第2話
[ビーストを育てたいです。]
[戦うのはあまり得意ではないです。]
[広告のキャラクターが可愛かったから、興味がありました。]
それがムラサキの目的らしい。なるほどのんびりプレイ希望のユーザーか。決して悪くない。バトルやダンジョン攻略等と比べると刺激は少なくはあるがあくまで比較すると、という話だ。癒し目的でも飽きさせない要素はちゃんと用意してある。
『ふむふむ』
『最初のビーストはどの子にしました?』
[クリュソマロス]
[です。]
ゲーム開始時に、最初のお供ビーストを一体選ぶことができる。クリュソマロスは平たく言えば金色の羊で、攻撃は弱めだが状態異常などのデバフや味方へのバフ要因として選ばれることが多い。モコモコとしていて見た目が可愛らしいので、女子人気が高い。大体四番目くらいか?
ゲームの目的といい、選択キャラクターといい、ムラサキはもしかしたら女性かもしれない。断定するにはまだ早いけれど、なんとなくそんな感じがする。
『いいですね~』
『ムラサキさんの髪もフワフワですもんねw』
ここでアバター弄りの小粋なジョークを挟む。アフロにしているということは突っ込み待ちなんじゃないか? これで相手の出方を窺う。まさかこれで機嫌を悪くするようなことはないと思うけど。
[w]
[そうですね。]
……よし。ちょっと淡泊な気はするが一応セーフ判定。これまた予測だけど、おそらくこういうチャットにも慣れていないんだ、きっと。うん。毎回わざわざ律儀に句点つけてるし。
さて、声をかけたはいいけどどこまでサポートしようか。一口に育成と言っても色んな道筋がある。ビーストを着飾ってコンテストに出場したり、レースに参加したり一緒に働いたりエトセトラ。
何にせよ、ある程度レベルは上げておいた方がいいだろう。レベリングにはいくつか方法があるが、最も手っ取り早いのはハント。次にミッションかトレーニングだ。
『もし予定が空いていたら、一緒にミッションやりませんか?』
『もちろん、よかったらで大丈夫です!』
バトルが苦手と言っていたが、経験者がいれば幾分か負担が減るのではないだろうか。普段は姫プされている俺でも、別に戦えないわけではない。ソロでダンジョンに潜ることもあるし、中級者を名乗るには十分だと自負している。
まあ、全体の実力でいえば下の上……良く言っても中の下なんだけど。でも初心者の手助け程度だったら問題ない。
戦闘を徹底的に避けたいということであればトレーニングという手もあるし、俺からの提案はあくまで選択肢の一つ。断られたらここでサヨナラの予定だ。介入しすぎはウザいと思うしね。
さて、ムラサキはどう返答するか。
[ありがとうございます。]
[よろしくお願いします。]
良かった、余計なお世話ではなかったみたいだ。
もしかしたら断れなかっただけかもしれないけど、それでも着いてきて良かったと思ってもらえるよう俺も手を尽くそう。
――それからいくつかミッションをこなして、たわいない会話をしながら簡単な手ほどきをした後は俺がログアウトする形でその日は終えた。
打ち解けたかと言えば多分そんなことはない。まあ初めてなんてこんなものだろう。社交辞令として『ではまた!』なんて言って別れたけれど、果たして次に会うのはいつになることやら。
俺のログイン頻度は不定期だし、いない間に向こうにも新しい出会いがあるだろう。無職で放浪したい俺と育成をしたいムラサキでは目的が違うし、今後交わることはないかもしれない。まあ、すれ違った時に軽く挨拶するくらいかなと予想する。
最低限初歩的なことは教えられたし、面倒をみる約束をしたわけでもないのでそれでいい。
そもそも、ムラサキがこのゲームを続けるかどうかもわからない。出会って以降交流の途絶えたユーザーなんて、俺の一年に満たないプレイ日数でさえ二桁は確実にいる。
だから俺は、この出会いを大して特別なものなんて全く思っていなくて、初心者に良いことをしたような気分に浸れてその日はおしまいだったわけで。
けれどムラサキとの再会は、俺が思うよりも早いものだった。
それは俺の次のログイン時。より具体的にいえばあれから三日経った夜のこと。ログインしてすぐに、フレンドからのメッセージが飛んできた。
それ自体は珍しいことでもない。俺……もとい「こすもすちゃん」を可愛がっている男からミッションやダンジョンや時にはデートのお誘いだったり、レアリティの高い素材を融通するといった連絡をもらえたりする。人気者だね。
ただ今回はそういう類ではなく、相手はムラサキだった。そういえば前回一応フレンドになったんだった。おそらく通知で俺のログインを知ったのだろう。自分は通知切ってるからその機能をいつも忘れてしまう。
[こんばんは、ムラサキです。
先日は本当にありがとうございました。
お手すきの際に、ハントにご同行いただけますと幸いに思います。
こすもすさんのご都合次第で構いません。
突然申し訳ありません。]
「かっっっっっった……!」
思わずそう声を出してしまう。翻訳機能を通した? と聞きたいレベルの文章構成だ。こういったゲーム内ではあまり見ない文体に小さく笑ってしまう。俺が思っている以上に丁寧な人なのだろうと、なんとなく人物像が少しだけ浮かぶ。
しかしハントの誘いが来るとは。手っ取り早くレベルを上げたい理由があるのか、それともバトルの楽しさに目覚めたか。とりあえず返事を出すことにしよう。
『ムラサキさんこんばんはー!』
『お誘いありがとうございます^^ 予定ないのでいつでも行けますよ!』
それから俺たちは合流したわけだが……そこで驚いた。
ムラサキの装備がだいぶ整っている。見た目だけで言えば女騎士とか戦士とかそれっぽい。とりあえず俺よりよっぽど格好ついている。俺が可愛さ重視なせいもあるけど。
何よりも三日前の初期アバターと同一人物とは思えない、大きな変化があった。
『装備めっちゃ潤ってません??』
『アフロじゃなくなってる!?』
そう、あの特徴的なアフロ頭じゃなくなって、金髪ロングオールバックの凛々しい姿に変わっていた。正直、ムラサキという名前表示がなければ気が付かなかっただろう。三日で変わりすぎだって。
[すみません。]
[かっこいいと思って変えました。]
『なんで謝るんですかw』
『めっちゃ良いですね~!』
『bb』
アフロは一発ネタだったのかな。話を聞いてみれば、あれから毎日ログインを続けて順調にゲーム内資金を増やし購入した髪型らしい。就職したわけではなく、ミッションやハントで地道に稼いでいたようだ。
依頼を受注して敵対ビーストの討伐や薬草を集めるなどして依頼先から報酬を得るミッションに対して、ハントは自分で好きに獲物を探して自由に討伐することができるものだ。報酬アイテムはミッションの方が多く得られるが、レベル上げに最適とされているのはハントの方である。
戦いに出てみて、さらに驚いた。ムラサキの動きが最初とまるで違う。三日続けてやっていれば慣れは出てくるとは思うが、人はここまで上達するものなのか。ともすれば、俺よりもセンスがあるのではないか。
『バトル苦手って絶対嘘ですよw』
『めっちゃ強いじゃないですか!』
[嘘を吐くつもりはなかったです。]
[すみません。]
[自分が思っていたより、バトルが楽しいと気が付きました。]
あの日俺が落ちた後もミッションを続けて、一人でハントにも出ていたらしい。それから連日戦い続けて気が付けばレベルもどんどん上がっていったとか。この分だと抜かれる日も遠くないだろう。楽しめているのなら何よりだ。
――それにしてもすぐ謝るなあ、この人。
悪いことは何もしてないんだから、謝る必要なんてないのに。初心者ということを差し引いても気が小さいように思える。
内向的な性格なんだろうなというのは感じていた。だって、今日に至るまで俺以外のフレンドがいないんだって。適当に声かけてみればいいのに。せっかくのオンラインなんだから。
[こすもすさんが来てくれて嬉しいです。]
[心強いです。]
そう言われて悪い気はしない。なんだこいつ、可愛い奴だな。どうやら俺は懐かれたようだ。得意になって軽快にチャットを打ち込む。
『私でよければいつでも!』
『でも、ぜひ色んな人に声かけてみてくださいね』
『優しい人が多いですから、きっと助けてくれますよ^^』
何故なら教えたがりおじさんがはびこっているからね。俺にも覚えがある。ゲームを極めた人の中には、素人の成長を新たなコンテンツとして楽しんでいる類の人間もいるもんだ。俺はその域には到達してないししようとも思わないが。
[そうですね。]
[こすもすさんにご迷惑をおかけしないようにします。]
「そういうことじゃないんだよなあ」
画面前で一人突っ込む。どうにもネガティブな傾向にある人物のようだ。俺に話しかけるなと言ってるわけではないのに。
だって、少なからず何かしら交流がしたくてこういったオンラインゲームを始めたのではないだろうか。いや、確かに一人で黙々と作業をこなしているような人もいるけど。どうにもムラサキがそういうのと同じようには思えない。
『いやいや、迷惑なんて全然w』
『誘ってもらえて嬉しいですよ』
[ありがとうございます。]
でも俺は毎日ログインするわけじゃない。一週間や、長い時には一ヶ月以上感覚が空く時だって普通にある。だからムラサキに良き友人が出来れば良い……なんて考えるのはお節介か。
ムラサキは俺がインすると必ずいる。毎日プレイしているようだ。ほとんど毎回声をかけてくれて、見る度にレベルは上がっていきあっという間に俺を追い越していった。でも相変わらずフレンドはいない。俺の友達を紹介してみてようやく交流先を増やすことが出来たくらいだ。干渉しすぎかと心配しつつ不思議と放っておけない。
それでも、ムラサキの方から声をかけるのは俺だけらしい。親のようなものだと思ってるのかもしれない。ひよこの刷り込みをイメージしてしまう。
それを意識すると俺からもムラサキを積極的に構いにいくようにしていて、たとえ短い時間でも以前よりはログインするように心がけるようになり、気が付けばもう立派にネット友達になっていた。
そうして過ごしていたある日、衝撃の事実が判明する。
『え、ムラサキさん中学生!?』
[はい。]
ムラサキ所有の農場で収穫作業を手伝っている最中の雑談タイムに、爆弾は投下された。
なんとムラサキは女子中学生、二年生だった。性別はいつだったか教えてもらったことがあるが、まさかの年下。いや、年齢層が広いゲームだしいてもおかしくはないんだけど。いつも大人ばかり相手にしていたから少し意外だった。
[学校、行ってないですけど。]
そう続けられた内容に対し、今度は驚きが無い。
正直、その可能性は少し考えていた。出会ってから三ヶ月が経過しており、春休みはとっくに終わっていて俺も進級している。学校や仕事があればそれなりに忙しいはずだ。だけどムラサキはいつもゲーム内にいたし、いつだって俺より早くインして俺より先に落ちることは無かった。
だから、時間の都合がつけやすい仕事に就いている大人か、引きこもりなのかもしれないとぼんやりと思ったことはある。実際には不登校だったわけだ。
「…………」
正直、不登校だからなんだって、俺には関係ない。色んな事情があるんだろうと思う。それをわざわざ詮索しようとは思わないが、こうして打ち明けてくれたということは触れた方が良いのだろうか。
『まあいいんじゃないですか?』
『学校とか』
『てか普通に年下でびっくりw』
結局、そんな当たり障りない返答で流すしかできなかった。俺って浅い人間だ。ムラサキはどう思っただろう。
[こすもすさんはお仕事ですか?]
『いや、高校ですよん』
[え]
その後、続きのチャットが届くまで少し間が空いた。どうしたのだろう。
[大人の方かと思ってました。]
[しっかりしてらっしゃるから。]
「まじか」
思わず呟く。しっかりしているなんて言われたことが無い。
だってゲームの中ではネカマだし、現実世界では不真面目と評されることの方が圧倒的に多い。授業はちゃんと聞いてることの方が少ないし、クラスでの扱いはお調子者だし、仲間内では弄られポジの自覚あるし。
や、まあ確かに。ムラサキ相手にはちょっと格好つけてみせてる部分はあるかも。レベルはずっと前に抜かれていて、今ではあちらの方が格段にゲームが上手いわけだけど、それでも純粋に慕ってくれている彼女に対して先輩ムーブ……もといお姉さん面をすることが多かった。
『ええ~!』
『めっちゃ嬉しいww』
ニヤケ面でそう打ち込む。ついでに、年齢の話題になったわけだしここで一つ仕掛けてみることにした。
『てか今更ですけど、タメ口でいい?』
[構いません]
『ムラサキもタメにしてよ~』
『距離感じる~』
さあどうだ。
結構打ち解けてきてる気がするし、お互いに学生同士だしここで砕けてみてもいいと思うんだけど、ムラサキはガチガチに固いからな。断られるかも。
なんて思っていると、ややあってムラサキから返答があった。
[わかった。]
[なんか、照れるかも。]
……おお。
ちょっと、キュンときた。
引っ込み思案な女子中学生が心を開いてくれたのを想像して甘酸っぱい気持ちになる。え、これ演技じゃないよね? ムラサキもネカマじゃないよね? これで実は向こうも男でしかも中年でしたとか言われたらちょっとショックかもしれない。
いやでも、考えてみれば俺がやってるのってそういうことなんだよな……。なんか、今更ながら罪悪感が湧いてきた。どうしよう、実は男ってムラサキにだけ打ち明けようかな。
[私]
[友達いないから、嬉しい。]
[クラスの女の子には嫌われちゃってるから。]
[ありがとう、こすもすちゃん。]
あ、言えない。
絶対言えない……。この流れで『実は男で~~す☆ベロベロバ~~~』なんて言ったら確実に傷付ける気がする。よし、隠し通そう。これはムラサキのためにでもある。
『そうなんだ……』
『よしよしヾ(・ω・´)』
『私はムラサキの友達だからね!』
そうして二人でニッコリと笑顔をみせあう。ああ、青春の波動を感じる。周りのプレイヤーが拍手のエモートを送ってきていた。ありがとよ。
……それにしてもクラスの子に嫌われた、か。いじめとかだろうか。何か根深い問題がありそうだ。
ムラサキとはオンライン上でしか会話したことがないし、本当の彼女を知っているわけでもない。どんな問題を抱えているのかもわからない。
――けど、そうであっても。
ムラサキが人に嫌われるようなことをする子だとはどうも思えないんだよな。




