58. 夕日の庭園
「アンさーん、いますかー」
「セツカちゃんこんにちは」
「あ、ナミチさんこんにちはー。アンさんいますか?」
「今は外回りに出てるよ。でももうすぐ戻って来るかな。中で待ってる?」
「ご迷惑でなければ」
「いいよー。シモザ、お茶」
「はいー」
「じゃあちょっとお邪魔します」
「あれ?セツちゃん、どうしたの」
「アンさんこんにちは」
「ええ。どうしたの?自分から来るなんて。ごめん、あんまり時間とれないんだけど」
「ちょっとお伝えしたいことがあってのでそれだけ話せれば」
「なるほどね。ついに弟子として本格的に」
「そうなんです」
「え」
「実は大山羊さんと話してて、モンスターと話し合っていけたらいいねって」
「そのために強さをってことね」
「で、アンさんは前にモンスターとも仲良くしたいって言ってたからもしかしたら」
「力になれるかもってことね」
「です」
「いいわ!この力の限りモンスターと人間の共存に立ち向かってみせるわ!」
「そですか。では後ほどそんな場ができたらお声がけしますねー。じゃ」
「我が弟子よ!共に苦難の道を歩もう!」
「はいはい」
「アンが勝手なこと言ってるけど、いいの?」
「まぁ、それで協力してくれるなら。アンさんは理想に向けていつも努力してるのは知ってますから。きっとみんなの力になってくれる」
「そ。あんまり無茶しないように見ておいてあげるね。私にも出来ることがあったら言って」
「はい、ありがとうございます。じゃあ王子のところに行かないと行けないのでこれで失礼しますー」
「ああ。またね」
「愛弟子よ!精進するのよー!」
「だってさ」
「なに?」
「お前のことちゃんと見てるってよ」
「ふん。弟子なんだから私のことをよく見るのは当然よ。まったく、メイといいセツカといい」
「よかったな」
「なにが」
「いい弟子をもてて」
「そうね」
「あの子に負けるなよ」
「わかってるわよ」
「ならいいんだ」
「ふん、見てなさい!あの子と2人で今度こそ打倒トラドを実現してみせるわ!」
「ほどほどにがんばれー」
「今に見てなさい」
「ふふっ、いつも通りだな。ほんとよかったよ」
「ふーんだ。心配には及びませんよー」
「そりゃよかった。じゃあ私達もそろそろ行くか。じゃあナミチ、パトロールにいってきまーす。いくぞアン」
「うん。いってきまーす」
「こんにちはー、遅くなりました」
「おやセツカ殿。王子なら庭園で息抜きされておりますよ」
「庭園ってわたし入ってもいいのかな」
「では私が客人として案内しましょう。後は王子がいれば問題はないでしょうし、もし王と鉢合わせてもむしろ歓迎されますよ」
「王様は、ちょっと避けたいな」
「王子が脅しすぎたかな」
「ところで」
「なんでしょう」
「そのおヒゲのリボン、似合ってますね」
「ほっほっほ、ありがとうございます」
「自前ですか?」
「三つ編みといったらリボンで飾り立てたくなるものでしょう」
「そーですね。後はそのローブにフリルでもつけたらいいんじゃないですか」
「フリルですか」
「あはは、冗談ですよ。あの、冗談ですからね?」
「ショウ王子。セツカ殿が参られましたよ」
「ああ」
「王子、こんにちは」
「遅かったな。夕日が傾きかけているぞ」
「すみません、ちょっと寄るところがあって」
「そうか。いや、村から来たんだったな。遠路ご苦労だった」
「こちらトラドさんからの定期報告書です」
「ああ。大臣、後は頼む」
「かしこまりました。ではセツカ殿これで失礼しますね」
「はい、どうもでした」
「いえいえこちらこそ。素敵なインスピレーションが湧きました」
「この三つ編みじーさんは何を目指してるんだ」
「戦士村の方はどうだ」
「だいぶまとまってきましてたよ。教官たちも戦士のみなさんも毎日の流れがでいたみたいで慣れてきたみたいです」
「訓練自体は問題ないか?」
「大きな問題はなさそうですけど。おじいちゃんたちが張り切りすぎててついていけないことがあるとかなんとかってくらい。報告書には書いてないんですか?」
「お前のものの見方は知っているからな。その方が今はわかりやすい」
「ふーん。あ、そういえばリーメさんが来てから魔法を使えるようになった人が数名いるみたいです」
「ほぉ、いい兆しだな」
「まだあまり強い力は使えないみたいですけどね。何日も練習してようやくって感じみたい」
「リーメは言葉を使ってイメージの補強をしているんだったな。その点についてはあまり言及されていなかったんだが、実際にはどんな言葉なんだ?」
「火よ、燃えろーとか。風よ吹けーとか」
「そんなことでいいのか」
「その情景をイメージしやすければいいみたいですよ」
「ふーん」
「王子はどうやって使えるようになったんですか?」
「メイの魔法を見ながら、ああこうやるのかって思ったら出来た。お前だってすぐ出来たんだろう?」
「私は早く帰りたい一心で」
「必死さか。まぁ大事なことだな」
「あの、王子」
「なんだ?今更改まって」
「大山羊さんと話したんです。それで、人間とモンスターが歩み寄ることは出来ないかって、話し合うことは出来ないものなのかなって」
「あの大山羊が」
「本人から少し聞きましたけど、大山羊さんってどんな事したんですか?」
「あいつは魔王、あーデモロの方だ。デモロと同時期から存在するモンスターの1人だ」
「へー、そんな歳とってたんだ山羊さんって」
「そうだ。そして人間を人形のように扱っては引き裂いていた」
「うへー」
「魔王デモロ、魔導師大山羊、あとは池の主と呼ばれるモンスターが古くから伝わっている。ま、他にもいるだろうがこの国で聞くのはそれくらいか」
「大山羊さん、デモロくんも言ってたけど本当に変わったんですね」
「そのようだな」
「王子、モンスターと話し合うことは難しいでしょうか」
「難しいだろうな。どんな方向に向かうのか見当もつかん」
「どうにかならないのかなぁ」
「セツカ、お前にとって平和とは何だ」
「平和ですか?うーん、考えたことってないかも」
「だろうな、お前と同じように多くの者が明確にイメージしていない。見ろ、ここから城下の街並みが見えるだろう」
「はい」
「今見えている景色はいつものままだ。この変わらない景色を見て皆は漠然と平和と口にする。だがしかしその中にいる者達は決して平和ではない。いや、平和とは個人に対し扱う言葉ではないのだろう。彼らが望むのは平穏だ。平穏を手に入れるために彼らは常に必死で生きている。明日の生活を支えるため、身の周りを整える者も戦いに身を置く者など様々だ。そんな皆の過ごす環境を整え穏やかにする。それこそ統治者が行うべきことであり平和とはそれが成された状態だと俺は思う」
「そこにモンスターたちは含まれるんですか」
「今はいない。だがお前の言ったことはそうなるということだ。モンスターをも国の一部としてみる。可能だと思うか?」
「わたしには、難しくてわかりません」
「争いが起きる割合は変わらないだろう。人間と接点が増えることで互いの緊張は増す」
「だけど、今のままよりずっといいはずでしょ」
「仲良くできてばな。お前が思い描いている景色はとても時間がかかる」
「だったらなおさら早い方がいいじゃないですか」
「モンスターに協力的な者がいる今ならか。もしやるならお前も勿論手を貸すことになる。事務だのと言ってられないぞ。いいんだな?」
「それは。うーん、うー、仕方が。いやしかし。わたしがいなくても」
「お前が発端だろ。大山羊が話をしているのはお前だ、そうだろ?」
「そうだけど」
「俺は俺のやりたいこと成すべきことするだけだ。そこにモンスターの姿はない」
「わかりましたよ!もー、やってやるわよー!」
「お前は扱いやすくて助かる」
「ショウ王子もちゃんとやってくださいよ」
「当然だ」
「そういえば前にトラドさんが魔王さんに影響受けたって言った時、王子もそうだろーって言ってたのはどういう意味なんです?」
「結構前のことだろ、よく覚えてるな」
「だって気になって」
「あー、むかーし俺がちーさい頃になんか魔王っぽいおっさんになんか言われた夢を見たような見てないような」
「おい」
「はぁ、やれやれ。昔小さい頃にこっそり城から抜け出して城下に行っていたことがあって偶然魔王と会ったことがある。その時に色々話したんだよ」
「最初から話せばいいものを」
「大体同じワードを使っただろ」
「全然意味が違うわ!」
「でな、魔王は言ったんだ。モンスターの在り方を変えてやるって」
「へー、王子に言ったってことは人間への挑戦状って感じなのかな」
「いや。酔っ払っておらぁまおーだぞぉ、おそれおののけー、とフラついていた時のことだ」
「魔王さんのかっこいいイメージが」
「そんな感じで話してたんだが帰り際に、おれはぁー、でんせつになるぅー!と叫んでぱっと消えたから、ああ、あのアホは本当に魔王だったんだなと思うことにした」
「そんな人によく共感できましたね」
「その後、魔王の噂を耳にする度に言っていたことを実現していたからな。あの酔っ払いは本気だと確信した。それに比べて俺は」
「俺はって、上手くいってないんですか?そうは見えないけど」
「満足はできないんだ。もっと皆の力になりたい、なりたかった。城を去った騎士達のように俺も。叶うならここを出てもっと身近なところで。しかし幸か不幸か俺の立場なら大勢のために出来る事があるはずなんだ。だから民が、この国が平和でいられるように自分にできる限りをし尽くさねばならない。兄上はな、王位を継ぐのは自分であり国の中枢から離れられない。だから自分の手が届かないところを頼みたいと俺に頼ったんだ。あの人が俺を頼るなんてそれまでに無かったことだ」
「よっぽど信頼してくれてるんですね」
「ああそうだ。だからこそもっと励まねばならん。兄上だけではない、他の皆の期待にも応えなければならない。なのに結局トラドに頼りお前達のように末端まで運用を任せるような状況になった。不甲斐なさを感じずにはいられないさ。民の暮らしが良くなるように俺ができることってどの程度のことなんだろうな」
「王子」
「いかんな。夕日をみると妙に感傷的になる。王族としては夕日は見るべきではないのかもしれん。今のは忘れろ」
「ショウさん」
「お前」
「その理想は叶います。ショウさんに共感した人はいましたよ。トラドさん、マルマルさんにアンさんや大臣さん。大臣さんが言ってました。城を出ていった騎士の多くはあなたの理想に共感したからだって。みんなあなたの姿を見て動いたんです。あなたは彼らのようにって言いましたけど、みんなはあなたを追ったんです。だからみんなをこれからも引っ張っていってください。そうすれば、きっとその理想はいつか果たされますよ。きっと、いつかみんなで」
「そうか。そういうお前はどうなんだ?お前は何かと中心にいると思うんだが、先陣切って従事してくれるんだよな?」
「ふふふ。あの、わたし事務なんですけど。どうしようかなー」
「ふっ、期待しているよ」




