89. 我慢には限界がある
「ふぅ」
「ユミ、おかえり。ご苦労さん」
「鳩の相手は疲れるわ。あの姿で狡猾とか、存在が狡猾よね」
「ははは」
「どういう事なのでしょうか?」
「シロちゃんは見たことなかったっけ」
「はい、ありません」
「あれはなぁ、耐えられん」
「醜悪なのですか?」
「いいえ。鳩はほんと、真面目になるほど堪えきれないのよ」
「どゆこと?」
「初めて見た時、あれは辛かったわ」
「今日の取引、本当に大丈夫かしら」
「ははは、心配するなユミ。鳩とは今回初めて話すわけじゃない。ある程度決まっている内容だから問題ないだろう」
「相手はモンスターよ。油断出来ないわ」
「油断はしないさ。だが不安にかられると判断が鈍るだろ?」
「わかってるわ」
「上手く行かなかった時にどうするか考えておけば大抵のことは切り抜けられるさ」
「簡単にいくといいけど。相手は北の領主よ。殺伐としたモンスターの土地をまとめるなんて相当の実力者。油断していなくてもやり過ごせるか」
「ユミ、心配しすぎだ。相手にも理のある話しになるはずだし、警戒しすぎると不信感を与えてしまう」
「ええ、わかってる」
「トラドは見逃してくれたが城の連中には手配されたはず。もっと安全な拠点が必要だ」
「もう何度も聞いたわよ」
「ははは、そうだな。だからこれはやり遂げないとな。上手くいけばいい場所を確保出来る。失敗したら、どこか候補地をまた探そう」
「そんな余裕あるかしら」
「皆で旅するのもいいかもな」
「もぉ」
「こんにちは」
「白鳩殿、こんにちは」
「ご足労ありがとうございます。そちらは?」
「従者のユミアと申します」
「はじめまして。私は白鳩。この地は歩きづらかったでしょう。どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
「ね、ねぇ」
「どうした」
「あの首は何であんなにもキョロキョロしてるのよ」
「鳩だからだろ?」
「見た目だけならまだしもあれじゃ鳩まっしぐらじゃない」
「どうかなさいましたか」
「い、いえ。不慣れな土地に戸惑ってしまい」
「そうでしたか、ここは整備するものがおりませんからね。領主としては恥ずかしいかぎりです。ですがじきに城に着きます。もう少々ご辛抱ください。もてなしもありますので」
「お心遣い感謝いたします」
「さあ見えて参りました。あれが私の城です」
「鳩の巣!くっ、わ、私もう限界」
「落ち着けユミ、落ち着くんだ。中に入れば普通の城だから」
「しゅ、集中。私は今、危険なモンスター領にいる。そうよユミ。ここは最も危険な、は、鳩の巣。ぷぷっ」
「おや?かがみ込んでいかがなさいました」
「あああ、ちょっと長旅で立ちくらみのようです、ですが大丈夫!そう大丈夫なのですからどうぞお気になさらず。ほんと大丈夫ですのでー、ははは。ぉぃ!」
「ふぅふぅ、これは油断ならないわね」
「どうぞおかけください。では早速商談といきましょうか」
「ええ。前回お話ししました魔獣化の薬。こちらはまだ未完成ではありますが、実験段階とはいえモンスターを強化する効果を確認しております」
「それは素晴らしいですね。完成に何が足りていないのですか?」
「効果が不安定なのです。そして副作用」
「やはりあるのですか」
「はい。副作用として理性を保てなくなります」
「なるほど。それ以外には?」
「現在把握している作用はそれだけです」
「ふむ。少し席を外します。少々お待ちください。おおそうです。こちらいいワインを手に入れました。お待ちいただく間ご堪能ください。ぽっぽー」
「う、ゲホッゲホッ。くぅ、不意打ちとは」
「はぁはぁ、大丈夫かユミ。正直いてくれて助かるよ、お前が反応してくれるから客観視出来て冷静さを保てるんだ」
「さすが北の領主。うっかり吹いちゃったけど、このワイン」
「ああ。何か仕込まれてるな」
「本当に油断ならないわ」
「お待たせいたしました。その薬を買いましょう」
「ありがとうございます」
「ワインはいかがでしたか?」
「美味しかったです。濃厚でしかし少しねっとりしたような舌心地」
「ぽっ。お気に召されたようで何より。それはピジョンブラッド。鳩の血です」
「あら、いい趣味しているのね。あなたも鳩ではなくって?」
「モンスターは強者が絶対。弱い存在であることが悪いのです」
「そう」
「白鳩殿、そろそろ我々の要求についても」
「そうでしたね。この北方に居を構えたいとのことでしたか。この城から西にある砦を差し上げましょう」
「ははは、砦とは気前のいい話ですな。ですがそこまで大きな家でなくとも構いません。なんせ我々は10人もおりません」
「おやそうですか。ですがお気になさらず。今後増えることもあるでしょう。それに万一騎士などに攻められても籠城できますよ」
「それはいいですね。しかし掃除が大変そうですし、どこか土地を頂ければ我々で建てますから」
「では今回はこれで」
「ええ。薬の試作品を楽しみにしております」
「必ずやご期待に添えましょう。行こうかユミ」
「はい。失礼いたします」
「へー、それで手に入れたのがこの土地だったのですか」
「大変だったんだから」
「でも砦の方が良かったのではないですか?」
「砦の場所はモンスター領の北と西の境目。西の連中が攻めてきた時に盾にしようという魂胆だ」
「なるほど。ですが結局はこの東寄りの場所に土地をいただいたのですから良かったのですね」
「そうでもないのよ」
「何かあるのですか」
「ええ、最近わかってきたことだけど、騎士がうろついてるのよ。北の調査を行うのに使うルートがあるみたい」
「なんと!」
「だから地形を変えた」
「は?地形を、マルがですか?」
「ああ、大変だったんだぞ」
「大変というか、それはそうでしょうけど、出来るものなのですか?そんなこと」
「頑張ったからな」
「そう、ですか」
「薬はいい値段で売れたのですか」
「どうかな。土地代になった」
「足元見られたわ。だけどお互い不用意に干渉しないようにって約束出来たのは上々かな」
「ふーん、まぁ使ってみてどうだったかフィードバックをいただければそれでいいですが。もらえれば研究がはかどります」
「依頼はしてある。あいつも完成させてほしいだろうから連携してくれるだろう」
「その点は期待できそうね」
「今度私もついて行っていいでしょうか」
「だめ、シロちゃんは絶対堪えられないから」
「ああ、だめだ」
「そんなー。絶対に何も言わずにいます」
「聞き分けのない子ね」
「あ、いえ、大丈夫です。鳩なんて興味ありません」
「そう。よろしい」
「では、シロはこれにて失礼いたします」
「はーい」
「ちょっとかわいそうな気がしてくる」
「鳩を怒らせないためよ」
「いや、そうじゃないんだけどな」
「ん?誰か来たみたいだな」
「誰かしら」
「ぽっぽっぽっ。こんにちは。マルマル殿はいらっしゃるかな」
「白鳩殿!このような場所に。いかがなされたので?声をかけてくだされば出向きますよ」
「いえいえ。いつも苦労をかけるのは、と思いまして。ビジネスパートナーですから」
「あまり片付いておらず、お見苦しい限りですがこちらへどうぞ」
「ご丁寧にどうも」
「ユミ。双子は近づけるな。絶対にな」
「わかった」
「ダグとヒカルに周囲を偵察させておいてくれ。北の勢力ないし騎士がいないか」
「うん、連携が済んだら私もそっちに行くわね」
「助かる」
「折角来たのですし、研究所を見せていただくことは出来ますか?」
「それは難しいですね。今は作業中ですし、集中を切らしてしまうと事故に繋がるような失敗にもなりかねませんから」
「それは残念です」
「申し訳ない」
「いえいえ、突然押しかけたのですから」
「何か飲み物でもお持ち」
「わっ、大きな鳩ですよクロ」
「珍しい。こんなところに呼び込むなんて。新鮮ないい材料になりそうだ」
「お前達、やめろ!白鳩殿、御無礼を」
「なるほど、あれが噂の北の鳩のようです。本当にキョロキョロしていますね。あはははは」
「キ、キサマッ!ユルサン!」
「白鳩殿、お待ち下さい!くそっ、シロ!逃げろ!」
「ニガスカ!」
「あ、ご、ごめんなさ」
「フンヌゥッ!」
「シロ!」
「おいクロ、シロは、白鳩殿どうか落ち着いてください」
「コケニサレテオチツケルモノカァ!」
「シロ。動いてよシロ」
「クロ、落ち着け、冷静に」
「モンスター。お前は許さない。解体してやる。絶対に許さない!」
「クロ、頼む、みんな落ち着いてくれ!くそ、最悪だ。ユミはどこにいるんだ!」
「マル、何かあったの?ちょっと、シロちゃん!」
「存在ごと燃えてなくなれ!」
「ニンゲンゴトキガァ!」
「ユミ、どこにいたんだ、いやそれより」
「シロちゃん、なんてひどい、顔が」
「力ではダメだ、交渉、しかしカードがない、どうする、どうすればいい」
「オノレ!コイツ、ナゼココマデノチカラガアル、コレガクスリノコウカカ」
「領主だったか。さすが手強い。勝算は低いか。だが、だとしても!」
「おいお前ら、その辺にしとけ」
「ヒカル!」
「ったく、何暴れてんだ」
「マル、戻ったぞ。近くに騎士の一団がいた。白鳩さんよ、一旦落ち着いてくれよ。このまま続けたら騎士も来て共倒れだ」
「キシダン、ムゥ。フゥー。いいでしょう」
「僕は許さない。逃がすものか」
「白鳩殿、この非礼の詫びは必ずする。今日のところは引いてくれないか」
「そうだぞ。さっさと帰れ」
「こっちにも出迎えの準備ってものがあるんだ。いきなり来て気にらないからって勝手すぎだろ」
「2人とも、頼むからこれ以上は。白鳩殿、その者が薬の研究を行っている者です。彼を殺しては全てが台無しに」
「わかりました。引きましょう。確かに突然の訪問は失礼でしたね。しかし、私は私を冷やかす存在が許せません。この姿を軽んじる者は少なくない。私がなぜ我慢しなければならないのか理解出来ナイ。ジツニフユカイダ」
「うるせーな。だから魔王の座を狙ってるのか」
「マオウゴトキ。ワタシガ目指すのは頂点ただ一つ。ふん。語ることでもありませんね。では失礼」
「待て、逃げるな!」
「クロ、あれは必要な奴なんだ」
「僕には関係ない。君らもそうだ。有益だから共にいた。でもこれ以上は不要だね」
「そんなことよりシロちゃんの手当を!」
「そうだね。どいて。僕が運ぶ」
「俺は医学の心得がある。手伝おう」
「ふぅ、仕方がない。わかった」
「クロがあそこまで怒るなんてな」
「いつもは自分が見捨ててるくせに」
「突然目の前で家族が襲われたんだもの、普通に考えたら当然ね」
「いつも大切って言ってたけどよ、あれ本当だったんだな」
「きっと自分でもわかってないのよ、あの子」
「ユミ、双子はお前がどうにかしとくんじゃなかったのか」
「探したけど見つからなくて、ごめんなさい。手遅れだった」
「こうなった以上は仕方ねーだろ。問題は鳩だ。もういっそ殺るか」
「俺はそれでいいぞ」
「だめよ。そんなことしたら北の地を狙って国中で争いが起こるわ。私達は何も戦いたいわけではないでしょ」
「クロがやるっていうなら俺は一緒にやる。あの鳩、気に入らねーからな」
「まーとりあえず今はマルが戻るのを待とーぜ」
「でも騎士が近くに」
「ありゃ嘘だ」
「まったく、バレたらどうなっていたか」
「皆、いるな」
「シロちゃんの様態は」
「なんとかなった。僕らが今まで行ってきた人体実験の研究が役に立ったよ。おかげでなんとか死なずに維持できたよ。でも長くはない」
「そうか。おいクロ、鳩をやるなら俺も行く」
「助かるよ。この報いは受けさせる。たとえどれだけ時間がかかろうとも」
「ダメだ、それは困る。お前たちの気持ちはわかるが」
「言ったはずだよ。僕がここにいるのは有益だからだ。シロを守りながら研究するのに丁度よかった。でもシロはもう長くない。死んだらここを出ていく。邪魔をするなら容赦はしないよ」
「なあ、シロを助ける方法はないのか?それこそ魔獣化で」
「魔獣化か。まだテストの段階だ。リスクがある。でもどうせダメなら試すのもいいか」
「なら彼女の結末を見たあとに今後を決めよう」
「いいだろう」
「そういえばシロが言っていた夢、まさか」
「どうしたのよ?」
「大切なおもちゃを壊されて全てを壊す。いやまさか、な」




