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あの、わたし事務なんですけど  作者: Tongariboy
2−2.魔人の務め

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72/124

72. 魔法はちいさな物語

「リーメ先生」

「はいはい、どうしました?」

「火が起きるストーリーってどういうものなんでしょう」

「うーん、イメージでいいのよ?例えば、手をかざす私、火がついて、そして燃える。という具合に」

「いや意味わからんです」

「そうよねぇ。うーん」

「せんせー」

「なんでしょう戦士2号さん」

「名前適当すぎでしょ」

「ごめんなさい、私名前覚えるの苦手なの」

「まあいいっすけど。自分、言葉を考えるのが大変で、絵も上手く描けないです。イメージがそもそも湧かないんですがどうしたらいいでしょうか」

「イメージが湧かないか。そうね、そこが問題なのよね」

「イメージが湧く言葉が思いつかんす」

「うーん」


「言葉が思いつかないかぁ」

「うむ。イメージを文字に起こす事を目的としているのだからそもそもイメージがなければどうにもならん」

「だからイメージを作るために言葉を、はぁ。堂々巡りね」

「概念がないのではどうにもならんのである」

「はぁ、どうしたらいいのかしら」

「最近ため息が多くなっておる。一度離れるのがよかろう。息抜きは必要である」

「ふふ、そうですね」

「普段息抜きは何をするのだ?」

「私は本を読みます。物語の世界に浸ったり、書き手の想いに寄り添ってみたり」

「ふむ、本か。うむ。本である」

「なんです?」

「魔法を本にすればいいのだ」

「物語にするということ?皆に書いてもらうことが出来ないから悩んで」

「いや。君が書くのだ」

「私が物語を?私の言葉じゃ上手く伝わらなくて」

「だから物語なのだ。端的な言葉ではただの羅列でしかない。故にストーリー性に乏しく目的にそぐわんのである」

「それはわかってはいるけれど、そうね。まずはやってみます。出来ることからやっていかないと」


「物語か。いざ書こうとすると思いつかないものね。皆さんもこんな気持ちだったのねぇ」

「リーメさん、今よろしいでしょうか?」

「あらジョー、何かしら」

「頼まれていた資料が出来ましたので」

「あらもう出来たの。さすがね、ありがとう」

「いえ、私に出来るのはこのくらいですから。セツカ先輩のように何でも出来るように早くなりたいです」

「ふふふ、そうね。がんばって」

「はい!あれ、また何か資料作りですか?」

「これはね、魔法を物語にしようと思っているの」

「魔法を?」

「そう。皆さんがイメージしやすいようにね。だけど、こんな方法で本当に出来るようになるのかしら。戦士の皆さんの表情が固くて、なんだか」

「リーメさん」

「皆さんの期待に応えないといけないのに成果が出せていない。騎士達にはある程度上手く結果が出せていたから慢心していました」

「そんなことは」


「あの、わたし事務なんですけど、魔法を教えてもらうことは出来ますか?」

「え?ええ、もちろん構いません。ジョーなら上手く出来るでしょう」

「だといいな。小さい頃から夢だったんです。魔法を使うの」

「あら、読み書きが得意だから学問一筋かと思ってたわ」

「そんなことはないですよ。消去法で残ったものが学問だっただけです。昔から本が好きで、物語の登場人物みたいになりたくていつも空想して頭の中で過ごしていたんです。だから魔法使いにも憧れていたんですけど、全然使えなくて。それなら戦士になって冒険に出たり、騎士のように皆を助けたりしたいって思ったんですけど、運動は苦手だから諦めました。もう学校の勉強をがんばるしかなかったんです。おかげでお城で働く事は出来ましたけどね」

「それで王子の目に」

「はい。私は事務しかできません。それでショウ王子にここで働く話しをされた時、騎士の方達から聞いた査定員ってどんな人なのかなって。同じ年頃なのになんでも出来て、平民なのに王族や、果ては魔王とまで仲良くなっちゃうなんて、それこそ物語の主人公みたい」

「ふふふ、まさにそうね」

「セツカさんは私の憧れを形にしたような人なんです。あの人のようになってみたい」

「それは、どうかしらねぇ」

「あはは。だから魔法、使えるようになりたいです。教えてくださいリーメ先生」

「わかったわ。ありがとう、ジョー。お茶でも飲みながらどんな魔法が使いたいか聞かせてちょうだい。待ってて、用意してくるわ」

「あ、それなら私お手伝いしてもいいですか?リーメさんが煎れてくれるお茶って美味しくて。お邪魔でなければ、その、やり方も教えてもらえたら」

「ふふ、いいわよ。じゃあ一緒に煎れましょう。あなたは好奇心が強いのね」


「ジョーはどんな魔法が使えるようになりたいですか」

「私は、明かりを灯せるようになりたいです」

「明かりを?」

「はい。日が落ちると暗くて仕事がしづらいですから」

「ふふ、あなたらしいわね」

「火ではなくて光を灯せるようになりたいですが、出来ますかね」

「出来るわ。必ず使えるようにしてみせる」

「よろしくお願いします、先生」


「まずは、図形を重ねていくことからやってみましょうか」

「はい。一つ一つの絵を何かに見立てていけばいいんですよね」

「ええ、そうです」

「じゃあ。縦線がわたしで、それを囲う丸が光源。これで私を包む光を表してます。どうでしょうか」

「いいと思うわ。じゃあ集中して、この通りに世界が変わる事を意識するの」

「はい」


「すみません、全然うまくいかないですね」

「最初はこんなものよ、諦めないで。もう少し複雑にしていくのがいいかもしれないわね」

「はい」

「そうだ、色々試してみましょう。そうすることで何かきっかけができるかもしれません」

「わかりました。では次は?」

「言葉にしましょう。ストーリーを作って順番に追っていくの。そうやって事象を重ねて発現させるのよ」

「は、はい」

「やってみて」

「ストーリーですか。うーん。暗い部屋。そこに座る私。次第に明るくなる。なぜなら眼の前に、光源があるから!」


「恥ずかしくなってきました」

「気にしちゃだめよ。けれど、もしかしたらそれが原因かなぁ」

「そうかもですね」

「つまり集中出来ていないのね。ジョー、ありがとう。これは問題を解くヒントになるわ」

「そ、そうですか。私でも役に立てたようで良かったです」

「よくないわ」

「え?」

「それだけじゃだめ。だってあなたは魔法を使えていない。約束したもの。必ず使えるようにしてみせると」

「そんな、いきなり出来るものじゃないと思いますから。私は気長に進めますので気になさらないで下さい」

「それじゃ、だめなのよ。そんな事を言っていたらいつまで経っても皆さん魔法が使えないまま」

「リーメさん、焦っているんですか?」

「焦り、そうね焦っているわ。ここに来て未だに何も成果を出せていないもの。高名な学者として王国から派遣されたのよ?国の威信を背負ってるの。ギルドとの関係性、私への信頼、成果が出せなければ研究は、このままでは私は」

「リーメさん」

「なんてあなたに話すことではなかったわね。ごめんなさい」

「ねぇ先生、一緒に物語を考えてみましょうよ」

「物語か。元々作ろうとしてたのも忘れていたわ。我ながら相当焦っているわね。ふふふ」


「さて、どんな物語にしましょうか」

「集中、つまりのめり込めるような話しがいいんですよね」

「もしくは、イメージしやすいもの」

「イメージ、その言葉がなんだか足を引っ張っているように思えます」

「でも、大事なのよ」

「何か別の言い方ってないですか?」

「そうねぇ」

「私もですが、一番わからないのが魔力なんです。感じたことのないものだからどう捉えたらいいのかわからないんですよ」

「ええ。教師も生徒も皆さん魔力の捉え方でつまづく。だけどどうやって」

「先生はどんな風に感じているんですか?」

「私の場合。わからないの。感じ取ろうと集中するだけだから、なんと言っていいのか」

「天才がよく使う類のセリフですね。そう思ったから、か」

「ジョー、やっぱり今日はこの辺にしておきましょう。もう遅いですし。明日、よければ明日また来てくださる?」

「はい、もちろんです。では帰ります。リーメ先生、おやすみなさい」

「ええ、おやすみ」


「よう、おはようジョーちゃん」

「チェスタさん、おはようございます」

「お、名前覚えてくれたのかい」

「はい、よくお見かけする方のお名前は一通り覚えました」

「そうかい。覚えてもらえるのって嬉しいからな、ははは、照れちまうぜ。その仕事には慣れたかい?」

「セツカ先輩のおかげでなんとか。少なくとも皆さんを困らせるようなことはないかと思います」

「ははは、そりゃすごい。優秀だねぇ。皆に頼られると思うが、気負わずにな」

「はい、でも何かあればぜひお声がけ下さい!」

「ああ、そうさせてもらうよ。で早速なんだが」

「何かありました?」

「あー、まあたいしたことじゃない。リーメさん見てないか?」

「ご自宅では?」

「いや、いないんだ。どこ行っちまったのか誰も知らなくて困ってんだ。村の周辺に妙な魔法のトラップがあってな、そいつのせいで皆眠くなっちまうんだ。それであの人ならわかるかと」

「そんな、先生。トラドさんはご存知ではないのですか?」

「あいつもいねーんだ。だからもしかしたら一緒なのかもしれん。ただ最近上手くいってないみたいだから皆心配してんだ。まさかとは思うが」

「先生は責任感の強い方です。何も言わずに投げ出すようなことはないと思います」

「そうだな。となると、何かあったか」

「ただいまー」

「先輩!セツカ先輩、リーメさん知りませんか?」

「リーメさん?さぁ、知らないけど」

「そうですか」

「どうしたの?」


「なるほど、じゃあ、大山羊さんならどこにいるかわかるかも」

「あ、そうですね。私聞いてきます!」

「あ、ちょっと」

「おいジョーちゃん、行っちまったか」

「ジョーってそんなにリーメさんと仲いいんだ」

「そうみたいだな」

「リーメさんってかなり高名な魔法使いだからあんまり心配しなくても」

「セツカちゃん、魔法使い狩りは知ってるか?悪王一味の」

「ヒカル、ですか」

「ああ、あいつらに襲われたってことも考えられる」

「あいつ。どうしよう」

「とりあえず大山羊だな。皆で行っても仕方がない。俺は持ち場に戻る。何かわかったらお互い知らせよう」

「わかりました」


「大山羊さん!」

「うむ事務の君2号か。何か」

「リーメ先生はどこ!」

「な、なんのことであるか」

「知らないんですか!知らないんですね!」

「う、うむ。知らん」

「はぁ、先生、どこ行っちゃったの」

「おらんのか?」

「はい」

「ふむ。先日の小僧か。いや、気配はなかった。であるなら。うむ、探してみよう」

「ありがとうございます!」

「うむ。む?なんだ、おるではないか」

「え?」

「あらあら、どうしたの?何かあったのかしら」

「先生!先生がいないから皆心配してたんですよ!」

「そうでしたか、トラドさんには急ぎで外に出ると一言お伝えしたのですが」

「トラドさんもいないです」

「そうだったの。仕方がないわねぇ。ごめんなさい、ちょっと急いでいたから。皆さんにも謝らないといけないですね。行きましょうか」

「はい。とても、心配しました」

「うふふ。ありがとう、ジョー」

「うむ。吾輩の出番はなしであるな」


「先生はどこに行って、その、私が聞くことではないですが、どちらに」

「ふふ、いいのよ。心配させちゃったもの。知人に会いに行っていたの。ちょっとお願い事があって。それについては今日の夜に教えるわ。また魔法の練習をしましょう」

「はい、お願いします。本当に心配しました。悪王一味は魔法使いを狙っていると噂で聞きます。リーメ先生は狙われてもおかしくない方ですから」

「そうねぇ。でもしばらくは来ないんじゃないかしら」

「なぜです?」

「ふふふ、なぜかしらね」


「先生こんばんは。今日もよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね。まずはお茶を煎れましょうか。気持ちを落ち着かせてから始めましょう」

「はい。私やりますよ」

「あら、じゃあお願いね。ああ、早く来てくださるといいのですが」


「もし。リーメ殿、おりますかな」

「ポールさん、お待ちしておりました」

「いやはや、夜分にすみません。遅くなりました。申し訳ない。こちらをどうぞ」

「ありがとう。無理な要望を聞いてくださったのです。感謝しております」

「あ、あの、こんばんは。私は受付をしておりますジョーと申します」

「おお、リーメ殿から聞いておりますぞ。ははは、そんなにかしこまらなくとも」

「いえ、だってポールさんは王国の元騎士団長、無礼があっては」

「ははは、昔のことですよ。今は丸太削りのポールです。気になさらないでくだされ」

「いや、そんな」

「ただの戦士として扱ってください。それが我々が望むことですから」

「わかりました」

「では、これで」

「ポールさん、このお礼はいずれ」

「いえいえ、皆が魔法を使えるようになるためです。貢献出来て嬉しい限りですよ」


「あの、ポールさんは何をお持ちに?」

「これよ」

「木彫りの人形?」

「ええ。これをあなたに渡したくて」

「もしかして朝いなかったのは」

「はい。あの方に依頼しに行っていました」

「なぜそこまで」

「思い立ったら試さずにはいられないのです。さあ、始めましょう」


「この人形を使うんですか?」

「はい。この木材は魔力との親和性が高い媒体としてよく用いられます。魔法使いが持つ杖は大体この素材です」

「なるほど、これを持つことで魔力の動きをつかむんですね」

「そうです」

「でもなんで人形なんです?」

「ふふ、魔法は物語を紡ぐこと。そのために必要なものとして人形を用意しました。今からこの小人さんと一緒に魔法を使ってもらいます」

「小人さんと」

「そうです。ジョー、座って気持ちを穏やかにしてください」

「わかりました」


「では、手の平に小人さんを置いて、そして開けてといいと言うまで目を閉じていてください」

「はい」

「ジョー、あなたの手の上にさっきの小人さんがいるわ。明るい服を来た小人さんがあなたの手のひらで踊っているの。くるくる回ったり、あなたの肩や頭の上に乗って飛んだり跳ねたり。あなたはその子に優しく微笑んだり、いたずらが過ぎるから時には怒ったりします。そうしてあなた達は互いにわかり合うの。手の平を見て。あなたのために小人さんが何かしようとしているわ。暗い部屋に明かりを灯そうとしているみたい。小人さんの手の先が明るくなってきたわ。ちいさなちいさな光だけれど、小人さんはあなたを喜ばせたくて頑張っている。だからあなたも優しい気持ちをその子にそそいであげてください。気持ちを込めて応援するの。一緒に、明かりよ灯れと。ほら、次第に部屋が明るくなってきたわ」


「ジョー、目を開けてごらんなさい」

「あ、明かりが浮いてる。私がこれを?私が、魔法を?魔法を使っている!私が。あぁ先生、ありがとう」

「よしよし。そうですよ、あなたが明かりを灯したのです」

「私には、私には何もないってずっとずっと。その私が」

「ええ、魔法を使っている」

「先生、これは暗がりを照らすには小さな明かりですが、私にはとても明るい光に感じます」

「私にもそう見えます。小さいけれどとても明るいわ。ありがとう、ジョー。あなたには感謝してばかりね」

「感謝するのは私の方です。でもこれで皆さんにも魔法を使ってもらえそうですね」

「はい。ああ、明日が待ち遠しいわ」


「今日は家まで送ります」

「すぐそこですよ?」

「それでもです。この感動をもう少し一緒に感じていたいのです」

「わかりました。もぉ、しょーがないなー」

「あらまあ、ふふふ」

「えへへ」


「ねぇジョー、魔法って妖精みたいね。私達といつも一緒にある小さな物語。誰にも見えないけど確かにそこにある。まるで妖精よ」

「魔法が使えたり使えなかったり。妖精はいたずら好きで困っちゃいますね」

「ふふ、そうね」

「ところでさっき小人さんの話をしていた時、もしかして私に幻惑の魔法をかけてましたか?」

「バレちゃいましたか。その方が進めやすいと思って」

「やっぱり。なんだか妙に意識が一点に集中したなぁと思ってました」

「あなたはやはり優秀ですね」

「あのリーメ先生、この小人さんを頂いてもいいでしょうか」

「もちろんよ。あなたにプレゼントするために作ったんだもの」

「この子、大切にします」

「ええ、そうしてあげて下さい」

「おやすみ、先生」

「はい、おやすみなさい」


「あはは、ついに魔法が使えちゃった。ああ、私、今日から魔法使いなんだ。小さい頃からの憧れ、夢が叶った。まさか叶うなんて。ここに来て本当によかった。先生には感謝してもしきれない。それに、ふふっ。いたずらな小人さん、これからもよろしくだぞ」

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