99. ヒカルとセツカ
「セツカ、死んだか。しかしこれは魔王になるために必要なこと。もっと強くなるために、俺が頂点に立つために。お前のことを想うとどうにも道が反れる。仕方がないんだ。だけど忘れはしないよ。俺にとってお前は」
「黙れ」
「生きている?そんなはずは」
「死んださ。だから俺が身体を貰い受けた。この子を手に掛けたお前を許しはしない」
「セツカの姿をしたお前。お前は誰だ、名乗れ」
「俺はシドだ。魔王シド。元勇者よ、お前如きが魔王を名乗るな。しかもお前はまだそんなくだらないことを続けているのだな」
「うるせーな。てめーが魔王だと?」
「ああ。ちょうどいい、いつかのケリをつけよう。そのつまらない理想、引くに引けなくなってるだろうから俺が終わらせてやるよ。セツカに代わって」
「くそっ、こいつ」
「はっはっはっ。お前の力など我が前には無力。初撃からして全て防いでおるぞ。さあどうした小僧!」
「ちっ、嫌な姿で面倒なことを」
「すごいなセツカは。ここまでのポテンシャル。全て見える。そして膨大な魔力で何者をも退ける。凄まじい。この魔力は随一とされたスフィンクスをも上回るのではないか」
「ここまでやっても俺は、俺は!」
「残念だったな。お前の小さな野望。俺が終わらせてやる」
「うるせーな、まだ、始まったばかりなんだよ!」
「ふん。なら防いでみせろ。魔力凝縮。貫け!我が魔力よ!」
「ちっくしょ、てめーのじゃねーだろ!ぐっ、防ぎきれねー!」
「うぐっ、なんとか、しのげたか」
「ほう。中々やるじゃないか」
「うるせー!我が魔力とか、そりゃセツカの魔力だろーが」
「いいだろ別に。折角いい気分なんだから細かいことを言うなよ」
「魔王ってこんな奴だっけ?」
「小僧、聞きたいことがある。なぜこの娘を襲った」
「強くなるため、今より進むために」
「この娘を消したところでお前が強くなるなどありえんだろう。何がしたいんだ」
「何かに頼っちまうんだ。その何かを俺の中から消してしまわないと」
「わけのわからんことを。もういい。少なくともこの場におけるお前の目的は果たせたのだ。最後は潔く逝け」
「終われるかよ。終わってたまるか!」
「しぶといな」
「へっ、それだけが、今のところ取り柄なんでな」
「まぁいい。そうだ、最後に何か言い残すことがあれば聞いてやろう」
「ねーよ。まだ終わりじゃない」
「まだ終わりじゃない、か。最後にしては味気ない。さて、我が魔力でその心臓貫いてくれよう。ではな」
「くそ、どうにかしねーと」
「む。な、なんだ?か、身体がうご、かな、い」
「あん?なんだ急に」
「う、うう」
「おい、どうしたんだ?」
「ど」
「ど?」
「どうしたもこうしたもないわよっ!」
「は?」
「何わたしつかってバトルしてんのよ!」
「まさかお前、セツカか?」
「当たり前でしょ。まったく。危ないと思ったらいきなり魔王さんに乗っ取られるんだもん」
「なんだよ、お前、生きてんじゃねーか」
「当たり前でしょ。大体ね、魔王さんが防いだって言ってるのにわたしが死んでるとかおかしいでしょ!傷1つないわ!」
「はは、は。生きてたんだ。それならそうと、いや、だめだ。俺は何を。それじゃだめだろ。くそっ」
「俺は、オレは、いつまで経ってもかわらない。くそっ、なんでだよ、ここまでやってもなんにも変わった気がしない。どうしたら、どうしたらいいんだよ」
「何ブツブツいってんの。いきなり襲ってきて、ヒカルは何がしたいのよ」
「うるせぇな、別にいいだろ」
「いいわけあるか。こっちは被害者なのに」
「はぁ。そういや魔王は?」
「横で早くトドメをーって文句言ってる」
「俺には見えないけど、いるんだな」
「魂だけみたい。はいはい、ちょっと待ってなさい」
「ねぇヒカル、なんでもいいんだけど人の形したもの持ってない?」
「持ってるわけないだろ」
「だって。えー。じゃあ小物でもいいってさ」
「小物ねぇ。ならお前だって何かあるだろ」
「あんた達が暴れたせいで荷物が見当たらないのよ」
「それならそこにほら。えっと、あるにはある」
「え?ちょ、ちょっとこれ。わたしの荷物が粉々」
「その、すまん」
「すまんで済むか!いい加減、納得のいく説明をせい!」
「こ、これ。前にお前からもらったペン」
「誤魔化しおって。ふーん、まだ持ってたの。まあいいわそれで。後できっちり聞かせてもらうからね。もう、文句言われても他にないの。むー。仕方あるまいじゃないわよ、まったく」
「セツカ、何やってるんだ?」
「魔王さんがこうしろって。これをこうしてー、えいっ。これでいいのかな?」
「ふ、ふふふ。復活だ。我が名はシド!魔王シドの復活だ!」
「ペンがしゃべった」
「さっきやったのは魂を憑依させる方法なんだって」
「わはははは。さあ小僧、続きだ!その心臓貫いてくれる!」
「ペンで?」
「うるさいから地面貫いてもらいましょ。むぅ、地面って刺さりにくいわね」
「お、おい、動けんぞ。あの、た、たすけてー」
「次、ヒカル」
「俺?」
「なんで急に襲ってきたのよ」
「だって、そうしないと強く」
「はぁ?わたしがなんで関係あるのよ」
「いやぁだって、いやいやそれは流石に言えねーよ!」
「ちゃんと説明しなさいよ」
「お前を殺して、そしたら俺は強さを手に」
「だからなんでわたしなのよ」
「だ、だって」
「もー、なんでもじもじしてんのよ。意味わからん」
「う、うるせー。とにかく、今回は失敗したんだ。俺はもう、退散させてもらう」
「あ!ちょっと」
「ちょっと待ちなさい!」
「ぁんだよ」
「あれ、ひょっとしてヒカル、泣いてるの?」
「うっせーな。ちげーよ」
「まったくもー。ほんとにどうしたのよ」
「どうって、どうってそんなの。もう、どうしていいかわかんねーんだよ、どうすりゃいいんだよオレは。何やっても上手くいかねーんだ。いい感じになっても結局最後には」
「なーんだ。見た目は大人っぽくなったのに中身は昔のままなのね」
「まったく。引き返せないからってそのまま突き進む必要もないでしょ」
「だけど、進まなきゃ居場所がない。どこに居ればいいのかわからなくなる」
「居場所ねぇ。だったら旅にでも出たら?」
「はぁ?旅なんてしてどーすんだよ」
「わからないけど、すぐに答えを出そうとするから混乱するんじゃないの?」
「混乱。オレは混乱してるのか?」
「ほら、そういうところ。自分が自分でわからないんだもん、冷静に考えなさいよ」
「いいじゃない居場所がなくても。獣じゃあるまいし、そんな縄張り気にしなくたってさ」
「セツカはやることが決まってるからいいだろーけど、オレには」
「わたし?わたしだってやることがどんどん変わってほんと大変、いや冷静に考えたらさすがに変わりすぎよね。ていうか逆に今やることないし。どうなってんのわたしの業務内容」
「何を言っている。君は最強の戦士だ。頂点を目指して」
「ペンは黙ってなさい。いい?わたしは受付嬢なの。戦うなら書類と」
「だが仕事をしていないんだろ?」
「う」
「ふっ、ではテッペン目指すことに異論あるまい」
「あるわっ!選択肢が狭すぎでしょーに」
「オレは」
「マルマルさんの所に戻るの?」
「ああ」
「戻ってヒカルはどうするつもりなの」
「また、考える」
「堂々巡りじゃない。そもそも悪王一味なんてやってるのが問題な気がするけど」
「そうかな」
「そうよ」
「じゃあオレは魔族をやめればいいのか」
「魔族?」
「なんでもない。気にすんな。あそこを出てったとして、身を寄せる場所がない」
「だからぁ。あ、うむ。勇者よ、旅に出るのだ」
「もう勇者じゃねーよ。はぁー、旅か。1人で?」
「嫌なの?じゃあ勇者パーティでも組んだら?」
「オレに着いてくる奴なんているかよ」
「な、なぁ」
「うん?何よ、またそわそわして」
「いやぁ、その、もしその、その」
「うん」
「オレと」
「おい小僧」
「うわっ、なんだよ。邪魔すんな」
「どうしたの魔王さん」
「何か来たぞ」
「何か?」
「見つけた、悪王ヒカル!」
「こいつ、魔法少女」
「ま、魔法少女。この間出てきた人ね」
「セツカさん大丈夫?怪我はない?」
「怪我?見ての通りよ。ダメージは大きい」
「そんなっ!どこを怪我したの?」
「見て。わたしの荷物が粉砕」
「荷物?なんだ、じゃあ無事なのね。よかった」
「全然よかない」
「悪王、今日は逃さないわよ」
「勘弁してくれ。もう戦う気なんてねーよ」
「何を勝手なことを!」
「勝手で悪いかよ。オレはそうやって育ったんだ。あの城の連中だってオレをいいように利用しただけだろ。なんでオレが黙って従ってやらなきゃならねーんだ」
「それは、そうだけど」
「へっ。ちゃんと答えられるようになってから出直してこい」
「あんたが言うか」
「う、うっせーな」
「居場所か。ねぇヒカル。人のあり方は色々よ?悪いことばかりやってるのはダメだけど、そういう生き方しかできない人もいる。こういう世の中だからこそね。戦士のみんなだってそう。ちょっと違ってたらヒカルのようになってた。だからトラドさんはギルドっていうものを造りたかったのよ。上手く行かないことの方が多いみたいだけど」
「あん?ギルドに入れってことか?」
「旅に出るのが嫌ならどうかなって。まー、無理にとは言わないけど」
「やめとく」
「そっか」
「ちょっとセツカさん。悪王を見逃すつもり?」
「チャンスをあげたい」
「過去の悪行を忘れろと?」
「無かったことには出来ないけど、でも改心したと思う」
「と思う。根拠が薄いわね。せめて誰か監視をつけないと」
「そんなもんいらねーよ。邪魔だ」
「危険人物を野放しには出来ないわよ」
「なら俺が一緒にいってやろう」
「はぁ?なんでそうなるんだよ」
「ペンが、しゃべった?」
「小僧、魔王を目指すのだろう?だったら前任である俺がお前を導こう。さあ、頂点を目指すのだ!」
「魔王って、こういう奴だったのか」
「モンスターってみんな熱いのよ」
「うーん、ペンが一緒にいたところで、うーん」
「何かあればこの俺、魔王シドが小僧の息の根をとめてくれよう」
「転生したらペンになっていた元魔王。うーん、役に立たない気が」
「なにをぉ!」
「ねぇヒカル。約束してほしい事があるの」
「約束?」
「うん。自分のやってきたこと笑っちゃダメだからね」
「自分の蔑ろにするなってことか?」
「それはそうだけど、違うの。どんな想いであれ、笑った時にそれはあんたにとって過去の話。でも被害者からすればずっと続いてることなんだから。だから過去を笑っちゃダメだからね。自嘲するのもなし」
「わかった。そんなことしないけどな」
「だとしても約束よ。ちゃんと受け止めて。それでちゃんと強くなりなさい」
「ああ」
「強くなって、そしたらその力で」
「おいセツカ!いい加減抜いてくれ!地面は視点が低くて辛い。世界が大きくて、ちょっと、こわい」
「いいところでうるさいわねぇ。ほら、これでいい?」
「おお、感謝」
「なんか妙に素直ね。魔王さんってこんな人だったかしら」
「はい、これ」
「これ、持ってかないとだめか?」
「この魔王を置いていくつもりか!」
「本人のご要望よ」
「まあ、邪魔になったら川にでも捨てるか」
「おい!」
「じゃ、じゃあな。その、悪かった。あばよ」
「ちょっと待ってヒカル。さっき言いそびれちゃったけど、強くなってその力を使って、みんなのためになることを考えてみてね」
「皆のため?ははっ。ああそうだよな師匠。あんたが言いたかったのも」
「なんのこと?」
「なんでもない」
「ふーん。じゃあ行ってらっしゃい」
「ああ。またな」
「打首にならんよう捕まらないようにねー」
「別れ際に不吉なこと言うな!」
「マル。行っちまうけどいいのか?」
「いいさ。ヒカルが決めたことだからな」
「となると、今後おれたちは悪王一味じゃなくなるんだな」
「ははは。だから魔族って名乗っているんだ」
「なんだぁ?こーなることがわかってたってことか」
「断言は出来なかったがな。ヒカルの心は弱い。いずれ、と思ってはいた」
「心の弱さねぇ。たしかにそんな気はしてた。あいつ大丈夫かな」
「さあな。これから別々。どうなるかはあいつ次第だ」
「もしもだ。おれ達と対立することがあったらどうする?」
「容赦はしない」
「へっ、厳しいな。ちょっとくらい手心加えてやろうって気にならねーのかよ」
「ほう、随分気にかけているじゃないか。一緒に行ってもいいんだぞ?」
「それとこれとは別だ。悪くはねーけど。なんというか、弟みたいな奴だったから」
「ヒカルにはほどよく面倒をかけられたからな」
「そうそう。次に会う時は変わってるといいな」
「変わりはしないさ。何百年、いや、たとえ千年経っても人間は変わらない。自分以外に成り代わるなんて出来っこない」
「成長はするだろ」
「そうだな。せめてヒカルの成長を祈ろうか」
「ねえセツカさん。もう一度聞くけど彼を逃がしてよかったの?」
「別に。わたしに捕まえる義務はないもん」
「そーだっけどぉ、いいのっかなぁーと思って」
「妙な含みがあるわね。治安維持は騎士の仕事でしょ」
「そういう意味じゃないんだけど。でもまぁ治安維持は国民の義務でもあるのよ?皆でいい国を」
「あんな危ない奴をか弱いわたしが捕まえるとかありえないでしょ」
「えー、あれだけの力を見せといてよく言うよ。私より格段に上の魔力」
「さっきのは魔王さんよ」
「いやいや」
「だったら魔法少女が捕まえればいいじゃない」
「私が?ふふっ、それはあなたの役目でしょ。それに、そんな未来は視えてないからいやよ」
「未来?」
「ところでセツカさん」
「なんです?」
「あのさ、一緒に魔法少女やらない?杖はもうないけど衣装だけ揃えればいけるよ!たぶん」
「誰が好き好んで変態なぞするか!アンさんじゃあるまいし」
「慣れちゃえば気にならないわよ。ほらほら、一緒にやろぉよー」
「いーやーだ。恥ずかしいもん。だいたいなんでわたしなのよ。ヒカルといい、まったく」
「だってすっごく強いんだもん。さすが最強の戦士」
「あの、わたし事務なんですけど!」




