67. 未来を切り開く赤い線
「戦士の登録数も3桁を超えたか。まずまずだな。当初名簿の大半が元騎士ばかりだったが最近はそうじゃない人も増えている。傾向としては良好だ。だが訓練やランク試験に来る者は数えるほど。来ても継続して通う者が数名か。特にランク試験は騎士以外の合格者が少ない、というかわずか。これはまずい。やはり基準が高かったのか?このあたりは教官連中と調整の上ショウと相談だな」
「トラドさん、今よろしいですか?」
「ん?リーメか。ああ、構わないよ」
「ありがとう。ふふ、お悩みですか?」
「まあな。ランク試験がうまく運用されていない。実用性の証明もまだされていないのもあって存在自体の認知度が低い。だからなのか訓練に来る人数も正直伸び悩んでいるんだ。しかも合格率なんてもう」
「あらあら。セツカさんが査定に出る時にそれとなく宣伝しているようですが」
「そう、そのおかげで来る人はいるにはいるんだが、元々学び舎なんて通うことのない連中が戦士になったという経緯もあってあまり入りたがらないんだ。お上品なやり方に抵抗があるんだとさ」
「あらまあ」
「今後に関しては教官達と要相談なのだがすまん、俺の話ばかりだな。何の用だ?」
「いえ私の話もその事に関連ありますから。実は魔法講座の準備が整いまして」
「おおそうか!よし、早速告知しよう。待っていたんだ」
「ええ、先程の悩みもこれで少しは解消出来るといいですが」
「まったくだ。うちの経営で今一番の売りになるのは魔法講座だからな」
「はい。ただ告知に関してはもう少し待っていただけないでしょうか。今回その相談に参りましたの」
「なんでだ?準備が出来たのでは」
「整いはしましたが、まだ運用に踏み切ったものか迷っていまして。魔法が苦手な教官達に協力していただいたおかげでカリキュラムは大体まとまりましたが、実際に使用可能になれるかは中々難しいようです。大きな声では言えませんがやはり対象者が年配の方ということもありますので、次は現在来ている訓練生を対象にテストしたいのです」
「そういうことか。うーん、できれば早く宣伝しちまいたいが、そこで成果が出ないと先がないか。仕方がない、か」
「ご期待に添えず申し訳ありません」
「いやいや、いいんだ。リーメには協力してもらっているんだから。君が謝ることじゃない」
「立場上はそうですが、私も皆さんのお力になりたいですよ」
「そう言ってくれるのは嬉しい。ありがとう」
「いえ、お互い様ですからね」
「じゃあ訓練生には講座に通ってもらうよう促しておく」
「お願いします」
「あとは何かあるか?」
「そうですね、私のことではないのですがセツカさんが手が回らないと最近ぼやいてましたよ」
「そういやあいつ査定に加えてここの業務も回してるもんな」
「もう1人事務員を増やしてみてはいかがでしょう。私の講座も座学があるから可能なら準備を手伝ってほしいですし」
「わかった。増員する方向で考えておこう」
「あの子もきっと喜ぶわ。ふふふ」
「なんだ、妙な含み笑いして」
「あの子、先輩になるのよね。そうなると色々と指示を出していくことになる。つまり現場での権力が一層増していくのよね?」
「ははっ、なるほど。そうだなぁ、そろそろ村長の座を渡してもいいかもしれないなぁ」
「それを聞いたセツカさんがなんて言うか想像つきますね」
「あの、わたし事務なんですけど」
「うふふ」
「その時が楽しみだな」
「では訓練生達が外から戻り次第講座に誘ってみます」
「よろしくな」
「はい。ところで先程から外が騒々しいですね」
「ん?本当だ。出入り口の方か、チェスタがいるはずだが。俺としたことがいかんな、書類に気がいっちまってたか」
「行きましょう」
「ああ」
「どうした」
「トラドか、困ったことになった」
「だから何が」
「見ろ」
「うん?ゴブリン3匹だろ、手強いのか?」
「ある意味な。あいつら村の前にいたからちょっと脅してやったんだ。その、わざわざやるまでもないと思ってだぞ」
「わかってる。いいから続けてくれ」
「すまん、そしたら話したいと言ってきてな。その、自分たちも戦士としてここで訓練させてほしいって」
「はぁ?ゴブリンが?」
「ああ、だから困ってたんだ」
「どうなってんだ」
「トラドさん、もしかしてセツカさんではないでしょうか」
「彼女ならたしかにありえるか。そういやモンスターとの共存とか言ってたもんな。あいつ、まさかモンスターにまで宣伝してないよな」
「目の前の光景が答えじゃないか?」
「やれやれ」
「おいゴブリン。俺はトラド、ここの長だ。戦士になりたいという話を聞いた。本当か?」
「そうだ」
「ここがどういうところかわかっているのか」
「わかってるから来た」
「魔王の意思を継いで来た」
「ドラマを求めてやって来た」
「魔王のドラマ?確認したいのだが、この村についてはセツカに聞いたのか?」
「セツカ?」
「大山羊の言う事務の君から聞いた」
「やはりか。わかった。念の為だがここはモンスターを退治する者を鍛える場所だ。そしてお前たちはモンスターの身でありながらそこに加わりたいということで間違いないな?」
「間違いない」
「はぁ、そうとわかっていて来たのか。モンスターが戦士の村にね。いいだろう、君たちの熱意と勇気に応えよう。だがすぐに答えが出せることではない。すまないがしばらく時間が欲しい。こちらの答えが出来次第、そうだな。何か目印を、よし。この入口に旗を、そう赤い旗を立てる。それを合図にまた来てほしい。それと君達は普段から赤い布か何かをよく見える位置に身に着けておいてくれ。それを目印に戦士達に攻撃しないよう言っておく。出来るな?」
「出来ないとでも思うのか」
「叡智の塊だ」
「赤い線でも書いとくか」
「君達の期待に応えられるかはわからない。なんせ前例がないからな。じゃあまた来てくれ。くれぐれも人間いは気をつけろよ」
「大丈夫だ」
「いつも通り」
「ドラマの君によろしく」
「ああ。うん?」
「やれやれ、確かに困ったことになった。チェスタ」
「なんだ?」
「赤い旗の準備をしておいてくれ。それとさっきのゴブリン達には絶対に手を出すなということを組合に登録されている戦士全員、まぁ可能な限りでいいから伝えてくれ」
「了解」
「リーメ」
「はい」
「ショウにこの事を伝えてくれ。あいつと話さなければならん」
「わかりました」
「まったく、人間だけでも手一杯だってのに。セツカめ、戻ったら文句の1つも言わせてもらうぞ」
「ショウ、それと大臣も。遠路すまんな」
「気にするな。しかし面倒なことになっているな」
「ああ」
「運営状況も行き詰まっているようだが、大丈夫なのか?」
「王子様のご懸念通りですよ。いま対策を練っているところだ。その点はお前の協力を仰ぎたいところだが、とりあえずリーメの魔法講座で動きを見るつもりだ。それまでは現状のままだな」
「そうか、わかった。こちらから出来ることはあまりないだろう。王国の介入があっても戦士達はいい顔をしないのは経験済みだ。だからすまん、力になれるかわからん」
「わかってるよ。嫌味言うからだぞ」
「聞かないわけにはいかんだろ。それで今回の件、お前はどうするつもりなんだ」
「難しい問題だ。モンスターを受け入れることのメリットとデメリットが極端だからな」
「聞こう」
「まずは情報だ。モンスター側の情報がダイレクトに入るのはありがたい。だが逆にこちらの情報も流れる」
「そうだな、情報流出の懸念はある。特に白鳩。やつは狡猾な上に最近組織だった動きも見せている。間違いなく間者を送りこんでくるだろう」
「そうなると次に困るのが裁判だ。不審者を捕え裁く。しかしモンスターを裁くなんて法がない。人間の法に則って仮に有罪になったとする。最悪死刑。そんな事をしてみろよ、それまでに両者の関係性がいかに良好になっていても一気にぶち壊しだ。下手をすればそのまま村が戦場になりかねん」
「そうだな。モンスターは迫害され人間は深く恨まれる。ポイントは価値観の違いだな」
「価値観か。それが片付くなら争いなんてそもそも起きやしない。それらに対処するにしてもここに法務部を設立する必要がある。さすがに王国にモンスターを入れるわけにはいかんだろ」
「となると王国側から派遣するか。戦士達からすれば王国に対し最も嫌っている部分を形にしたような部署だ。毛嫌いされるのは目に見えている。それに耐えてまでモンスターのために働きたい者がいるとは思えんが」
「いるとしたら稀有な存在だな。何にせよ時間のかかる問題だ。ということで現段階で受け入れることが難しい。ショウはどうなんだ?お前の考えは」
「俺は、俺は個人的には受け入れてやりたい」
「それは俺も同じだ」
「だが問題点の解消が出来なければやはり断るしかない。どうしたものか」
「王子、セツカ殿を頼ってみてはいかがかな」
「セツカを?あいつに何が出来る」
「難しいなら簡単な話しにしてしまえばいいのです」
「出来るならこうして話し合いに来ないぞ。要点を言え」
「はい。モンスターのことはモンスターに任せればよいかと」
「ふむ」
「セツカを頼るってのはどう繋がるんだ?」
「大山羊です。以前モンスターとの共存についてセツカ殿が話されていたとおっしゃっていましたな。そしてそれをかの魔導師と話したとも」
「魔王の意思を継ぐ者か」
「いかがでしょうか」
「よし。トラド、一旦この場は解散としよう。次回もう一度同じ議題で話したい。メンバーを俺とお前、大臣とセツカ。そして大山羊」
「あとはローもだな。半人半魔となったんだ。架け橋になれると言ってたろ」
「そうだったな。では手配を頼む」
「わかった」
「ああそうだ、なあショウ。セツカの後輩って誰か用意してたりするか?」
「いや。何度か募集をかけて採用までいったこともあるんだが、戦士達について行って査定するのは過酷らしく、長く続かない者ばかりでな」
「そうか」
「増員か?」
「ああ、さすがに回らなくなっているようでな」
「それでしたら事務作業のみで募集してみてはいかがですかな」
「そうだな、それなら問題ないか。ただこんな戦士しかいないところに来たがる奴はいないよなぁ」
「ふむ。それなら協力できるかもしれん。こちらで探してみよう」
「助かるよ。けどお前のところに1人いるじゃないか。セツカの友達の」
「ニーナか?あれはダメだ。いなくなるとこっちが困る。なによりメイが黙っていない」
「ちっ、そういやあいつ絡みだったか。いい加減いいようにされるなよ」
「だったらお前がなんとかしてみせろよ。あーそうだ、もしメイを説得できたら考えてやってもいいぞ」
「王子、それは」
「言ったな?言質取ったぞ」
「出来るものならやってみろよ」
「よーし、後で泣きつくことになっても知らんからな」
「ふん。王子に二言はない。お前こそメイと対峙する覚悟を決めておけよ」
「わ、わかってるさ」
「トラド殿でも恐れるのですか」
「あいつは政治的に追い詰めてくるから苦手なんだよ」
「王国最強も形無しですな」




