最も近い距離。
嗚呼、きっとこの距離でも、あなたは気づかないんでしょうね。……気づけないんでしょうね。
……少しだけ、伝えてみたいわ。気づいてほしいわ。
あなたは、どんな反応をしてくれるの?
「……わかったわ。もう、逃げないわよ」
そう言うと、ほっとした空気とともに、私の腕を押さえていた力がゆるんだ。……まったく、お人好しね。
瞬間、私は彼の手から腕を引き抜いて、彼の首へと手を伸ばす。
「なっ、お前……っ!」
そして、抱きついて。
彼の頭を抱えるようにして、ぐいっと引き寄せる。
間近にある、彼の驚いた顔が、滑稽だった。
至近距離、私は目を閉じて、彼の唇と、私の唇を、軽く触れあわせた。
「…………っ、な、何を」
私がゆっくりと彼の頭を離して距離をとると、彼は呆然と私を見ていた。
さすがに気づくわよね? これで気づかなかったらただの馬鹿だわ。
……さりげなく解放してしまったことも、彼は気づいていないようで。
「……離してくれてありがとう。私は忙しいから、もう行くわね」
窓の桟に手をかけ、夜の空を仰ぐ。
床に落ちている宝石は、仕方ないわ。今回はあきらめることにする。
と、のんびりと行動しているのに、彼は固まって、呆然として、動かなくて。
そんな彼に、笑いかけた。
「さよなら」
また、追いかけてね?
夜の街。街灯も灯らない真っ暗な街を、私は駆ける。
彼に握られていた手はまだ熱い。
ついでに顔も、耳も、熱い気がして。
夜のひんやりした空気が、少し心地よかった。
1時間でノリだけで書き上げた走り書き小説でしたが、読んでいただきありがとうございました!
評価やアドバイスをよろしくお願いいたします!!