59. 我が名は魔王
「なんだ、ここはどこだ?妙に身体が軽い、手足はあるのに身体の感覚がない。不可思議なものだ。何があったんだ?ふむ、思い出せない。だが朧気に記憶にある。戦い、そうだ戦っていたのだ。誰と?落ち着け、と言っても焦燥も何もないか。俺は今どうなっているんだ。そもそも俺は誰だ?はぁ、仕方がない。思い出せるところから記憶を辿ってみるか。確か、人間が来て、俺を。ああ、俺を魔王と呼んだのだ」
「お前が魔王か」
「誰だ」
「俺は勇者、魔王を滅ぼす存在だ。だから覚悟しろ」
「言っている意味がわからんな。こんな奥地まで人間がどうやって来た?」
「歩いて来たに決まってるだろ」
「獣の森を抜けてか?お前に出来るようには見えんがな」
「うるせーな、余裕ぶってんのも今の内だけだ。剣を抜け」
「結果は見えている。いちいち相手にするのも面倒だから帰れ。ここまで来れたことは褒めてやる。まぁ、誰かが見回りしたわけでもないからお前のような者でも頑張ればここに来られるか。よく頑張ったな」
「グダグダ言ってないでさっさと剣を抜け!」
「お前は何故私に挑むんだ?そもそもそれが理解できん」
「俺が勇者だからに決まってんだろ」
「勇者だからといって闘う必要もないだろう」
「いいから戦えよ!俺は、もっと、もっと強くならないといけないんだ」
「結局それか。まったく、モンスターみたいな奴だな。強くなってどうするんだ。目的は何だ」
「強くなると死んだ師匠と約束した。そして師匠が成せなかった事を成すと誓った」
「おお、涙ぐましい話だ。感動だよ。だが私には関係ない。というわけなのでお前に用はないからさっさと帰って愛する師匠の墓参りでもしていろ」
「うるせー。もういい、死んでから後悔するなよ」
「死んだら後悔も出来んだろ。バカめ」
「ふむ。戦いには慣れているようだな」
「この!くそ、当たれ!」
「柔軟性を活かした隙のない連撃は見事だ。だがそもそも遅い」
「くっ、こ、のぉ!」
「おっと、あぶないあぶない」
「はぁはぁ」
「どうした、息が上がっているぞ。ポテンシャルは高そうだがまだまだだな。ああ、早く強くなれるといいなぁ、応援しているよ、がんばれがんばれ」
「てめぇー!だったら魔法ならどうだ、死ね!」
「おお、凄まじい魔力。当たったら痛そうだ。当たればだが」
「この、この、このぉ!」
「純粋に魔力を撃ち出すとはなぁ。火力はあるが消耗するだろう」
「くそ、向こうの魔王は始末できたのに」
「何と比較しているのか知らんが私とお前とでは勝負にならん。そうだな、私が重症でもおっていたらもしかしたら負けるかもしれんな。そのくらいでないとハンデにならん」
「いいさ、そーでなきゃ張り合いがねぇよな。見てろ、ここからが本番だ!」
「そういう事言うやつの力量は大概口だけだ」
「よくしゃべるやつめ、黙らせてやる」
「やってごらん坊や。おや、気配が消えた。ほうほう、やるじゃないか。どこにいるのかな。ん?なんだ?この光は、これをあいつが?いや、これは」
「ぁぁぁああ、れ?生きてる?ここどこ?」
「おいお前」
「は、はい。抵抗しないから剣突きつけないで欲しいです」
「何をした」
「何って何も、むしろこっちが聞きたいくらい。いきなり足元が光ってここに。ここどこですか?」
「魔王城だ」
「ふむ、事務か。おい、聞こえるか大山羊。悪いが城に来てくれないか」
「うむ。聞こえておる。久方ぶりに話しかけてきたと思えば急な頼みであるな。吾輩に何をしてほしい」
「今は勇者とやらと遊んでいるんだが、そこに別の人間が来た。こいつに興味がある。巻き込まれて死なないよう守っておいてほしい」
「うむ。仕方がない。早めに終わらせてくれたまえ」
「ああ」
「お前は殺し屋か?真っ向から勝てないからと姑息な手を使うんだな。つまらんやつだ」
「さっきより余裕がないぞ」
「そうだな。気配のない相手からあの人間を庇いつつ自分の身を守りながらお前と遊ぶのは骨が折れる」
「本当に折ってやるよ!」
「お前の師匠とやらは大したことがないんだな。それだけの素養を持っている者を導くことも出来んのか」
「うるせー!」
「おいおい、魔法の連発とは芸のない。あの人間にも当たるぞ」
「そうだな。ははっ、あいつを庇うのか。だったら」
「お前何を、この外道め!」
「はははははっ!大事なら守ってみせろよ!」
「ああ守ってやるさ。私は王だからなっ!ここらで終わらせてやろう!」
「くっ、うおおぉぉぉぉ!なら、これでぇっ!」
「どこに向けて、なっ、同族を直に狙うか!大山羊、おのれ、間に合うか」
「ははは、あはははは!どうした魔王、辛そうだな」
「ちっ、思っていたより火力があるな。やってくれる」
「さっきの言葉そのまま返すぜ。ここらで終わらせてやるよ」
「餓鬼め。大山羊、頼みがある」
「なんだ」
「後を頼みたい」
「すまぬ」
「気にするな。その人間を見捨てようとしなかったのだ。感謝しているよ」
「何をすればいいのだ?」
「まずはその人間をそのまま守っておいてほしい。折角守ったのだからな。それと俺の後を継いでくれ。もしくは継ぐ者を探してくれ」
「諦めるのか」
「仕方がない。この餓鬼は危険だ。力は中々、お前からしても苦手な相手だろう?だが何より倫理観が問題だ。こいつは相対する者を敵としか見ない。強さを絶対的な指標とするモンスターのような奴だ。俺を始末したとなればそれなりに名声も得るだろう。増長する。野放しには出来ん」
「始末すればよいか?」
「いや、野放しにしなければいい。こいつは単純だ。上手く最上の者共にぶつけられないかやってみてほしい」
「りょ」
「口惜しいな。道半ばで。俺はまだ死にたくないのに」
「長い付き合いであったな」
「ああ。師匠か」
「うむ?」
「この人間が言っていた言葉だ。お前は俺にとって師にあたる。恩に着るよ」
「そうであるか。ならば我が弟子よ。その最後を真っ当するがよい。吾輩はその全てを見届けよう」
「ありがとう」
「はっ、ははは!勝ったぞ、魔王を倒したぞ!オレが勝ったんだ。おい、ちゃんと見ていたな?」
「ええ。ちゃんと記録した。気になるなら後で読みなさい」
「ふん。オレはこっちの字はあんま読めねぇんだよ。まあいいさ。オレが勝ったことさえ伝われば他はどうでもいい」
「あっそ」
「そうだ。そうして俺は死んだんだ。では今の俺は、魂というものか。ふーむ、稀にあると話には聞いていたがこれがそうか。感慨深いな。おい大山羊、おーい。だめか聞こえていないな。ものにも触れられん。これでは存在として半端だ。意味がない。どうしたものか。ん?この人間、今俺を見たのか?おい、おい!聞こえているな応えてくれ!やはり聞こえているのか、だが視点が定まっていない。はっきりとは見えていないのか?会話は難しそうだな。仕方がない。こいつ以外に見える者がいるか探すか。一旦この人間について行くか。ふむふむ、名をセツカというのか。よし、俺はまだ死なない。いや死んでいるか。ややこしい。まぁいい、とりあえずこの世界に干渉する方法を探そう。そして必ず理想を果たす」




