大事にしたいのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第29弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「困らせてくるのは、君のほう。」の後の話です。
(……二度寝しちゃった……)
起きるのに少し時間がかかる自覚はあるけど。
ちゃんと起きるまで、ノインはベッドから出なかった。
(うーん。やっぱり、なんかお腹の下のところ、重い? 違和感? なんか表現しにくいなぁ……)
「運びましょうか?」
と、ノインに尋ねられて断った。
(ちょっとだるいだけだし……軽い筋肉痛かな……。やっぱりあの姿勢だと変なところの筋肉使うんだろうなぁ)
収穫物をもって、えっほえっほと大股で歩いていたのを思い返すものの。
(ぐぅぅ……。それなりに足腰には自信あったのに)
くやしい……。
隣で黙々と朝食を食べているノインが、ちらっと視線を向けてくる。
「大丈夫ですか?」
…………。
「何回もしつこいよ! 大丈夫だって!」
「さっき歩く時、妙な動きだったので」
「それは内ももがなんか、変だったんだよ少しだけ!」
心配しすぎなんだよ……!
「他はどうですか?」
「うっ。え、えっと……」
手を止め、視線を伏せる。
「腰が少し、重い? 下腹部が変な感じする」
「……………………」
そんなにじーっと見てこなくても。
(朝も言ったのに……)
観察癖があるって言ってたし……。
「大丈夫だよ!?」
そんなことより、もっと重要なことがある。
オルガは持っている匙を、強く握り込んだ。
「つまり……受粉ってことだよね?」
「…………受粉?」
ノインが困ったように首を傾げた。
「りんごが実をつけるためには受粉が必要でしょ? 子どもはりんごみたいにできるってことだよね?」
「…………………………」
すごい顔してる……。
あれ? 間違えた?
「妊娠ってそういうことだよね?」
言い直すけど、呆れたような表情が戻らない。
「…………は、はい。まあ」
なにその曖昧な言い方!
だ、だって、そうじゃなかったら、あ、あの、あれを……体に入れるとかおかしいでしょ!?
こそこそと耳打ちされたことを思い出すと、顔が真っ赤になってしまう。
「つまりここに、ノインと私の子どもがいるってことだよね!?」
自分の腹部を指差すと、そちらに視線を向け……ノインが戻して困ったように微笑んだ。
(私の名推理が間違ってるって言いたいの!?)
「あの」
「うん」
「必ずでは……ありません、よ」
「…………」
一瞬で青ざめると、ノインがぎょっとする。
「オルガ?」
「………………」
(行き遅れのうえに……子どもまで…………)
やっと結婚したのに。
落ち込んでいると、ノインが小さく言ってくる。
「りんごだって、花が咲いても全部には実がならないでしょう?」
「…………」
でも。
(わたしは、りんごじゃないし……)
「女性の体には、周期とか条件があるので」
周期?
(……あ。そういえば、来月半ばくらいに……)
「あと、できてもすぐにはわからないものですよ」
「……そうなの?」
「君がりんごをたとえ話にしたんですけど……」
たしかに!
(そうだよ……。天気とか、栄養とかでも変わるし……)
落ちていた肩をあげ、オルガはノインを見つめた。
「つまり、私がもりもり栄養をとればいいのかな!?」
「………………え?」
「で、でも栄養って……そんなに贅沢できないよね。引っ越しもあるし」
「……オルガ」
「つまり私が雨であり、土ってことだよね?」
「…………合ってますけど、違います」
小さく早口で、ノインが呟く。
「どっち!?
だって、こう、水を飲めば雨になるでしょ? ご飯食べれば栄養とるってことでしょ!?」
「……い、いえ……あの……」
「木と違って私は動けるし、任せて!」
「…………」
意気込んでいると、ノインが小さく息を吐き出す。
「どうやってできてるって、わかるんですか?」
「えっ」
ど、どうやって?
「…………えっと、実がなる?」
「人間は枝にぶら下がりません」
「ぐっ」
そりゃあ、そうだけど。
「いつわかるんです?」
「……お」
「お?」
「おなかが、出てきたり」
「肥満でもそうなりますね」
「うぐっ。え、えっと……月のものが来なかったら?」
「…………そうですね」
静かに言われて、逆に不安になった。
「来月半ばくらいですか? 君は、長くて五十日……くらい?」
「なんで知ってるの!?」
こわい!
「ふつうに洗濯で干してたじゃないですか」
「…………」
「先月。雨が続いて家の中で干してましたよね」
そういえば、そうだ。
ちょうどノインが緊急の魔物討伐で怪我をした頃に……。
「でも先々月はそんな様子がなかったですし」
こっちに来たばっかりの……。
「君の月の巡りはそうなのかな、と。当たってましたか?」
め、名探偵すぎる!
ノインの下穿きも堂々と干してた中で、隠す必要がないから洗った当て布も……あの中にあった。
(ぐぬぬ……! 観察お化け……!)
「観察お化け……」
あ、声に出てた。
「かんさつおばけ???」
訝しむノインが、首を小さく傾げた。
「俺は死んでないですよ?」
「当たってるって言ったんだよ!」
慌てて声をかぶせるように発した。
「では、来月になるまではわからないってことです」
「ぐうう……」
「…………タイミングとして、まだその時期ではないと思いますし」
「ん? なんか言った?」
「俺も頑張ると言いました」
「はあ?」
なにを頑張るの? 仕事?
「頑張るって、なにを?」
「君を大事にすることです」
オルガがそこで、完全に停止する。
手に持っていた匙を、落としてしまう。
一気に顔に熱が集まった。
「も」
「?」
「もう大事にされてるからいいって!」
*
(……また見てる)
「な、なに?」
「いえ。歩幅が狭いなと」
か、観察お化けふたたび!
「馬車にしなくていいんですか?」
「新しい家を見に行くだけでしょ!?」
なに言ってるのホントに!
歩いて行ける距離なんだから、徒歩がふつうだ。
過保護が更新されてる……。
(いや、パワーアップ……?)
真剣な顔してるから……見るのをやめて欲しいとは、言いにくい。
(変なこと言い出さない限りはまあいいか)
「あの」
「うん?」
歩幅を合わせているノインが尋ねてくる。
「昨日、無理な姿勢はありませんでしたか?」
無理な姿勢?
首を傾げると、あぁ、と合点がいったようだ。
「腰が重いということなので」
「…………」
真剣に、視線を伏せた。
「腰が反り過ぎていたのかもしれませんね……。角度?」
なにを言い出してるの???
あ、こっち見た。
(す、すっごい真剣な顔……ど、どうしよう。すごいかっこいい……)
「次から色々試していいですか?」
…………なんて?
(試す?)
いっぱいいっぱいなんだけど、もっとなにかするってこと!?
「負担があるようなので調整します」
んんん???
「角度や体勢を変えれば、腰への負担は減ると思います」
「…………」
真面目に言ってる……。
はっとしたようにノインが少し身を引く。
「……嫌でしたか?」
うっ!
「嫌じゃないよ!?」
まだ混乱してるだけというか……。
(だ、だだ、だって……ノインの、が……)
思い出して、視線が泳ぐ。
(あ、あれが、また……ま、た…………)
ひえっ。
(なんか動かれると息が洩れるなあとか、なんだろうこれって思いながらされてたのとは……変わってくるっていうか)
「? どうしました?」
「うう」
ノインが真剣に考えてくれてるのに。
(そうだよ。だったら私も真剣に応じないと!)
恥ずかしがってる場合じゃない!
「色々してみよう!」
「わかりました」
ノインが真剣に頷いたのを見ながら……。
(……早まったかな……)
オルガはちょっとだけ、そう思ってしまった。
**
「あれです」
指し示された方向を見て、オルガは瞬きした。
派手さのない小さな二階建ての家が見える。
修繕中と聞いたけど……。
(ホントにあれ? なんかノインにしては『普通』っていうか……)
金銭感覚がちょっとおかしい感じだから、不安はあった。
(庭……。あれっ、もしかして裏庭もあるの!?)
けっこう広くない?
恐る恐る家に近づいて見上げる。
(来月からここで暮らすんだ……)
まったく実感がわかない。
「中に入りましょう」
「…………。えっ」
ぼーっとしていたせいか、反応が遅れた。
ノインがちょっときょとんとしている。
鍵を取り出しているノインが、少しだけ扉の蝶番に触れていた。
「は、入ってもいいの?」
「? もちろん」
完成まで入れないのかと思ってた……。
鍵を回すとカチリと音がして、オルガは緊張に震え……。
「あ、失礼します」
「わあああああああああ!」
誰か出てきた!
咄嗟にノインの背後に隠れつつうかがう。
「おや、旦那。最終確認ですかい」
「はい。防音の天井部の乾き具合はどうですか?」
「問題ありません。叩いても響きませんよ」
???
修繕してた……職人さんかな?
軽く会釈してノインが中に入るので、オルガも続いた。
扉から入ってすぐは壁がある。
「???」
「玄関から居間が視認できないようになってるんです」
「?????」
なんで?
L字に折れた廊下を進み、思ったより広い居間に足を踏み入れた。
がっしりしたテーブルと四脚の椅子がある。
「わあ……明るい」
「南向きですし、この家は窓が多めですから」
そうなんだ。
ノインは窓辺に立つと外を眺めて……窓の留め具を一度上げ下げした。
(さっきからなにしてるんだろ……)
居間もそうだが、大きめの家具が残されているので前の持ち主の物なのだろう。
(子どもが独立しちゃったから地方に引っ越したって言ってたけど……ここ、そんなに時間経ってなさそうなんだけど)
きょろきょろと見回しながら台所へ行き、作業台を見てからつい、手を置いた。
(ちょっとだけ高いな)
まあべつにいいけど。
「ん? こっちは?」
奥にまだ続いてる。
「そっちは風呂です」
「風呂!?」
ここにもあるの!?
短い廊下を進むと小さな扉があった。
「どうぞ」
扉を開けられて中に入り、すぐさま仰け反る。
(浴槽がでっか……)
借家のものに慣れてしまったのでそう感じてしまう。まあ、大きさは二人分かな?
石張りの小部屋の中央に、深めの木製浴槽があった。
薪を焚くための炉も横にあるし、銅製の大鍋が据えられている。
(…………なんか)
やけに手が込んでない?
ノインはしゃがんで排水溝の溝を指でなぞっていた。
それが終わると浴槽の縁に手を置いてなにやら確認している。視線が素早く動いて、湯気を逃がすための小窓を確認するや、炉のところに移動して、薪のくべ口を覗いていた。
(んんん?)
「ついでに井戸も見ますか?」
「……井戸?」
「裏庭にありますよ」
…………え?
一度台所まで戻ってから裏口をノインが開ける。
「…………」
裏庭、ホントにあった。
歩いてすぐのところに石組みの井戸がある。
(んんんんん???)
共同井戸……じゃない。
ノインは綱を握って一度引き上げている。滑車が軋んだ。
桶に入った水を確認して手で掬い、口に少し含む。
「……井戸?」
「はい。自家井戸です」
「えええええっ!?」
この家、井戸があるの!?
「では次は二階へ行きましょう」
「えっ、あ、う、うん」
二階への階段を上がり、オルガはきょろきょろと再び見回す。
廊下は短い。
「左が物置。右が寝室。正面が俺たちの寝室です」
「??? 右が寝室なのに、目の前も寝室?」
どういうこと?
「予備です」
目の前の扉を開け、ノインが中に入る。
広いし、何もない。
壁は塗り直されているのか、淡い色をしている。
しっかりと張り替えられている床を観察していると、部屋の中央にノインが立って、足を少し踏み鳴らしていた。
(???)
なにやってるの?
そのまま天井を見上げているので、オルガもつられて顔を上げた。
「?」
べつに特別なことなんて……。
視線を戻すと、すでにノインは壁際に移動して手を当てている。
軽く叩いてなにか確認していた。
「ノイン、さっきからなにやってるの?」
「ん?」
今度は壁から壁まで、何度か視線を往復させている。
「音が漏れないか確認をしています」
「音漏れ?」
ノインがにっこり微笑んだ。
「外をどうぞ」
「??」
わけもわからず窓に近づき、外をうかがった。
先ほどの井戸が見えるので、どうやら裏庭のようだ。
「へぇ……」
と、そこで気づく。
「……あれ、なに?」
指差すと、ノインがちらっと外を見て「厩舎です」と短く言った。
(あ、そっか。引退した騎士だから……馬とか持ってたってことかな?)
まだあそこは完全に修理をされていないようだが、使わないならまあいいか。
「そういえばこの家の窓、雨戸がついてるんだね」
「まあ、危険なので」
防犯のためってことかな……。
「この寝室も内鍵があります」
「……なんか鍵多くない?」
「ここは6区なんですよ?」
い、いや……倉庫が多いし治安が悪いほうだってのもわかるけど。
城壁に近いし、見た感じそこまで危ないとは思えない。
「さっきの職人さんに挨拶したほうがいいかな……驚いて悲鳴あげちゃった……」
「片づけのために居るだけです。気にしなくていいですよ」
「そ、そっか」
もう一度室内を見渡す。
「ベッドがないね」
ベッドの木枠がない。
大型家具なんだから、置いていってもおかしくないのに。
ノインが微かに反応してから視線を逸らす。
(ん?)
「ノイン?」
「古いので撤去しました」
「古い? この家、どれくらいなの? まだ新しそうに見えるけど」
「…………十五年ほどだと聞いています」
「はあ!?」
どうりで新しいなと思ったわけだ!
「そんなの買ったの!?」
「…………」
な、なるほど。
立地が悪いのになんで金貨が百枚もかかるのかと思っていたけど……。
(中古のわりに状態がいいからってことかな)
「お、怒ってないよ。足りない家具はこれから買うってことだよね?」
「…………」
ちょっと。なんでまた視線逸らすの。
「……ベッドは注文してしまいました」
「ええええ!?」
だからさっきから様子が変だったの!?
「すみません……。他のはまだなので、君に選んで欲しいです」
「………………」
ま、まあ。
(ノインのお金なんだし、寝るだけなんだから別にいっか)
寝る、だけ。
「……………………」
「? 顔が引きつってますけど……」
「なな、なんでもない!」
顔が熱いのは、窓から入ってくる夏の日差しのせいに違いない。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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