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ある日の話

元旦、

作者: 九条 隼

「やっと、見つけた……」

足の力が抜けて、気付けばその場に膝をついていた。


荒い波の飛沫が飛ぶ崖。

立ち入りを禁じる柵を越えて、どれほど歩いただろうか。

そこは、決して観光地になどなれるはずもない、荒々しい場所だった。


『死ぬ前にさあ、ひっろい海を見たいんだよね』


いつだったか、赤い髪を揺らしたその人はそう言った。

別に大した意味があったわけでもないのだろう。彼女は聞き返す俺に肩を竦めただけだった。

広い海。

彼女が言うくらいならばきっと、地平線でも見えるんだろうな。

漠然とそう思った。

しかしそのこともすっかり忘れていて、思い出したのはつい最近だ。

流石にそんなはずはないだろうなんて思いながらも、気まぐれなあの人のことだとどこか確信めいた勘が突き動かした。


『死ぬ前にさ』

今ならわかる。

そういった時、既にその短命を悟り受け入れていたんだということに。



ああ畜生、そんな簡単にあきらめないで欲しかったよ。

いつも笑みを絶やさない、不敵な人。俺じゃ到底できないことも片手間にやってしまうような嫌味な人。秘密主義で、俺にいろいろなことを教えてくれた人。

目先の十字に組んだだけ木を見つめていると、泣けてきた。

いつのものなんだろうか。

一体どれほどの時間、眠っているのだろうかーー

固定する針金は錆びているし、木は腐りかけている。

きっと、随分と昔だろう。恐らく……そう、あの日からそう離れてはいないくらいの。



『まださあ、能力者はきらい?』

いつもどおりヘラヘラ笑ったまま、世間話をするようにあのひとは言った。

息を切らして仰向けに倒れたまま目だけを動かしてその人を見上げた。体を動かす力は出なかった。その日もありえないほど扱かれ、自分の力の無さに打ちひしがれた。このままではいけないと、もっと力をつけなければこの人の息を乱すことさえできないと悔しくて。

だから突然そう言われて、何も言えなかった。

『実はーぁ』

しゃがみこんで、首をかしげて。

手でキツネを作って、それを俺の耳に近づけて。

囁くように、毒を注ぐように。


『ーーーー』


その時俺は何と言っただろうか。

昔は忘れることなどできなかった固執を、何と言っただろう。




ああ、そうだよ。


あんたのせいだ。



あの地獄を、俺だけが覚えていた。


燃え盛る人を。


砕かれる家を。


踊る猛獣を。


凍る雨を。


歪む空を。



たった一人、俺だけが。



忘れてはいけないのに。


なのにいつの間にか、こんな腑抜けになったんだ。


馬鹿みたいな目標を作る毎日によわされたんだ。



あの時は泣けもしなかったのに。



あの時は悔しいだなんて思いもしなかったのに。



ああ、全部あんたのせいだ。



人の人生狂わせておいて、なんでこんな粗末な墓に甘んじてんだよ。


悪役ならもっと、豪勢にすればいいのに。


あんたならそれをできただろう?


人心をいともたやすく操れるようなあんたなら、短命な哀れな少女として自分の好きなようにできただろう?


あんたはこんなとこで人知れず息絶えるような人間じゃない。


一体どれだけの人間があんたに救われたと思う?


一体どれだけの人間があんたの力になりたいと思っていたと思う?


一体どれだけの人間があんたの傍を羨んでいたと思う?







ああ、畜生。



何なんだよあんた。



なんでこうも、最後まで振り回されてんだよ、俺。






『復讐なんて忘れちゃった?』


悪巧みがうまく行ったようなそんな意地の悪い笑みが、頭から離れない。

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