82. 炎の騎士と氷結の魔女
「しゅたたたた」
「ちっ、なんだあいつ!」
「しゅばっ、っすと」
「おい、まだ追ってくるぞ、このぉあっち行けぇ!」
「ばっ。くるくる。しゅたっ」
「来るな来るな、うわ、うわぁぁぁぁっ」
「ふぁいあーみっしょんこーんぷりーと」
「ニーナちゃんの家、久しぶりだ」
「なんか恥ずかしい思い出が蘇るわね。忘れよう。ただいまー」
「おじゃましまーす」
「いらっしゃーい」
「え?」
「こんにちは」
「こんにちは。ニーナちゃん家でネコが招いてくれた」
「福があるかもねー」
「そうね」
「ささ、どうぞ。粗茶ですが」
「これはご丁寧にどうも」
「よくできましたー」
「うわぁ、やめてよ。ニーナはすぐ抱きついてくる」
「だってノラってぷにぷにしてるし、毛は長くないのにふわふわすべすべしてて気持ちいいんだもん」
「ふふふーん。そこまでいうならしかたがない。ちょっとだけだぞー」
「抱きかかえられて無頓着にのびた脚。そんなネコを嬉しそうに頬ずりするニーナちゃん。ネコが似合う美少女、最強の組み合わせだ。来て良かった」
「さてと。ノラ、またお使い行ってきて」
「あいさ」
「はいこれ。よろしくねー」
「ケーキじゃん!やった。じゃあいってきまーす」
「随分と出来たネコですね」
「でしょ。最初はどうしようかと思ったけど、中々便利で助かってるの」
「えーっと、あのネコは一体」
「さあ」
「さあですか。あの子名前何ていうの」
「ノラトナ」
「ノラちゃんですか。楽しそうね」
「まあ1人でいるよりはいいかな」
「そうですか。なんか疎外感があって寂しい」
「はいはい。じゃあセツもお使い行ってくる?」
「どうせなら一緒に行こうよ」
「うん、いいよ」
「あ、そうなるとノラちゃんが行った意味ないわね」
「気にしなくていいよ。じゃあ行こっか」
「う、うん。あのネコってどういう扱いなんだろ」
「そうだセツ、メイ先生も誘おうよ」
「先生かぁ、来てくれるかな」
「かわいい教え子が会いに来てくれたら絶対付いてくるでしょ」
「ふふ、よっぽど忙しくなければあの人ならそうだね」
「前から先生と買い物行ってみたかったんだ」
「普段レッスンのことばっかりだもんねー」
「そうそう」
「色々話したいね」
「先生は何が好きなのかな。セツは何だと思う?」
「良質な竹刀とかじゃない?」
「まっさかー」
「あはは」
「ははは」
「竹刀ってどこで売ってるんだっけ」
「そういえば買い物コースに武器屋があったわね」
「ルート変えとこ」
「うん」
「先生、いますー?」
「ど、どちらさん?」
「ニーナとぉ」
「セツでーす」
「どうしたの?何かあった?」
「先生こそ何かあったんですか」
「こんなに焦ってる姿初めて見た」
「え、そうかな。そうかしら。なんの用かしら。あらセツちゃん、こんにちは。久しぶりね」
「あー、はい。ご無沙汰してます」
「あの、一緒に買物行きませんかとお誘いに来たのですが、立て込んでいるみたいなので今日はやめておいた方がよさそうですね」
「ええ、ごめんなさい、今はちょっと。待って、買い物?いいえ、やっぱり行くわ、行きましょう。もしかしたら見つかるかもしれない」
「メイ先生、大丈夫ですか?」
「大丈夫よニーナちゃん。ありがと。さーて、何買おうかしらねぇ、良質な竹刀でも売っているといいな」
「あ、これ!セツ知ってる?」
「なーに?」
「すごーく面白いの」
「へー。無食転生、異世界行っても坊主になる。断食の末昇天。気がつけば異世界に転生。高等な精神から溢れる魔力は凄まじく、男から女に生まれ変わった彼女は自分の在り方を問いながら世界を渡り歩く。ふーん」
「あなた達ってこういうのが好きなの?」
「はい」
「そうなの」
「先生はどんな本が好きなんですか?」
「実は私、本はあまり読まないのよね」
「以外ですね」
「のんびりぼーっとしてるのが好きなの」
「落ち着いた時間がいいんですね」
「ええ。でもまぁ、今日は楽しく過ごしましょう」
「はい!じゃ、あっちのお店も行ってみましょー」
「あー、楽しかった」
「あら、いつの間にかもう遅い時間なのね。こうしてのんびり過ごすのはなんだか久しぶりだわ」
「先生そんなに忙しいんですか?」
「ちょっとね」
「へー。あ、遅い時間といえば先生知ってます?怪人の話し」
「か、か、か、怪人の正体ですって!し、知らないわ、忘れてたくらいまったく心当たりもなくって知らないわ。どのくらい知らないかというと、とにかく知らないくらい知らないのよ!」
「動揺しすぎて先生が怪人になってますよ」
「正体とか聞いてないし。知ってるなら教えてください」
「だから知らないのよ。まーったく、なーんにも知らない。もー何でしょうねぇ怪人って、おほほほほ」
「ニーナちゃん。これ、どうしようかしら」
「ちょっとかまかけたらペラペラ喋りそ」
「ねえメイ先生。怪人って、あの人のことでしょ?」
「あ、あの人!なんで、いえ何のことかしら。私何も知らないのよー。だからあなた達に話すことなんてなにもない、そーよそーなのよー」
「じゃあ騎士にあの人のことお伝えしてきますね。もうわかってるから別に教えてもらわなくてもいいですので」
「ちょ、ちょっと、ちょぉーっと待って。ね、待って?」
「もー、メイ先生。かわいい教え子にまで言えないことなんですか?いつも先生のもとに通ってるわたしでも信用できないんですか」
「それは、そのぉ」
「ニーナちゃん。やめてあげて」
「なによセツ。知りたいんじゃないの?」
「いいの、もういいの。メイ先生。わたし、わかっちゃった」
「う、やはり。もしかしたらあなたなら気づくかもしれないと、そう思っていたわ」
「なんで?ちょっとー、2人で話し進めないでよー。あれ?何か変な音が聞こえない?」
「変な音?」
「ま、まさか、見つけたかったけど、いまは、だめよ」
「しゅたたたた」
「は?」
「しゅばっ」
「なにあれ」
「とぅ。ひゅー、しゅとっ」
「ああ、終わりだわ、もう隠せない。もう、仕方がない。見られたからには仕方がない。ならせめてこの手で」
「これはやはり。メイ先生。僭越ながらセツカ、お手伝いいたします」
「ありがとう、セツちゃん」
「あんなヘンタイを世に出すわけにはいきません。幸いここは人気のない場所」
「やるなら今ね」
「もー、だから2人だけで話し進めないでよー」
「もし目撃者がいたら教えて。アレもろとも氷漬けにするから」
「御意」
「もぉいいわ。ふーんだ。わたしはあっちに行ってますよーだ」
「ふぁいあーみっしょんすたぁーと」
「なんか様子が変ですね」
「あの姿を見れば正気じゃないのは誰の目にも明らかよ。全身タイツに妙なアーマー。あんなものどこで調達したのかしら」
「というか、なんというか理性がない」
「多くのしがらみの中でぱっと理性が飛んだのよ」
「だからってあんなかっこしますか。もー、先生ちゃんと考えてよ」
「理性がないってことは思うまま好き勝手に本能に従って動いてるってことでしょ」
「はい、なんか、ローさんが暴走しちゃった時みたい」
「どうするの?」
「あの時は、バナナでなんとかなったけど」
「バナナ?」
「でもその後あの人が来て」
「結局力でなんとかするしかないんじゃない」
「もっと穏便にいかないかなぁ。あれってなんというか、まるで違う魂が重なってるみたいな感じ」
「どうにもならないわ。やるわよ」
「わかりました。先生のこと、忘れません。いいとこだけ覚えておこ」
「しゅぱっ。びゅーん」
「ふざけたなりだけど元のスペックが高いから厄介ね。この記憶ごと凍って砕けろ!」
「ふおぉぉぉぉ、セツカアターック!」
「しゅたた、ばっ。ふぁいあー」
「なっ!先生、アレ炎使ってますよ?」
「十分あり得るわ。アレは苦手なものにばかり手を出していたから。一通りのことは何でも試しているはず」
「だとしても、なんかずいぶんと使いこなしてますよ?」
「うーん」
「しゅっ。ばばっ、くるくるー、すとっ」
「あの擬音、段々イライラしてきました」
「私は最初からよ」
「うおぉぉぉぉ、フルゥパワァァァー!」
「ちょこまかと。もういっそ街ごと凍らせようかしら」
「きけん、あぶない。かもん、で、らいどーん」
「ぶひひぃーん」
「でゅわ。ぱからっぱからっぱからっ」
「1号まで来たか。すみませんメイ先生。わたし、恥ずかしすぎてもうアレを直視できません」
「いいのよセツちゃん。私もだから。いいこと?アレの正体は私達だけの秘密です」
「承知してます。幸いあの人は騎士達に覚えられていませんでしたから、気づかれる前に片付けましょう」
「ええ。昔から理解が追いつかない人だったけど、ここまで来たか」
「せ、先生。背中に竹刀なんて仕込んでるんですか、なんか妙にかたばった上着だと思ったら」
「いくわよアン、じゃなかったタイツのヘンタイ!ここで引導を渡してくれる。凍てつけ、冷凍竹刀!」
「その名前、さすが姉妹ね」
「ニーナ、ニーナ」
「なーに、まさか変身しろっていうの?」
「うん」
「メイ先生がいるから大丈夫よ」
「だめだよニーナ。あんなおもしろ、じゃなくて危険な存在を野放しに出来ない。ここは魔法少女の出番だ」
「そもそもあれって何」
「ベルトの力で変わり果ててしまった哀れな人間の姿さ」
「哀れなのは間違いないけど、ベルトの力?なんか聞いたことがあるような。あ、思い出した。前にデモクがこの杖の話しした時にベルトの話しもしてたっけ。ベルトねぇ」
「そうそう、それ」
「ふーん。随分ものしりなネコさんだこと」
「に、似た力だから、なんか、なんというかわかっちゃうみたい」
「へー」
「うー、とにかく変身してたたかってよー」
「やだ」
「おねがい」
「どーしよっかなー。そういえば毎日部屋の掃除するのって大変なのよねぇ」
「もー、しょーがないなぁ。掃除は私やるよぉ」
「仕方がない。正気に戻すくらいのことはしますか」
「はー、私どんどん雑務が増えていく。ニーナこそ悪魔だよ」
「まじかるまじっくまじけーしょーん」
「棒読みとか。やる気ないなぁ」
「へーんしーん」
「いいけどー。うふふっ、変身したらやる気爆発だもんね」
「ノラ!お待たせ。悪い人はどこ?」
「待ってたよアスミ!さぁまずはいきなりプリティーモードに変身だ!」
「わかったわ!赤の力を借り仮初の姿で歴史の力を紐解かん。プリティーモード!赤の魔法少女アスミ!明日を見据えてここに誕生!」
「たんじょうだー、それいけアスミー」
「それで?」
「うん。あれ」
「大変!善良な人が襲われているわ!」
「あれ善良かなぁ」
「人が襲われているのよ!助けなきゃ」
「うん。じゃあがんばってー」
「行くわよー!」
「今回私はここから見物してるよ。うふふ。変人同士の熱いバトル、たっのしーぃなー」
「ふーん。まあいいけど」
「へ?アスミ?」
「じゃあちゃっちゃっと終わらせましょ」
「ちょ、ちょっとアスミ。なんかいつもよりざっくりしてる。というかまさか、ニーナ?そんなまさか。魔女の力を上回った?」
「ノラ、どうかしたの?」
「え、えーっと、その、ちゃっちゃっと片付けよ。一緒に行くね」
「ええありがとう。がんばらなきゃ、皆を救うのがわたしの使命だもの!」
「いつものアスミだ。さっきのは何だったんだろ」
「そこまでよ!」
「今度は何?」
「あ。あれ王子が言ってた別の変人だ」
「この街って変人ばっかりね」
「そこの馬に乗った怪しい人!善良な人に悪さをするなんて許せない!」
「善良って私のことかしら。いい子ねぇ」
「善良な人は自分を善良だなんて言いませんよ」
「さあ覚悟なさい!」
「ふぁいあーみっしょんはーどもーど」
「アスミ、とりあえず浄化だ!」
「わかったわ!そのセンスを清めなさい!プリティレイン!」
「あの姿でセンスを問うか」
「いい勝負してるけどねぇ」
「そこ!さっきからいちいち余計なこと言わない!さっさと避難しなさい」
「そうはいかないのよ」
「先生、あの変人と協力しましょう」
「えー。うーん。まあ、そうねぇ」
「不要よ!このっ、なかなか素早い怪人ね!こうなったらとっておき。明日の希望で世を明かせ。希望の煌き、プリティプリズムシュートッ!」
「ひっさつ。ぼぼっ。ふぁいあーきっく。うりゃ」
「真っ向からぶつかった?」
「いえ、弾いたのよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと、今弾丸打ち払ったわよ!そんなことある?すごい速さなのよ?この間の変なおじさんといい、この世界のヘンタイってなんでこうも厄介なのかしら」
「アスミ、それは君も同じだよ」
「こいつ」
「あれ?なんか様子が変じゃないですか?」
「ほんとだわ。ちょっと苦しんでるわね」
「あら。あー。当たったから効果が出てるんだ。さすがわたし」
「うー、いたいよー。ぶたなくたっていいのに」
「ほら解説」
「はい。あれは浄化作用がたぶん効いてて苦しいんだと思います。何が苦しいかって?そりゃあの姿だもん。はずかしーんでしょ。悶える姿っていいなぁ」
「うおおおお。ふぁいあーぱわーあっぷ」
「先生、アレさりげなく面倒なことを口走ったような」
「うわっ、ちょっとなんか眩しいわ」
「落ち着いたわね」
「一体何が」
「そこの2人、気をつけて!何かやっているわ!」
「魔法よ!セツちゃん、逃げて!」
「天駆ける龍の如く揺蕩う霞よ。我が怒りに応えてその身を焦がせ。集え雨雲、八雲よ落ちろ!くぅらえぇぇぇ!天誅、ゴロゴロドカーン!」
「きゃっ、なにこれ」
「落雷!そんな高位の魔法まで。習得出来る人は100年に1人、賢者と呼ばれる者にしか扱えないといわれる高度な魔法よ!それを、あんなヘンタイが」
「煌めく焔よ、艶やかに舞え。火炎方陣!お鍋の釜戸!」
「きゃ、なにこれ炎に囲まれて、あち、先生熱いです!」
「ええーい、火種ごと凍りなさい!」
「ふぅ、助かりましたぁ」
「厄介ね」
「アスミ、あのスーツのおかげで力が増しているみたいだから気をつけて」
「わかったわ!」
「もういい加減氷漬けになりなさい!」
「ちょっとメイ先生ぇ!あぶないでしょー!」
「ふん。やるな。だがその程度では我を止めることは出来ん。何故ならば!我はこの地の悪を屠るため地上に降り立った太陽なり。そう。我が名は天の使者、天天!」
「てんてん?あの人何言ってるのかしら」
「あのネーミングは間違いない。アレ、正気ですね」
「だとしたら困ったわね」
「なんでです?」
「さっきまでは本能的だったけどそれが理性を持ったとなると。うーん、私じゃどうにもならないかも」
「そんな」
「だって私でさえ近衛騎士になれると言われてるのよ?その私と同じポテンシャルで戦闘に特化してみなさいよ。戦士村の村長でもなきゃ無理よ」
「じゃあどうするんですか、まさかあのヘンタイを野放しにするっていうんですか?」
「理性を持ってなお、というか方向性の違うヘンタイに変態した。あら、真の変態ね。ふふっ。騎士を呼ぶのは避けたいし、とはいえさすがにもうじき来るわよね。どうしたものかしらねぇ」
「もー、どうにかしないと。まったく、変身後のバージョンアップなんて、面倒なことを」
「もう帰ろうかな」
「おい。ん?また何か来ますね」
「とぉ!天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ。悪を斬れよと我が呼ぶ。水の騎士ハモン、呼ばれず飛び出てここに参、上!悪党め、天に代わって成敗してくれる。覚悟しろ!」
「あの、わたし色んな人見てきたけどさすがにもうキャパ限界です。どうします?」
「セツちゃんで無理な変人を私が許容出来ると思う?」
「言ってる意味がわかりませんが、まぁ無理ですね。で、どうしますか」
「えーと、もーいっかな?」
「投げ出すんかい!」
「だってあんなのどうしようもないじゃない。そうよ、アレは私の身内ではないことにしよう。そうそう、私は一人っ子。生まれた時から1人だったのよ。ね、簡単なロジック。これで解決だわ」
「現実逃避しおって。今来たのも騎士なんですか?」
「ええ。アンと同じタイプよ」
「見ればわかります」
「実力はあるのよ?でもわざわざ自分の行動を口に出すから騎士の模擬戦では全敗。本来の実力なら上位の騎士になれるのに下級騎士と呼ばれてる人よ」
「騎士って変な人ばかりですね」
「だから嫌なのよ、ぜーったいなりたくない。あんなのと同僚って言われてみなさい。恥ずかしくって騎士なんて名乗れないわよ」
「たしかに。あ、そうだ。あの人が騎士ならもう手遅れだし、後は騎士様に任せてさっさと帰りませんか?」
「だからさっき言ったのに。はぁ、今日は頑張ったからどこかで美味しいものでも食べてのんびりしましょう。そういえばニーナちゃんは?」
「あれ、いない。どこだろ?あの変人もいなくなってますね。まぁいっか。つかれたー」
「ほぅ。天に代わって、ですか。この天の使者である私に断りもなく代行すると」
「貴殿が何者かは知らんが正義を成すのが我が務め。邪魔立て無用」
「そう。なら覚悟なさい」
「天を語る不届き者め。覚悟するのはどちらかな」
「ほざけ。いくわよ!暗闇を払う暁よ、静かなる時を経て世界を照らせ。必殺!灼熱のぉ、お日様キィィィック!燃ぉえつきろぉぉぉぉ!」
「こい!さあ我が愛剣アクアソードよ、我と共に奴を斬り上げろ!秘技、滝登り!」
「アスミ、どうしよう。あれは天然だから浄化出来ない」
「放っておけばいいんじゃない?」
「うーん、そうだね」
「じゃあ帰りましょ」
「うん。帰ったらケーキだ。ケーキ、ケーキ」




