93. ゴリラにつき鳩の日
「トラド、まずは牽制を」
「おう」
「ベスボ、狙撃」
「任せろ、くらえ俺の燃える魔球!」
「ヴァーレさん、2人の援護を」
「援護だけでいいのか?」
「ええ、様子見て動いていただきます」
「わかった」
「キーキーうるさい猿どもが、勝てると思うなよ!」
「はっ。鳩に手こずってるゴリラなんてたいしたことないんじゃないか?」
「ほざけ!」
「ふーむ。怪力だけかと思ったら意外と俊敏ですね」
「トラドの剣を手で弾いている。よほど頑丈なのだろうな」
「ベスボのボールもですね。あれ岩も砕くんだけどな」
「身体能力を活かしたシンプルな戦い方。極まれば実に厄介な相手だな。やはり俺が行こう」
「うーん、お願いします」
「くっ、さすがに手強いな。あ、剣が折れちまった。あー、この間新調したばかりなのに。経費で落としてくれるかな。ジョーは、難しいか」
「ふん、よそ見か小僧!」
「おっと、武器がなくても戦える!」
「トラド殿。交代だ」
「おぉ、せっかくやる気になったのに」
「一旦引いてくれ」
「やれやれ、仕方ない」
「む、この人間。速い。そして一撃が重い。熟練の風使いか」
「中々見事な身のこなし。さすが領主」
「むぅ、全ていなされる。だが、キサマの拳ではオレは倒せん!」
「確かに致命打にはならないか。頑丈だな」
「やれやれ、あのゴリラは思ってたより強いぞ」
「トラドは最近戦っていなかったでしょ。動きが悪くなっています」
「だってよ、村長やると書類と戦わないといけないんだぞ」
「知ってますよ。僕がいつも何をしてると思っていたんですか。誰も片付けないからいつもいつも。少しは僕の苦労がわかったでしょう」
「へいへい」
「正攻法だと勝負がつかないな。かといっても久々で連携があまり取れない。ベスボ、バレーでいきましょう」
「お?よーし久々にやるか」
「連帯感を強め、それぞれの特色を活かした妙技なら通用する、かも?」
「ヴァーレさんトスアップ、いきます!」
「わかった」
「カキンと一発レシーブだ!アイズ!」
「なぜ僕に、そのまま渡せばいいでしょうに。ほいっと、ヴァーレさんスマッシュだ!」
「任せろ!はいーっ!」
「ぬ、なんの!」
「なっ!なんと見事なブロック。このゴリラ、やるな」
「トラド、拾え!」
「おら!オーバーヘッド、これでゴールだぁ!」
「あ!こらトラド殿!バレーで足技は禁止だ!」
「えー、ベスボは槍使って打ち上げてんじゃん」
「ふむ、たしかに。ベスボ殿も手を使いなさい」
「あいよー」
「やっぱりダメか。それにしても相変わらずバレーのことになると別人ですね、あの人」
「しかし困ったな。決め手にかける」
「おいアイズ。雷だ」
「代謝アップですか。いいですけど、鈍った身体で大丈夫です?」
「ちょっとピリピリするだけだろ」
「ならいいですけど。では。ライトニング」
「う、お、おお、お。くー、しびれるぅー」
「雷浴びてなんで動きがよくなるのか未だに不思議ですね。反動はあるみたいだけど」
「くぅー、きたぁー!」
「トラド、これ使え」
「槍か、サンキュー。ん?これ昔俺が使ってたやつじゃん。無いと思ったらお前が持ってたのかよ」
「使い勝手がいいからな」
「借りパクすんなよ」
「トラド、ささっとすませてください。雷の効果は長持ちしませんから」
「まぁいっか。完全本気モード!最強の力とくと見よ!いっくぜぇー!」
「あいつってさ、ああいうところ子供っぽよな」
「まったくです。こういう人が悪い方へいくと悪王になる。人生は紙一重ですね」
「あっはっはっはっ、どうしたどうした!さっきまでの余裕がねーぞ!」
「くっ、この小僧急に動きが、小癪な!」
「もっと良く見て動け、よ!おらおら!連続突きー!」
「調子にのるな!ふん、頑丈な槍だ。これは折ることは出来んか」
「昔ソノマで見つけた槍だからな、そこらのなまくらと一緒にするんじゃねーよ」
「ふん」
「トラド殿がやけにハイだな。雷か?」
「ええ。もうじき切れる頃ですけど」
「勝負はつきそうじゃん。どうするんだ?」
「うーん、このまま生かしておきましょう。北の牽制に使いたい」
「交渉ならアイズ殿、よろしく」
「はい。トラド!そこまでにしましょう」
「んー?なんでだよ」
「トノさんと話したいので」
「やれやれ、いいところで。しゃーねーな」
「反動があるでしょうから休んでいてください」
「はいはいっと」
「トノさん」
「ふぅ、勝ったつもりか。いい気なものだ」
「今この場で勝ち負けなどありませんよ。いや、このまま争うことは敗北を意味します」
「北か」
「はい。私達をここに誘い込んだ者は北の、鳩と関わりを持つ者です」
「なるほど」
「ここにいる僕らは白鳩にはめられたのですよ」
「ふん。白鳩め」
「それでどうしたいんだ?」
「手を結びませんか?」
「お前達と?ただ北へ圧をかける存在が欲しいだけだろう」
「ええそうです。話が早くて助かります。あなた達にとっても利のある話でしょ?僕らは西に手を出さない。だけど必要なら北に対して攻勢をかけることもある。どうかな、悪くないと思うのですが」
「お断りだ」
「残念です。でもいつでも歓迎しますのでお声がけください」
「黙れ。キサマのそういうところは鳩と似ていて気に入らん。失せろ」
「わかりました」
「小僧」
「なんだ?」
「名をトラドといったな」
「ああ」
「覚えたぞ。いずれ勝負の続きをしよう」
「いいぜ。覚悟ができたらいつでも来い。ちなみに俺は近衛騎士じゃないからな。東にある戦士の村にいる」
「東の村、山羊やデモロがいるところか」
「そうだ。いつでも、とはいえんが来たら相応に対応してやるよ」
「忘れるなよ。必ずキサマをこの手で潰す」
「へへっ、出来るものならやってみろ」
「うん。悔いが残らんように過ごすんだな」
「なあトノ。なんで白鳩と協力しないんだ?」
「決まっている。鳩は姑息な手を使う。気に入らん。それだけだ」
「ふーん。あんた、なんかいい奴だな」
「モンスターに善性も悪性もない。ただあるがままに生きるのみ」
「いいな。そんな生き方、憧れるよ」
「ならそうすればいい」
「ははっ、そうだな。まったくその通りだよ。そう出来たら、いいな」
「さて僕は帰りますね。ベスボ。僕は残業しすぎて疲れたので明日は休みます」
「はぁ?俺だってここんとこずっと野宿したりで大変だったんだぞ。俺が休む」
「2人とも休んだら怒られるでしょ」
「じゃあジャンケンだ。先に10回勝利したほうが休みでいいな」
「いいでしょう。僕に勝てると思わないことですね」
「へっ、あまり調子に乗るなよ。俺の実力を見せてやるよ」
「ふふふ、じゃんけんで僕に敵うものなど」
「結局は2人とも呼び出されると思うけどなぁ」
「そうだな」
「ヴァーレさんはどうするんだ?」
「南東に行く。面白いものがあるとブンドウが言っていた」
「南東に?へー。なんだろ、何かあったような。だめだ、さっきの反動でまともに頭が働かん」
「無理は禁物というもの。ゆっくり休みなさい」
「そうする。あ、槍返すの忘れてた。まいっか、元々俺のだし」
「では」
「ああ。気が向いたらギルドに顔出してくれよ」
「東か。あまり用がないからいつになるかわからんが、近くを通ったらそうさせてもらうよ」
「おう。じゃ、またな。さーて俺も帰ろっと。つっかれたー」
「ふん。白鳩らにはめられた、か。理解は出来るがしかし騎士にいいようにしむけられていることが気に入らんな。しかし。ふぅ、誰を敵とするか見定めていく必要があるか。だがいづれ全員を叩き潰してくれる」
「トノ様」
「む、お前達生きていたか」
「はっ。皆生きております」
「そうか」
「奴らめ、恩を売ったつもりか。まあいい。騎士は後回しとしよう」
「よろしいんで?」
「一旦はな」
「人間に手を出すなと周知しますか?」
「不要だ」
「御意」
「根城に戻る。お前たちはここで引き続き北の動向を監視しろ」
「仰せのままに。ウホッ」
「だれも追って来ていない。上手く逃げられたみたいだね」
「今回は死ぬかと思った。クロが透明化の魔法を編み出していたおかげだな」
「まだ制御が難しい。時間帯と乱雑した瓦礫のおかげでなんとかなった」
「ああ。だが油断するな、ヴァーレは俺たちの痕跡を追って追跡してくるかもしれない」
「実に厄介だね」
「西の領主の場所を本当に知っていたんだね。騎士に話を持ちかけた時はハッタリだとばかり」
「嘘と真実は混じえるからこそ効果がある。相手を混乱させられるだろ?」
「うん。混乱した」
「ははは。それはすまんな」
「いいよ。答えを知った今は面白いから。参考にしよう」
「ただな」
「なに?」
「西を敵に回すことになったのは今後の憂いだ」
「悔やんでいるのかい?」
「少しな」
「あの状況では悪くない策だった」
「悪くはない。だが最良のだったかというとわからんな」
「そんなに悔やむことかな」
「騎士をゴリラにぶつけたのはいいが、万一ゴリラの矛先をこちらに向けられたら、と思うとな」
「騎士にかい?」
「そうだ。アイズならやりかねない、というか俺ならやる」
「北との関連性が知られなければいいはずだよ。姿は見られていない。少なくともゴリラには」
「北か。鳩と手を切る良い機会かもな」
「そうなれば北にいられない。その後は?」
「南だ。そろそろホームグラウンドへ行くか」
「という具合でかつてないほどの災難にあった」
「お疲れさん。マル達が大変な目に会ってくれたおかげで俺とヒカルはすんなり戻ってこられた」
「だろうな」
「感謝感謝」
「シロは?」
「だいぶ落ち着いてきたらしい。鎮静剤を投与した後に急に傷も癒えていったそうだ。完治とはいかんけど」
「治ったのか。とにかく安心だな」
「一部、体の形状が変わりつつある部位以外には問題はなさそうだぜ」
「変化ありか。ふむ、魔獣化が始まったのか」
「ソノマは残念だったな」
「ああ、まさか奴らに俺の趣味を把握されてるなんてな」
「なあ」
「なんだ?」
「前から気になってたんだけどよ、なんでそんなにソノマにこだわるんだ?」
「言わなかったっけ?ソノマのダンジョンには現代で失われた遺物があるんだ。俺はそれが見たい。規模が大きなダンジョンであるほど中にあるものは希少性を増す。だからだな」
「ふーん。かわいいものもあるかな」
「は?かわいい?ま、まぁ個人の好みだからなんとも言えんがあるんじゃないか?」
「へー。おれも探してみようかな、ソノマダンジョン」
「シロ。調子はどうだい?あれからだいぶ経ったから落ち着いたはずだけど、どこか痛むかい?ああ、背中が気になるのか。そうか、まだ馴染まないんだね」
「クロ」
「ああ話せたのか。なんだいシロ」
「見てください。く、口が、クチバシに!」
「本当だ。急な変化があったようだ。でも仕方がない。それより意識がある内に変化したのかい?だとしたらどんな感じで」
「いえ冗談です。その辺にあった素材ですよ。もう少し心配してもいいと思うのですが」
「心配したよ?」
「そうですか」
「だいぶ安定したようだね。変化したのはどこだろうか」
「背中の羽くらいです」
「変化が少なかったのは初期段階で鎮静剤を投与したからかな。被検体を用意してもう少し実験してみよう」
「私は皆さんに挨拶してきます」
「うん、わかった」
「ユミさん」
「シロちゃん!もう痛まない?」
「はい。ご心配おかけしました」
「ええ。治ってよかったわ」
「ふふふ。見てください、この背中!羽が生えてまるで」
「鳩ね」
「ちがいますー、天使ですよ天使。可憐な私に相応しい変化を遂げました。ふふふーん」
「顔が鳩になってせわしなく動いてくれたら面白かったのに」
「不幸にもほどがあるでしょう」




