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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

大事にしたいのは、君のほう。

掲載日:2026/06/20

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第29弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「困らせてくるのは、君のほう。」の後の話です。


(……二度寝しちゃった……)


 起きるのに少し時間がかかる自覚はあるけど。


 ちゃんと起きるまで、ノインはベッドから出なかった。


(うーん。やっぱり、なんかお腹の下のところ、重い? 違和感? なんか表現しにくいなぁ……)


「運びましょうか?」


 と、ノインに尋ねられて断った。


(ちょっとだるいだけだし……軽い筋肉痛かな……。やっぱりあの姿勢だと変なところの筋肉使うんだろうなぁ)


 収穫物をもって、えっほえっほと大股で歩いていたのを思い返すものの。


(ぐぅぅ……。それなりに足腰には自信あったのに)


 くやしい……。


 隣で黙々と朝食を食べているノインが、ちらっと視線を向けてくる。


「大丈夫ですか?」


 …………。


「何回もしつこいよ! 大丈夫だって!」

「さっき歩く時、妙な動きだったので」

「それは内ももがなんか、変だったんだよ少しだけ!」


 心配しすぎなんだよ……!


「他はどうですか?」

「うっ。え、えっと……」


 手を止め、視線を伏せる。


「腰が少し、重い? 下腹部が変な感じする」

「……………………」


 そんなにじーっと見てこなくても。


(朝も言ったのに……)


 観察癖があるって言ってたし……。


「大丈夫だよ!?」


 そんなことより、もっと重要なことがある。


 オルガは持っている匙を、強く握り込んだ。


「つまり……受粉ってことだよね?」

「…………受粉?」


 ノインが困ったように首を傾げた。


「りんごが実をつけるためには受粉が必要でしょ? 子どもはりんごみたいにできるってことだよね?」

「…………………………」


 すごい顔してる……。


 あれ? 間違えた?


「妊娠ってそういうことだよね?」


 言い直すけど、呆れたような表情が戻らない。


「…………は、はい。まあ」


 なにその曖昧な言い方!


 だ、だって、そうじゃなかったら、あ、あの、あれを……体に入れるとかおかしいでしょ!?


 こそこそと耳打ちされたことを思い出すと、顔が真っ赤になってしまう。


「つまりここに、ノインと私の子どもがいるってことだよね!?」


 自分の腹部を指差すと、そちらに視線を向け……ノインが戻して困ったように微笑んだ。


(私の名推理が間違ってるって言いたいの!?)


「あの」

「うん」

「必ずでは……ありません、よ」

「…………」


 一瞬で青ざめると、ノインがぎょっとする。


「オルガ?」

「………………」


(行き遅れのうえに……子どもまで…………)


 やっと結婚したのに。


 落ち込んでいると、ノインが小さく言ってくる。


「りんごだって、花が咲いても全部には実がならないでしょう?」

「…………」


 でも。


(わたしは、りんごじゃないし……)


「女性の体には、周期とか条件があるので」


 周期?


(……あ。そういえば、来月半ばくらいに……)


「あと、できてもすぐにはわからないものですよ」

「……そうなの?」

「君がりんごをたとえ話にしたんですけど……」


 たしかに!


(そうだよ……。天気とか、栄養とかでも変わるし……)


 落ちていた肩をあげ、オルガはノインを見つめた。


「つまり、私がもりもり栄養をとればいいのかな!?」

「………………え?」

「で、でも栄養って……そんなに贅沢できないよね。引っ越しもあるし」

「……オルガ」

「つまり私が雨であり、土ってことだよね?」

「…………合ってますけど、違います」


 小さく早口で、ノインが呟く。


「どっち!?

 だって、こう、水を飲めば雨になるでしょ? ご飯食べれば栄養とるってことでしょ!?」

「……い、いえ……あの……」

「木と違って私は動けるし、任せて!」

「…………」


 意気込んでいると、ノインが小さく息を吐き出す。


「どうやってできてるって、わかるんですか?」

「えっ」


 ど、どうやって?


「…………えっと、実がなる?」

「人間は枝にぶら下がりません」

「ぐっ」


 そりゃあ、そうだけど。


「いつわかるんです?」

「……お」

「お?」

「おなかが、出てきたり」

「肥満でもそうなりますね」

「うぐっ。え、えっと……月のものが来なかったら?」

「…………そうですね」


 静かに言われて、逆に不安になった。


「来月半ばくらいですか? 君は、長くて五十日……くらい?」

「なんで知ってるの!?」


 こわい!


「ふつうに洗濯で干してたじゃないですか」

「…………」

「先月。雨が続いて家の中で干してましたよね」


 そういえば、そうだ。


 ちょうどノインが緊急の魔物討伐で怪我をした頃に……。


「でも先々月はそんな様子がなかったですし」


 こっちに来たばっかりの……。


「君の月の巡りはそうなのかな、と。当たってましたか?」


 め、名探偵すぎる!


 ノインの下穿きも堂々と干してた中で、隠す必要がないから洗った当て布も……あの中にあった。


(ぐぬぬ……! 観察お化け……!)


「観察お化け……」


 あ、声に出てた。


「かんさつおばけ???」


 (いぶか)しむノインが、首を小さく傾げた。


「俺は死んでないですよ?」

「当たってるって言ったんだよ!」


 慌てて声をかぶせるように発した。


「では、来月になるまではわからないってことです」

「ぐうう……」

「…………タイミングとして、まだその時期ではないと思いますし」

「ん? なんか言った?」

「俺も頑張ると言いました」

「はあ?」


 なにを頑張るの? 仕事?


「頑張るって、なにを?」

「君を大事にすることです」


 オルガがそこで、完全に停止する。


 手に持っていた匙を、落としてしまう。


 一気に顔に熱が集まった。


「も」

「?」

「もう大事にされてるからいいって!」



(……また見てる)


「な、なに?」

「いえ。歩幅が狭いなと」


 か、観察お化けふたたび!


「馬車にしなくていいんですか?」

「新しい家を見に行くだけでしょ!?」


 なに言ってるのホントに!


 歩いて行ける距離なんだから、徒歩がふつうだ。


 過保護が更新されてる……。


(いや、パワーアップ……?)


 真剣な顔してるから……見るのをやめて欲しいとは、言いにくい。


(変なこと言い出さない限りはまあいいか)


「あの」

「うん?」


 歩幅を合わせているノインが尋ねてくる。


「昨日、無理な姿勢はありませんでしたか?」


 無理な姿勢?


 首を傾げると、あぁ、と合点がいったようだ。


「腰が重いということなので」

「…………」


 真剣に、視線を伏せた。


「腰が反り過ぎていたのかもしれませんね……。角度?」


 なにを言い出してるの???


 あ、こっち見た。


(す、すっごい真剣な顔……ど、どうしよう。すごいかっこいい……)


「次から色々試していいですか?」


 …………なんて?


(試す?)


 いっぱいいっぱいなんだけど、もっとなにかするってこと!?


「負担があるようなので調整します」


 んんん???


「角度や体勢を変えれば、腰への負担は減ると思います」

「…………」


 真面目に言ってる……。


 はっとしたようにノインが少し身を引く。


「……嫌でしたか?」


 うっ!


「嫌じゃないよ!?」


 まだ混乱してるだけというか……。


(だ、だだ、だって……ノインの、が……)


 思い出して、視線が泳ぐ。


(あ、あれが、また……ま、た…………)


 ひえっ。


(なんか動かれると息が洩れるなあとか、なんだろうこれって思いながらされてたのとは……変わってくるっていうか)


「? どうしました?」

「うう」


 ノインが真剣に考えてくれてるのに。


(そうだよ。だったら私も真剣に応じないと!)


 恥ずかしがってる場合じゃない!


「色々してみよう!」

「わかりました」


 ノインが真剣に頷いたのを見ながら……。


(……早まったかな……)


 オルガはちょっとだけ、そう思ってしまった。


**


「あれです」


 指し示された方向を見て、オルガは瞬きした。

 派手さのない小さな二階建ての家が見える。


 修繕中と聞いたけど……。


(ホントにあれ? なんかノインにしては『普通』っていうか……)


 金銭感覚がちょっとおかしい感じだから、不安はあった。


(庭……。あれっ、もしかして裏庭もあるの!?)


 けっこう広くない?


 恐る恐る家に近づいて見上げる。


(来月からここで暮らすんだ……)


 まったく実感がわかない。


「中に入りましょう」

「…………。えっ」


 ぼーっとしていたせいか、反応が遅れた。


 ノインがちょっときょとんとしている。


 鍵を取り出しているノインが、少しだけ扉の蝶番に触れていた。


「は、入ってもいいの?」

「? もちろん」


 完成まで入れないのかと思ってた……。


 鍵を回すとカチリと音がして、オルガは緊張に震え……。


「あ、失礼します」

「わあああああああああ!」


 誰か出てきた!


 咄嗟にノインの背後に隠れつつうかがう。


「おや、旦那。最終確認ですかい」

「はい。防音の天井部の乾き具合はどうですか?」

「問題ありません。叩いても響きませんよ」


 ???


 修繕してた……職人さんかな?


 軽く会釈してノインが中に入るので、オルガも続いた。


 扉から入ってすぐは壁がある。


「???」

「玄関から居間が視認できないようになってるんです」

「?????」


 なんで?


 L字に折れた廊下を進み、思ったより広い居間に足を踏み入れた。


 がっしりしたテーブルと四脚の椅子がある。


「わあ……明るい」

「南向きですし、この家は窓が多めですから」


 そうなんだ。


 ノインは窓辺に立つと外を眺めて……窓の留め具を一度上げ下げした。


(さっきからなにしてるんだろ……)


 居間もそうだが、大きめの家具が残されているので前の持ち主の物なのだろう。


(子どもが独立しちゃったから地方に引っ越したって言ってたけど……ここ、そんなに時間経ってなさそうなんだけど)


 きょろきょろと見回しながら台所へ行き、作業台を見てからつい、手を置いた。


(ちょっとだけ高いな)


 まあべつにいいけど。


「ん? こっちは?」


 奥にまだ続いてる。


「そっちは風呂です」

「風呂!?」


 ここにもあるの!?


 短い廊下を進むと小さな扉があった。


「どうぞ」


 扉を開けられて中に入り、すぐさま仰け反る。


(浴槽がでっか……)


 借家のものに慣れてしまったのでそう感じてしまう。まあ、大きさは二人分かな?


 石張りの小部屋の中央に、深めの木製浴槽があった。


 薪を焚くための炉も横にあるし、銅製の大鍋が据えられている。


(…………なんか)


 やけに手が込んでない?


 ノインはしゃがんで排水溝の溝を指でなぞっていた。


 それが終わると浴槽の縁に手を置いてなにやら確認している。視線が素早く動いて、湯気を逃がすための小窓を確認するや、炉のところに移動して、薪のくべ口を覗いていた。


(んんん?)


「ついでに井戸も見ますか?」

「……井戸?」

「裏庭にありますよ」


 …………え?


 一度台所まで戻ってから裏口をノインが開ける。


「…………」


 裏庭、ホントにあった。


 歩いてすぐのところに石組みの井戸がある。


(んんんんん???)


 共同井戸……じゃない。


 ノインは綱を握って一度引き上げている。滑車が軋んだ。

 桶に入った水を確認して手で掬い、口に少し含む。


「……井戸?」

「はい。自家井戸です」

「えええええっ!?」


 この家、井戸があるの!?


「では次は二階へ行きましょう」

「えっ、あ、う、うん」


 二階への階段を上がり、オルガはきょろきょろと再び見回す。


 廊下は短い。


「左が物置。右が寝室。正面が俺たちの寝室です」

「??? 右が寝室なのに、目の前も寝室?」


 どういうこと?


「予備です」


 目の前の扉を開け、ノインが中に入る。


 広いし、何もない。

 壁は塗り直されているのか、淡い色をしている。


 しっかりと張り替えられている床を観察していると、部屋の中央にノインが立って、足を少し踏み鳴らしていた。


(???)


 なにやってるの?


 そのまま天井を見上げているので、オルガもつられて顔を上げた。


「?」


 べつに特別なことなんて……。


 視線を戻すと、すでにノインは壁際に移動して手を当てている。

 軽く叩いてなにか確認していた。


「ノイン、さっきからなにやってるの?」

「ん?」


 今度は壁から壁まで、何度か視線を往復させている。


「音が漏れないか確認をしています」

「音漏れ?」


 ノインがにっこり微笑んだ。


「外をどうぞ」

「??」


 わけもわからず窓に近づき、外をうかがった。


 先ほどの井戸が見えるので、どうやら裏庭のようだ。


「へぇ……」


 と、そこで気づく。


「……あれ、なに?」


 指差すと、ノインがちらっと外を見て「厩舎です」と短く言った。


(あ、そっか。引退した騎士だから……馬とか持ってたってことかな?)


 まだあそこは完全に修理をされていないようだが、使わないならまあいいか。


「そういえばこの家の窓、雨戸がついてるんだね」

「まあ、危険なので」


 防犯のためってことかな……。


「この寝室も内鍵があります」

「……なんか鍵多くない?」

「ここは6区なんですよ?」


 い、いや……倉庫が多いし治安が悪いほうだってのもわかるけど。


 城壁に近いし、見た感じそこまで危ないとは思えない。


「さっきの職人さんに挨拶したほうがいいかな……驚いて悲鳴あげちゃった……」

「片づけのために居るだけです。気にしなくていいですよ」

「そ、そっか」


 もう一度室内を見渡す。


「ベッドがないね」


 ベッドの木枠がない。

 大型家具なんだから、置いていってもおかしくないのに。


 ノインが微かに反応してから視線を逸らす。


(ん?)


「ノイン?」

「古いので撤去しました」

「古い? この家、どれくらいなの? まだ新しそうに見えるけど」

「…………十五年ほどだと聞いています」

「はあ!?」


 どうりで新しいなと思ったわけだ!


「そんなの買ったの!?」

「…………」


 な、なるほど。


 立地が悪いのになんで金貨が百枚もかかるのかと思っていたけど……。


(中古のわりに状態がいいからってことかな)


「お、怒ってないよ。足りない家具はこれから買うってことだよね?」

「…………」


 ちょっと。なんでまた視線逸らすの。


「……ベッドは注文してしまいました」

「ええええ!?」


 だからさっきから様子が変だったの!?


「すみません……。他のはまだなので、君に選んで欲しいです」

「………………」


 ま、まあ。


(ノインのお金なんだし、寝るだけなんだから別にいっか)


 寝る、だけ。


「……………………」

「? 顔が引きつってますけど……」

「なな、なんでもない!」


 顔が熱いのは、窓から入ってくる夏の日差しのせいに違いない。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。

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