60. モンスターの行く末
「ゴブリンどもめ。俺に憧れてか、嬉しいことを言ってくれる。人間とモンスターの共存。まさか可能だとは。俺が目指した未来とは違うがどうなるのか楽しみではあるな。しかしこの人間、トラドだったな。容赦ない。3人とも傷だらけじゃないか。戦士達に納得させるためなのはわかるが組合に入るためにここまでするのか。しかしここを突破出来れば人間との関係性は大きく変わっていくだろう。このゴブリン達が先陣を切り世を変えていくのか。こんなにもか弱い存在が。俺に成せなかったことを成すか、ははは。憧れか、なら俺がやってきたことは無駄じゃなかったんだな。世界が変わる。なら俺がいる意味はあるのか?次世代の者に託してもう消えるべきなのだろうか。ふむ、考えておこう。時間はある。それにしても本当に容赦しないな。これを見ているとあの時を思い出すなぁ。俺も叩きのめされたっけ、この化け物に。確かあの時はデモロのように異様な気配を感じたのが始まりだったな」
「なんだ、この妙な感覚は。まるでデモロと対峙した時のような嫌な感じ。何か、来る」
「おい、お前が魔王か?」
「お前は人間か?どうやってここまできた。城周辺にも城内にも強者がうろついていたはずだ」
「ああいたな。面倒だったから無視して突っ切ってきた」
「何をバカな、そんなことが出来るなら警備の意味がないだろう!」
「だから気づかれないようこっそり突っ切ってきた」
「言っている意味がわからんぞ」
「わからないならそれでいい。わかる必要がないからな。さっさと終わらせたいんだが無抵抗な相手じゃ後味が悪い。剣を取れ」
「好きに言ってくれる。いいだろう、ここで果てるわけにはいかんからな」
「このっ!死ねぇ!」
「当たるか。お前、王って名乗るだけのことはあるが俺の敵じゃない。死ね」
「ぐ、げほっ、く、くそ」
「しぶといな」
「ははは!モンスターが安心して暮らす?ふざけたことを。つまりは人間を排除するってことじゃねーかよ」
「必要ならな。だが、違う。モンスター同士の縄張り争いもある。我々は基本強いものが上に立つ。弱いからといえむやみに殺されたりはしないが身を守る手段がないのは生きづらいだろう」
「つまり、モンスター達にルールを作ってその上で過ごしてほしいと?」
「そうだ。そしてそのルールを守らせるには強くなくてはならん。だからこそ私は魔王の座を継いだのだ」
「ふーん。じゃあ人間が襲わなきゃお前らも何もしないと?」
「そうなるようにしたい」
「戦う以外ではどうだ」
「戦い以外?戦い以外か、考えたこともなかったな。うーん、やりたいこと」
「それを探してみろ。お前の歩む道は他人のためにあるべきなのか?」
「そうだとも言えるし、そうでもないのかな。わからん。惰性で生きてるってことか。はっ、魔王に諭されるってどうなんだろうな」
「王は民を導く存在だからな。これくらいわけないさ」
「ちっ、よく言うぜ。よし決めた」
「なにをだ」
「お前を始末するのは一旦保留だ」
「いいのか?次に会う時はこうはいかんぞ」
「問題ない。さーて、帰るか。つっかれたー」
「さて、帰る前に。おい魔王」
「なんだ」
「お前名前はなんていうんだ?」
「魔王。それだけだ。それ以外の何者にもなるつもりはない」
「変なこだわりだな」
「こだわりは大事だ。お前こそ名はなんという」
「トラドだ」
「トラド。覚えておこう。そして見ているがいい。私は必ず理想を実現する」
「ああ。面白い事してくれよ」
「トラドだったな、なぜそう簡単に考えを変えたのだ?」
「変えた?」
「私を殺しに来たかと思えば話し合いで解決だ。意図が掴めん」
「意図なんて程のものはない。ずっともやもやしてたんだよ。王に使われている毎日の中で、それこそ自分の目的がわからない。ただ人生を浪費しているような心地になっていて、今後をどうするか考えていたところでお前のような変な奴に会ったから、つまりきっかけだな」
「きっかけねぇ。お前、王命に背いてどうするつもりだ」
「どうしよーかな。まぁ無理だったって言えばそれまでだし。この先かぁ、戦う以外何も取り柄がねーんだよなぁ」
「なら世界を回ってみろ。そうすればお前が求めるものにも出会えるだろう」
「世界ねぇ」
「いっそ最強を目指すのもいいかもしれんな」
「俺より強い相手を探すって?そうそういるとは思えん」
「だから世界を回るんだ。何か目的があったほうが動きやすいだろう。その中で別の目標を見出すといい」
「ふーん。まぁ検討しよう。じゃあな、生かしてやったんだ。その命、無駄にするなよ」
「言われるまでもない」
「そろそろ行くかな。なんかずっと見られてるし。面倒なのが来る前に退散だ。じゃーな」
「何のことだ?まあいい、早く出て行け。帰れ帰れ、しっしっ」
「ようやく行ったか。はぁー、死ぬかと思った」
「そうだね。君、負けたね」
「なっ!デモロ、さん、どうして、いやいつからそこに」
「ずっと見てたよ」
「あいつが気にしていたのは、なるほど。負けた俺じゃあ魔王には相応しくないか、この玉座は」
「うーん、どうだろうね。さっきの人間はかなり危険だった。恐らく人間の中でも最上位に位置する実力。僕でも危ない。そんなやつを相手に生き残ったんだからむしろ実力を認められるかもね。少なくとも人間側では」
「モンスター達はそうは見ないだろう。負けは負けだからな」
「様子を見るしかないね」
「とりあえず、あんたに殺されることはないんだな?ならいい。しかしもっと強くならなければ。皆を守れるほどに」
「そうだねぇ。でも限界がある。どう頑張っても超えられない壁。どうする?」
「皆で協力するしかない。軍隊だ。だがそれを作り上げるのにも結局力が必要だろう。現状それを成すには俺の元にいれば安心だとわからせないと集まりはしない。やれやれ、堂々巡りだ」
「そこそこの人望はあるじゃないか。周辺の領主にも影響を及ぼす程に。けど他の領主も似たようなことを始めているよ。特に白鳩は見た目に反して狡猾だ。君にとって最も警戒すべき相手かもしれない」
「あいつか」
「白鳩自身も君に匹敵するだろう。このままで大丈夫かな?」
「煽っているのか?それともただの嫌味か」
「そのどっちでもあるし、それだけじゃない。池の主が目覚めそうなんだ」
「主が?ちっ、厄介なことになるな」
「そうだね。一部の人間もその予兆に気づいてる。あれが起きたらさっきの人間でも無理だろうし。大勢の助力と犠牲が必要になる。いっそ人間と手を組んでみたら?」
「そんなこと不可能だろ」
「そうかな。そっき最強目指して世界を回れって言ったの、邪魔な奴らを排除させるためだろ?協力しているのも同然じゃないか」
「利用しているんだ」
「素直に助け合おうって言えばいいのに」
「語り継がれるような悪魔が言う事か」
「僕は実はね、今人間の街で生活してるんだ」
「ほう、どんな感じなんだ?」
「面白いよ。人間は生産性というものを常に意識してる。もっと良いものをより良く。そうやって頑張ってるんだ。滑稽に見える者もいる。でもその姿がいいんだ。胸が熱くなるよ」
「がむしゃらな努力か。ああ、悪くない」
「僕は近所の、人間でいう老人達とよく話してるんだけど中々楽しいよ。僕を子供だと思ってるみたい。いつもお菓子くれるんだ。中にはなんとなく僕に違和感を抱く人もいるけど、でも気にしないんだ。互いに意思の疎通ができて利害に影響がないと判断すると寛容になる」
「そうだな。俺もたまに飲みに行くんだが、周りの者と比較しても意気投合するやつは人間に多い。意思の疎通か。モンスター達ももっと学と教養を身につけるべきなのかもな」
「ははは、魔王立の学校でも立ち上げたら」
「また馬鹿にされるだけだろ」
「でもやらなきゃこのままだ。同じ事を続ければ同じ結果にしか行き着けない」
「まるで人間の模倣だ」
「いいところをもらうんだよ。僕らはモンスターだ。遠慮はいらない」
「ふーむ。考えておこう。人間との共存かぁ。そんな未来が来るのだろうか」
「そんな未来が今開かれようとしている。あの時のデモロはこの事を予見していたのだろうか。ゴブリン達を皮切りに共存が始まっていく。あのローという半人半魔の猿は架け橋にもなるだろう。大山羊も、ふん、随分楽しそうだな。俺はもう、必要ないのだな。だがまだ見ていたい。このままセツカに着いて行きながら見守っていたい。彼らの行く末、この目で見届けよう」




